月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

65.出発

公開日時: 2023年3月23日(木) 00:05
文字数:2,202

 あれから数時間後、出発の準備は整った。

 夜の空を灰色の雲が流れていく。

 台風の前の、湿気を帯びた強い風が研究所を包んでいる。

 私達は社用車が1台しか止まっていない広い駐車場にいた。

 駐車場の前には広い芝生の庭があり、ところどころに生えている木々がザワザワと揺れている。


「那津は、これに俺と乗るから」


 カイさんが駐車場に置いたものは、どこからどう見てもサーフボードにしか見えない板だった。


「足を固定して、俺に掴まってればすぐ着くから」


 掴まる?頭の中を疑問符が飛び交う。


「つまり、こうよ。カイ、ほら見本見せるから」


 トリコさんがカイさんを強引にボードの上に立たせると、後ろから腰に手を回した。

 未だ男性相手に試みたこともないポーズに、言葉が出ない。


「あら?大丈夫よ。カイはその辺に立ってる木と一緒よ。気を遣う必要ないんだから……あ。カイなんかに張り付きたくないかしら?」


 トリコさんがボードから降りて、腕を組んで考えだした。


「カイが嫌なら俺が……」


 音弥さんが言いかけると、トリコさんがすぐに遮った。


「あんたは、ケガが完治したわけじゃないのよ。それに、カイが嫌なら音弥も嫌に決まってるでしょ」


 議論し始めるふたり。

 カイさんは無視して私に話しかけた。


「俺が一番操縦がうまい。悪いがしっかり掴まって乗ってくれ。那津が危ない目には合わないようにするから」


「はい、大丈夫です」


 抱きついて見えるから躊躇したけど、カイさんは冷静にただ一番いい方法を考えただけなんだろうなと思ったら、顔が熱くなった。

 よかった。外の薄暗い中で。明るい場所なら私が意識したのが丸わかりだ。


 私とカイさんの様子に気づいて、音弥さんとトリコさんが議論をやめた。


「なに?話ついたの?じゃ、私が先導するわ。音弥は私についてきなさい。足手まといにならないようにするのよ」


 トリコさんは慣れた様子で、地面に置いたボードの上に足を乗せて、靴をストッパーにガチャりとはめた。


 私もカイさんから渡された靴に履き替え、ボードに乗る。


 横にいた音弥さんもボードの上に乗っている。そして、側面にあるスイッチを押してゆっくりと空中に浮かび上がった。

 スティックに乗っている姿は何度も見てきたけど、こんなに大きなものも浮くんだと、素直に感動した。


「那津、俺たちも飛ぶからしっかり掴まって」


 カイさんに促されて、ぎこちなく手を回した。


「いいですか?」


「遠慮してるのか?でも、飛び立つ前にしっかり持ってくれるか?最初に音弥を乗せたときは首を締められそうになったからな」


「音弥さんと乗ったんですか?」


 ふたりが密着してボードに乗る姿を想像したら、笑えてしまった。


「あのなぁ、さすがに音弥は腰に手を回したりしてないぞ?那津は背が小さいから腰を掴めって言ったけど、音弥には肩に手を置けって言ったんだ。それなのに、最初から肩を持たないからバランス崩して慌てて首に腕をかけられたという話だ」


 前を向いたまま話すカイさん。


「だから、しっかり掴まってくれた方がいい」


 もしかしたら、私の緊張をほぐすために音弥さんの話をしてくれたのかもしれない。

 カイさんの腰に手を回して、しっかりくっついた。


「那津……俺は嘘はつかない。スピードは出すが危険な目には合わせない。けど、何があるかわからないから頭をガードする。制服の襟の下のボタンを押すとクッション性の高いフードが出てくる。中は通信機と連動して声が聞こえるから会話もできるから、準備ができたら言ってくれ」


 言い終わると同時にカイさんの制服の襟部分に隠れていたフードが膨らみだした。そしてゆっくり頭を包んだ。どうやら空気が入って膨らんでいるようだ。

 周りに目をやると、音弥さんもトリコさんもフードをかぶっている。頭がすっぽりと包まれていて、後ろ姿はフルフェイスのヘルメットをかぶっているみたいだ。私も言われた通り、ボタンを押した。すると、柔らかなフードが頭をしっかりと包んで首が支えられた。


「できたか?」


 耳元でカイさんの声がする。


「はい」


 返事をした。私達のボードもゆっくりと地面から浮き上がる。


「トリコさん、出発する。頼む」


「オッケーよ。なるべく低めに飛ぶからついてきなさいよ」


 次の瞬間、一斉に飛び立った。速度が増して、考える間もなくカイさんに抱きついた。体勢を保つのは思ったより難しい。私以外の皆は軽く飛んでいる。


「すみません。立っていられなくて」


 とりあえず謝った。


「音弥の最初に比べれば、大したことないから大丈夫だ」


 カイさんが笑うと、音弥さんからの苦情が聞こえてきた。通信機と連動しているから、皆に聞こえているのだ。フードは風の音を遮断して、クリアな声が届いている。なんだかほっとする。


 そのまま、会話をしながら丘を下り、川の上を飛びながら海へ出た。あっという間の時間に感じた。

 風が強くなって、トリコさんがスピードを落とした。雲が覆っているため空が暗く、海も黒い。

 無人島の砂浜に着陸した。ここは砂浜以外は森がひろがっているようで、木々の揺れる音が響いている。

 私はボタンを押してフードを襟の下に収納した。カイさんも、フードを収納し、靴をボードから外している。私も靴を外そうとしたけれどコツがいるようでなかなか外れない。


「大丈夫だったか?」


 カイさんが振り返って聞いた。


「はい。カイさんに掴まってたので」


「それならよかった」


 カイさんはそう言いながら、しゃがんで私の靴をボードから外してくれた。

 







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