月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

24.夢主の正体

公開日時: 2022年3月5日(土) 21:39
文字数:2,611

 ピーピーピーピー。

 通信機が鳴り響いた。


 カイさんの顔つきが変わる。


「カイ、聞いてる?夢魔が、トリコさんをかわして、一直線に研究所に…向かってるわ。私とトリコさんの、足では、追いつかないから、音弥が追ってる」


 柚月さんが息を切らしている。どうやら走りながら発信しているらしい。


「わかった」


 カイさんが小さく返事をした。


「でも、どうなってんの?やっぱりカイを狙ってるとしか思えない」


「だとしたら、受けて立つしかないな」


 音弥さんが立ち上がった。


「カイ〜!!殺しちゃだめよ〜」


 トリコさんの声も聞こえた。


「安心しろ。トリコさんじゃないから、そんなことはしない」


 通話が切れた。


「那津は、また俺の予備の通信機を持ってて」


 カイさんから小型の通信機を渡された。これはさっき借りたカイさんの予備の通信機だ。

 私が通信機を受け取ると、カイさんが説明を始めた。


「改めて説明するが、この通信機は常時みんなの声が聞こえる。普通に話しかけても大丈夫だが、発信音を鳴らせば、皆が注目して聞いてくれる。誰かが返事をしてくれる。皆の声を遮断したいときは、オフにすればいい。オフにしただけなら、発信音が鳴れば勝手にオンに切り替わる。ただし、通信自体を切ると、連絡が取れなくなるから通信は切らないように……」


 通信を切って、柚月さんに叱られていた人から通信を切るなと言われてしまった。

 思わず、カイさんを見る。


「説得力がなかったか……」


「そうですね」


 顔を見合わせて、笑った。しかし、呑気に話している場合ではない。


 風が更に強く吹いてきた。建物に風が当たり、びゅおぉぉとすごい音がする。


「もう一度約束してほしい。外に出ないこと。俺を信じること。でも声は出してもいい」


 今回はなぜ声を出しても大丈夫なのだろう。さっきはあれ程強く注意を受けたのに。

 少し考えていると、カイさんがなにかを察して、言葉を付け加えた。


「さっきは俺ひとりだったから、那津の居場所がバレるとリスクが高かった。でも今回は頑丈な建物の中で、那津を守れる仲間もたくさんいる。状況に応じて、臨機応変に対応してもいい。ただし歌うことは、緊急事態で誰かが許可した時のみ。わかったか?」


 そういうことだったのか。カイさんは私を守ろうとしてくれていた。今更、自分の浅はかさに気づく。

 とりあえず建物の中で待つことしかできないのは、さっきと変わらない。


「わかりました」 


 気を引き締めた。


「よし」


 カイさんも窓から出ていく。


「誰かが来るまでは窓を閉めておくように」


 私は、カイさんを見送って窓を閉めた。

 広い窓から見える景色は、遮るものがなにもない。離れた場所に数本の大きな木が点在しているが、目の前はなだらかな丘がひろがっているだけで、暗いことを除けば視界は良好だ。月の光は届いているし、部屋の明かりもついている。今までで一番、夢魔を見やすい状況だ。


 カイさんが上に飛んだ。ログハウスの屋根か、近くの木の上に上がったようだ。


 次の瞬間、建物を取り囲むように風がぐるぐると吹いた。それと同時に一定のリズムの低音が聞こえる。カイさんが話していたベースの音だ。

 そして夢魔が現れた。強風を纏って、ログハウスの窓ガラスに沿って下から上に上がる。

 窓の前にいた私は、夢魔と目があった。気のせいではない。始めて夢魔を見た時と同じ感覚だった。でも、前と違うことがひとつある。夢魔の顔まではっきり見えてしまった。


「駿太!!」


 反射的に声が出た。

 嘘だ。……でも、見間違えるはずがない。

 通信機を持つ手が震えている。

 夢主の負の感情が強いと夢魔が夢主の姿に似てくるって、柚月さんが言ってた。


 なんで、駿太が夢魔を……。


「なっちゃん、どうした?」


 とっさのことで発信音を鳴らさなかったので、音弥さんだけが私の声に反応した。

 

「友達、の顔だったんです……。夢魔が」

 

 自分でも、混乱していることだけはわかる。


「やっぱりか。カイはどうしてる?」


 言われてから、ハッとした。カイさんはこの近くにいるはず。

 ひとりで夢魔と戦っている。夢魔と──いや、駿太の負の感情と。


「カイさんは、外にいます。……駿太と戦っているかも」


「なっちゃん、混乱するな!顔は、駿太って奴でも夢魔は負の感情しかない別の生き物だ。それに、俺達が必ず浄化して、彼の中に戻す」


 音弥さんは力強く言い切った。

 私は頷いたけど、声が出ない。


 駿太は口数は少ないけど、冷静に物事を捉えられて、しっかりしていた。コンテストの選抜メンバーに選ばれるくらいベースも上手だった。

 私が歌の酷評を受けたときも、慰めてくれた。何よりもずっとバンドで一緒に音楽を作ってきた仲間だ。


「なっちゃん、俺は今からカイに合流する。研究所の周りがすごい風だから、通信が途絶えるかもしれない。発信音を鳴らして、皆に夢魔の正体を話して。夢魔を大人しくさせるヒントになるかもしれない」


 柚月さんが、夢魔の浄化はあくまでも防災のためで、夢主のためではないと言っていた。夢主の感情に寄り添うのは、現実世界の周りにいる人だって。

 私は駿太の周りにいた人間なのに、駿太の負の感情になんて気づかなかった。何を悩んで、どうしてこんな夢魔を生み出してしまったんだろう。

 もしかして、私は駿太を知っているからこそ、力になれるのだろうか。


「音弥さん、駿太を救うことはできますか?私は、駿太の力になりたいです」


 私の声にしばしの沈黙のあと、音弥さんが答えた。


「俺やカイの推測では……いや、なっちゃん、ひとつ言っておこう。人の心の中に勝手に踏み込むことはできない。もしも夢魔から、彼の秘めた心を知ることができても、それは機密事項と同じ。公私混同してはいけない。それは覚えておいて。つまり、君が彼を救いたいなら、彼本人と向き合うべきだよ。だけどそれは、彼や君が望む結果になるとは限らない」


 わかるような、わからないような。これって、柚月さんと同じこと言ってるのかもしれない。

 それに、私が望む結果って……なんだろう。またみんなで演奏したいってことくらいしか浮かばないけど。


「わかりました。では駿……夢魔をよろしくお願いします。私は、今から駿太の情報を発信します」


 私は、まだ少し震える手で通信機を握った。手にじっとりと汗をかいている。

 私にできることは、夢魔の浄化を手伝うことだけ。駿太が生み出した夢魔に災害を起こさせるわけにはいかない。その前に、カイさんや音弥さんを傷つけさせるわけにはいかない。


 発信音を鳴らした。



 









読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート