午前9時。セカンドハウスの居間にトリコさんと柚月さんと一緒にいた。今日は早めに昼ごはんを食べてから帰ることになっていたので、今はソファーでくつろいでいた。
今頃、音弥さんとカイさんは眠りの中だろう。
「昨日は暇だったみたいだね」
「感知計も作動しなかったし、通信機からの緊急呼び出しもなかったしね。だいたいあんな時間にカイが俺の部屋に来るほど余裕があったわけだから、かなり暇だったでしょ」
昨日のことを思い出した。結局、カイさんが私をどう思っているかはわからないまま。トリコさんと柚月さんは私の気持ちをわかってて応援してくれたけど、私からカイさんに話しかける勇気はない。今は研究所の人が昼夜逆転の生活でよかったと思う。
ピピピピピピ…
大きな音が部屋中に響く。
「なにこれ?」
柚月さんが腕時計型の通信機に視線を落とす。
誰かからの通信があったわけではなく、夢魔を感知して鳴ったようだと、トリコさんが説明してくれた。
「柚月、研究所の感知計で確認しよう。誤作動の可能性もある。那津も来て」
トリコさんの指示通り、バタバタと隣りの建物に移動する。
研究所のリビングのテーブルの上にはノートパソコン1台と感知計が置かれている。昨日、音弥さんとカイさんが使ったままになっていたようだ。感知計は、赤い点滅を繰り返し、小さな警告音がずっと鳴っている。
柚月さんがソファーに座りパソコンの電源を入れる。
「どうしたんですか?」
焦る様子のトリコさんと柚月さんに、ようやく質問できた。
「夢魔を感知した。通常夢魔は少しの月の光と闇を好む。そもそも人間が夢を見ている時間に発生する。朝や昼は夢魔の発生数は極端に少ないし、発生しても力が弱いから、通常は感知はされない」
トリコさんが早口で答えて、柚月さんの隣りに座った。
「トリコさん…感知計のデータは間違ってないみたい。でもパソコンで見る限り夢魔がいるのがこの辺りみたい」
トリコさんと柚月さんが顔を見合わせた。音弥さんとカイさんはいない。でも、私はひとりじゃないし、なんとかなるだろうなと深く考えていなかった。
「この時間に…相当強い夢魔か…」
トリコさんがパソコンに顔を近づけた。
「夜の生き残りだとしたら、音弥とカイが気づかないわけないよね?」
柚月さんは真剣な表情でパソコンの画面から目を離さない。
「じゃぁ、今生まれたってことですか?」
思わず口から出てしまった。私の発言に、トリコさんが左手で両目を覆った。
警告音はずっと鳴り続けている。
「柚月。もうわかったから音を消して」
トリコさんの表情が険しくなった。
「何かわかったの?」
柚月さんが警告音を止めた。
「私の憶測では、夢主は音弥かカイのどちらかよ」
トリコさんがパソコンの画面を指差した。
「この付近しか反応がない。弱い夢魔は当然、夢主の元に帰ったはずだし、強い夢魔が夜から存在していたなら、今、急に感知するのはおかしい。範囲としては半径2キロ圏内のどこかになるけど…この付近は山ばかりで人の家は極端に少ない」
「確かにこの付近は農家の人やお年寄りが多いから基本は早寝早起きのはずだから、今の時間に夢魔を生むとは考えづらいわね。まぁ、すごいスピードの夢魔が別の土地から移動してきた可能性もないとは言えないけど」
柚月さんが頷いた。
「研究所の人が夢魔を産んだ場合はどうするんですか?」
浄化する人員が減ってしまうし、カイさんや音弥さんの歌声がなければ浄化は難しい。
「どうするかは、これから考えるしかないわ。まずは夢主が誰かを確認しないと」
柚月さんが応えようとすると、トリコさんがわざとらしく大きなため息をついた。
「研究所の上の立場の人間が夢魔を生むなんて考えられないな。ふたりとも叩き起こしてくる」
叩き起こす?頭の中が疑問符だらけになった。強制的に目を覚まさせて、夢魔が戻れなくなれば浮遊してしまわないのだろうか。浄化は寝てる夢主の元に弱らせて戻すことだったと思う。黒い夢魔なら空に還すためにスティックで核を突けばいいんだろうけど。
ちらりと柚月さんを見ると、柚月さんも困った顔をしていた。
「トリコさん…夢魔が戻れなくなって強くなる可能性もあるのよ!それに夢主は夢魔が戻らなければずっと考えごとをしたような状態になってしまうわ」
「夢魔が戻らなかった場合のサンプルは少ない。本人が覚えてないんだからね。もしかしたら、夢魔を切り離して普通に起きて戦えるかもしれないでしょ」
「でもリスクが高すぎるわ」
「立場もわきまえず夢魔を産むから悪い。多少のリスクは背負ってもらう」
トリコさんは夢主が誰であるかを推測できているのだろうか。
「あのー、私の歌では駄目ですか?柚月さんの歌声で弱らせてもらえれば、私でもできませんか?」
「まだ那津の案の方がリスクがないわね。でも、音弥かカイのどちらかは夢主にはなってないんでしょ?せめてどちらかわかれば…」
柚月さんが腕を組んだままパソコンの画面を見ている。
「…………カイ」
トリコさんが呟いた。
柚月さんがトリコさんの方を向いた。
「え?」
「カイ……だと思う」
静かなトリコさんの声。
「根拠は?」
柚月さんも落ち着いた声で聞いた。
「嫉妬……」
トリコさんの言葉のあとで、ふたりの視線がこちらに集中した。
嫉妬なんて、カイさんがするわけないと思うけど。
「可能性はあるわね。駿太くんの例もあるし、那津が夢魔を生ませやすい体質だったりして」
柚月さんが、小さく笑った。でも、そんな体質は迷惑でしかない。いや、夢魔を集めるアンテナになれば浄化しに行かなくても向こうから来るなら便利なのか?
「そんな体質の人間がいるかどうかはまた後で研究するとして、とりあえずあいつらの様子を見にいこう」
トリコさんがカイさんと音弥さんの部屋に向かったので、私達は後ろからついていくことにした。
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