月夜の歌は世界を救う

あめくもり
あめくもり

76.カイさんはズルい

公開日時: 2023年11月25日(土) 01:50
文字数:2,291

「さて時間もあるし、向こうに行くか?」


 カイさんが視線を向けたのは、ステージの裏側よりも更に奥のテントが並んでいる空間だった。駿太と春斗がいる場所だ。


「はい」


 と、勢いよく返事はしたものの何故か緊張していた。駿太に告白されて依頼、まともに、ふたりだけで話した記憶がなかったからかもしれない。みんなといるときは普通だけど、少し距離を感じる。でも、それは私が望んだこと。


「那津が行きたくないなら、行かなくてもいいけどな」


 カイさんの視線はまだテントの方を向いている。

 私は『行く』と返事したつもりだった。


「なんでですか?」


「テンションと表情があってない…かな」


「そんなことわかるんですか?お見通しですか?」


 見透かされていたようで、急に恥ずかしくなる。早口でごまかそうとしている自分に気づく。


「別に見通せる力なんてないけど。那津はわかりやすいからな」


「カイさんが鋭いだけだと思います」


 私の発言にカイさんは何も言わずに笑った。そして、歩き出した。


「行く、だろ?」


 振り向いて私を見た。躊躇したけど、行くに決まっているし、そのことすらカイさんにはバレてたみたいだ。

 カイさんが早歩きを始めたので、慌てて追いかけた。

 そういえば、駿太と春斗に会いにいくだけなのに、カイさんを付き合わせていいのだろうか。音弥さんはすでに行っちゃったけど。


「カイさん、あの、場所わかってるんで、ひとりでも行けますよ」


 私の声に、カイさんが足を止めた。


「一応君たちは学生で、俺たちは会社の責任者として君たちを預かってるわけだから、付き合うよ」


 保護者というわけか。


「大丈夫ですよ…小さい子供じゃないし」


「だからだよ」


 カイさんの言葉に戸惑った。だからってなんだろう。


「君たちはあまりにも、自分たちのことに無頓着すぎる。芹沢に聞いた。地元ではわりと有名なバンドだったんだろ?変な奴に絡まれない保証はないんじゃないか」


 桃香や春斗は社交的だから、いろんな人に話しかけられていたし、中には変な人もいたかもしれない。でも、私はボーカルなのに地味だったからいつも駿太とふたりで隅っこにいた。駿太に話しかけて来る人は音楽の話ばかりだったから、いつも隣で聞いていた。


「バンドはそこまで有名ってわけでは…でも、ありがとうございます」


 例え保護者であっても、気にかけてついてきてくれるなら、断る理由はない。

 でも、変な奴に絡まれそうなほど目立ってるのは銀髪のカイさんと、金髪の音弥さんではないだろうか。と思ったけど口には出さなかった。



 出演者の待機場所に着くと音弥さんと桃香がいたけど、駿太と春斗はいなかった。

 テントの下には青いビニールシートが敷いてあり、長机やパイプ椅子が置かれていた。ところどころにメンバーの持ち物らしいカバンなどもある。他のテントも人がいたりいなかったり、ざわざわとしている。


「駿太と春斗、打ち合わせに呼ばれていっちゃったよ」


 桃香が言った。少し遅かったみたいだ。


「う〜ん。カイに会いたくなかったんじゃない?ほら、無駄に圧倒的な存在感あるし」


 いらない喧嘩をふっかけて音弥さんが笑っている。カイさんにとっての、絡んでくる変な奴って…音弥さんなんじゃぁ……。

 チラリとカイさんに視線をやった。


「俺に会いたくないとしたら、それは悪かったな」


「え?カイさんはふたりと面識あるんですか?」


 桃香が聞き返した。


「駿太に一度だけ」


「そんな話聞いたことなかったなぁ。なんで会ったことあるの?」


 桃香は好奇心が勝って、もはやタメ口になっている。


「カイくんが、なっちゃんの家に行った時だよね?」


 音弥さんの問いかけにカイさんは返事をしなかったけど、私と目があって少し口角を上げた。

 意味深な笑みはなんだろう。カイさんはまた私をからかっているのか。カイさんの表情ひとつで動揺している自分に気づく。平静を装っていても、私はカイさんの歌声に恋したまま。でも、来るもの拒まず去るもの追わずのカイさんを本気になって追いかけたっていいことがないのはわかってる。

 そこまで考えてハッとした。いいことがない…それは、もしかしたら振られるのが怖くて自分の気持ちに蓋をしているからなのかもしれない。

 駿太は私に告白してくれたときも、カイさんと対峙したときも、堂々としていた。カイさんは大人だ。でも余裕の態度で揺さぶってくるのはズルい。──あぁ、そうか。ズルいのは私も同じだ。


「私、駿太に会ってきます。桃香ついてきて」


 私は桃香の左手首を掴んで引っ張った。


「ちょっと、どうしたのよ、那津」


「駿太、どっちに行った?」


「ステージじゃないの?」


「私、駿太に言わなきゃいけないことがある」


 足はすでにステージに向けて走り出した。桃香は私に引っ張られたまま、諦めてついてきた。


「どうしたの?急に」


 カイさんと音弥さんからだいぶ離れたので足を止めた。少し息が上がっている。


「桃香は駿太が私のこと好きだったの知ってた?」


「……突然、なに?知ってたというか、気づいてたよ。ライブの時とか、いつも那津がひとりにならないようにしてたし、那津のことよく見てたもん。ついに告白された?」


「断ったの。私は、カイさんが好きだから」


「ちょっと、待って。頭が追いつかないわ。駿太に告白されて、振ったの?そこまでは理解できたけど、カイさんって、まさか…あの人?」


「その、人」


「いや、だって、あの人は就職先の会社の社長でしょ?……え?本当に待って。付き合ってんの?だから就職?」


「違う。カイさんは私の初恋の人なの」


 私は桃香に、私の耳が完全に惚れてしまった歌声の持ち主がカイさんだったことを話した。もちろん、夢魔の浄化の歌だってことは伏せて。












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