私は家の横を通る道路の舗道に出て、駿太を待った。
「遅くに、ごめん」
駿太が自転車に乗って現れた。いつもと変わらない雰囲気に安心する。
「お疲れ〜。今日も練習だったんでしょ?」
駿太は、自転車を舗道の脇にとめた。
周囲には畑しかないので、夜の車通りは少ない。遠くの外灯と我が家からの明かりのみで、周囲は薄暗い。
「できるときは練習しないとさ。すっげぇカッコいい曲作ってくれて、ステージでやるのが楽しみだから」
駿太の声は明るい。夢魔を生み出すほどの悩みがあったなんて考えられない。しかもその原因が私にあるなんて。
「あ、で話っていうのは、コンテストの本選のチケットもらったから、よかったら見に来てよ」
話って、コンテストのことか。私が心配したことと違っていた。
よかったような、恥ずかしいような。カイさんに来てもらわなくてよかった。
「ありがとう。桃香から誘われてたんだ」
「そうなんだ」
一台の車が通り過ぎた。ライトが私達を一瞬だけ照らした。
「そういえば那津は就職するって、桃香から聞いたけど、本当?」
私は駿太や春斗とはなかなか話す機会がなかったけど、桃香は同じクラスだからよく話しているらしい。
桃香、お喋りだな。ま、口止めしてたわけじゃないし、いいんだけど。
「そうだよ。まだ就職できると決まったわけじゃないけど」
ほぼ就職できそうな感じはするけど、内定はもらってないので、こう言うしかない。
「あの金髪の人の?」
駿太には音弥さんを目撃されたことがあったっけ。
「その人もいるけど。よく覚えてたね?」
「いや……那津はあいつと付き合ってんの?」
まさかの質問に固まる。
「な、なんで?たぶんだけど、あの人、高校生になんて興味ないよ」
急に言い訳みたいになってしまった。でも嘘じゃない。音弥さんには、ずっと忘れられない大切な人がいる。それに、私も音弥さんに恋愛感情は持ってない。
「そうなの?桃香が、那津が隠してるだけで、彼氏かもって言ってたから」
桃香さんは何を言ってんのか……。ややこしいことをしないでくれ。
「ないないないない。桃香の勘違い」
「じゃあ、俺は?」
俺は……?
駿太の次の言葉を待った。
まさか?
「俺、那津のこと好きなんだけど」
自分で自分の表情を意識できなくなる。
信じられないと思う気持ちと、やっぱりという気持ちが一緒に押し寄せてきた。
カイさんと音弥さんが夢魔から感じとった、駿太の気持ちは当たっていた。
こういうときはどうすればいいの?
恋愛経験皆無の私は、答えに困る。困るということは、もう答えは出ている。
私は駿太から目線を外して、道路の方に目をやった。人影が遠くからこっちに向かって歩いてくる。畑しかないこの場所は、たまに夜にウオーキングやランニングをする人もいる。
人の存在を意識すると急に恥ずかしくなる。でも、逃げちゃだめだ。正面からちゃんと自分の意見を言わなきゃ。夢魔のことは、関係ない。今の駿太の言葉に返事をしよう。
「ごめん。私、駿太のことはバンドの仲間で大切な友達だから」
「付き合えない?」
「うん」
「他に付き合ってる奴がいるの?」
「いない」
張り詰めた空気が漂う。目を合わせられなくて道路を見ていると、ウオーキングの人が道路を渡ってこちら側に来ようとしていたので、じろじろ見るわけにもいかず、目のやり場に困って下を向く。
「じゃぁ、試しに付き合ってよ。俺たち、今までずっと一緒だったから、お互いによく知ってるし、俺のこと嫌いじゃないなら付き合ってみてほしい」
もちろん、嫌いじゃない。いつも冷静な駿太がこんなこと言うなんて、本気なんだなって気持ちが伝わってくる。
試しになんて言われたら、ここでこれ以上断るなんてできないよ。
なんて言おう。
私が言葉を絞り出そうとしていると、ウオーキングの人が私たちのいる舗道に来た。
会話を聞かれるのは恥ずかしいので、この人が通り過ぎるのを待とうと黙った。駿太も同じ気持ちだったのかもしれない。なにも言わなかった。
ところが、歩いて来た人が私たちの目の前で足を止めた。
不審に思って顔を上げると、そこにはカイさんが立っていた。
「カイさん。なんで?」
駿太の告白が飛んでいくくらいの衝撃だった。そして、私よりも駿太が驚いている。それはそうだ。知らない人間が急に告白の最中に中に入ってくれば誰でも固まるだろう。
「散歩してた」
そんなわけない。けど、頭が回らないので、変な誤解をされる前に駿太に、紹介をすることにした。
「急にごめんね。この人、私の就職希望の研究所の所長さん。で、こっちが私の友達でバンド仲間の駿太くんです」
カイさんは駿太のことは、たぶんわかっているはず。
ただ、いきなり所長がこんな時間に、就職したわけでもない学生の家の近くを歩いているのは変すぎて、駿太にはうまく説明できない。
「駿太くん、さっきの俺の紹介は訂正させてもらう。所長なんてただの肩書は関係ない。俺の名前はカイ。君のライバルだ」
「なんのライバルですか?」
駿太が真っ直ぐに聞き返した。初対面でライバルと言われれば当然の質問だけど、カイさん相手に堂々としている。
「那津は俺にとっても大切な存在だから、君に渡すわけにはいかないと言えば、わかる?」
「那津の彼氏ですか?」
「まだ違う」
カイさんは動揺することもなく答えた。
っていうか、まだ違うって、どういう意味?
私がひとりだけ動揺している気がする。
駿太は私ではなくカイさんをじっと見ている。
「俺がなんで那津を好きだとわかったんですか?まさか俺たちの会話があんな遠くまで聞こえてるわけないし」
「カマをかけただけだよ。君が否定すればそれで終わり。だけど肯定したから、やはりライバルだったというわけだ」
カイさんは何を言ってるの?鼓動が早くなりすぎてパニックだ。
でも、落ち着け。たぶんカイさんは夢魔を心配してここに来たはず。駿太を挑発して夢魔が出てこないか確認してるのかも。
ヤバい。暗いからわからないものの、たぶん顔が真っ赤になっている気がする。
「でも、あなたが彼氏じゃないなら関係ないです。答えを出すのは那津だから」
駿太は真っ直ぐカイさんを見て言った。
「俺はそういう嘘のないはっきりした態度は嫌いじゃないよ。でも、譲る気はない。那津、散歩が終わったらまた寄るから」
カイさんは私の肩をポンっと叩いて言ってしまった。
「那津、あの人に告白されてたの?」
「ちが……そんなはずない。有り得ないよ。たぶんからかわれただけだよ」
出会ってからそんなに経っていない上に、まともに会話したのは数日前が初めてなのだ。万が一、私がカイさんを好きになることがあったとしても、逆はない。
「じゃぁ、返事は……」
「ごめん。やっぱり付き合えない。友達でいたい」
「お試しでも?」
頷いた。好きだって言われたのは嬉しかったけど、「あの人」の歌を聴いたときのように心が揺さぶられることはなかった。
このまま、友達でいたいなんてワガママは聞いてもらえないかもしれないけど、試しに付き合っても、駿太に恋をすることはないと思った。
「そうか。わかった。ごめん。こんな時間に」
駿太はそう言うと、自転車に乗った。
「好きって言ってもらえて、嬉しかった。駿太が嫌じゃなかったら、ずっと友達でいてほしい」
私の本音だ。でも、強制できるものじゃない。
「わかった。けど、俺もすぐに気持ち切り替えるとか無理だから。時間が経ったら。じゃぁ帰るわ」
「うん。気をつけてね」
夜の中を自転車で走っていく駿太の背中を見送った。
駿太、ごめん、ありがとう。
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