月夜の歌は世界を救う

あめくもり
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34.音弥さんの想い

公開日時: 2022年3月21日(月) 01:59
文字数:2,668

「ひとつ質問してもいいですか?」


 運転席でハンドルを握る音弥さんの横顔を見ながら、ずっと気になっていた疑問をぶつけてみた。


「なに?俺で答えられること?」


 音弥さんの少し長めの金髪は、今日は纏めていないので、さらさらと揺れて表情が見えづらい。


「たかが恋をしただけで強い夢魔が現れるってことは、全国、夢魔だらけじゃないんですか?どうやって全部を浄化しているんですか?」


 カイさんが作った研究所以外にも、夢魔を浄化する人がいるのかずっと気になっていた。


「まぁ、確かに夢魔はたくさんいるけど、たいていは災害を起こす規模にまでは成長しないし、ヤバいのだけ浄化すれば大丈夫なんだよ。全国に感知計を設置してあるから、事前に調査もできるしね」


「でも、遠くで大きい夢魔が発生したときは、どうするんですか?あの、スティックは近距離移動で、長距離はボードで空を飛ぶって聞きましたけど」


 でも、昼間は他の人から見えてしまうから、空は飛べないし。


「遠くのときは仕方ないから早起きして、飛行機とか、新幹線で移動する。サラリーマンの出張と変わらないよ」


 そういうものなのか……。

 たった数人で災害を防いでいるなんて。とはいえ、災害は毎年必ずやってくる。それが大きいか小さいかは別として。ということは、夢魔を浄化できなかった経験もあるのかもしれない。


「国内の災害に繋がりそうな大きな夢魔は全部、音弥さんたちが浄化してるってことですか?」


「そういうことになるかな」


 音弥さんがこちらを向いたので、一瞬目が合った。


「頑張っても浄化しきれないと災害になっちゃうんですよね」


 責任重大な仕事だ。


「俺がこの仕事を始めてからは夢魔による災害は大きな発生してないよ」


 音弥さんはさらりと言い切った。


「でも……」


「あぁ、自然災害は夢魔によるものじゃないから、俺達の力の及ばない範囲だよ。夢魔による災害は特殊災害といって、全く違うものだからね」


 私が言葉にできなかったことを察して、音弥さんが答えてくれた。

 

 特殊気象研究所の存在が世間に公表できない理由のひとつは、特殊災害のみしか防ぐことができないということもあるのかなと思った。

 人は期待してしまう生き物だから、こんな研究所があると知れば、全部防いでくれると思ってしまうかもしれない。 


「自然災害か特殊災害かは、どうやって区別するんですか?」


「夢魔は徐々に大きくなるから、事前に把握できる。だから我々には区別できるけど、一般の人には気象情報として伝えているから、わからないと思うよ。大きな台風が途中で進路を変えて、低気圧に変わったっていうニュースを見たことあるでしょ?あれは浄化の結果の場合もあるってこと」


 夢魔を公表できないから、うまく折り合いをつけた気象現象として発表するらしい。


「駿太があのままだったら、夢魔は台風になったんでしょうか」


「どうだろうね。基本的に夢魔は風を呼ぶことが多いから、台風を発生させたり、雨雲を大量に集めて大雨を降らせたりすることが多い。超上級夢魔は地震を起こすこともある。ただ俺たちがひどい災害になる前に、どこかの時点で対処したと思うよ」


 私がもしも研究所の人に出会わなくて、現状を知らなければ、駿太の感情について考えることはなかっただろうし、災害が起きても自然現象だと思って諦めることしかできなかっただろう。


「研究所の人たちの仕事は世間に全く知られていないけど、私は感謝してます」


「ありがとう」


 音弥さんは前を向いたまま、少し頷いた。その瞬間、音弥さんの長めの髪の隙間から、キレイな青いピアスが見えた。前にも見た記憶がある。


「音弥さんっていつもそのピアスしてるんですか?すっごくキレイな落ち着いた透明感のある青ですよね」


 単純に素敵だなと思った。


 音弥さんが金の髪を耳にかけた。


「これはさ、昔、大切にしてた人の形見。夢魔のせいで起きた台風で土砂崩れに巻き込まれて亡くなったの。その後でカイと出会って俺はこの仕事を始めた」


 大切にしていた人って、たぶん音弥さんの恋人だ。いくら私が恋愛に疎くても、それくらいわかる。


「ごめんなさい。聞いてしまって」


「嫌なら話さないから気にしなくていいよ。俺はね、あの台風の時、彼女を守れなかったことを忘れたことはないよ。それが夢魔のせいだって聞いた時は、夢主を憎んだし、解っていて防げなかったというカイを責めた」


 ハンドルを握り、前を向いたまま、音弥さんは淡々と話続けた。

 

「俺が責めてもカイは言い訳しなかった。でも、後から知ったんだけど、その時カイはたったひとりで夢魔と向き合っていた。ひとりで国内全ての特殊災害を防ぐなんて無理な話だったんだよ」


 車は森を抜けて町を通過する。赤信号で止まると、音弥さんが私の方に顔を向けた。


「俺はさ、悲しい災害を無くしたいし、カイを助けたいと思って、研究所で働いている。だから、もしもまた駿太くんが悪夢から夢魔を生み出したとしても、絶対になんとかするから安心しな」


 いつも、軽く笑っている音弥さんの表面しか見ていなかったことに気づいた。こんな気持ちで、夢魔と向き合っているなんて思っていなかった。

 駿太のことだって、いっぱい気遣ってくれていた。

 それに、カイさんと音弥さんの信頼関係が見えた。


「カイさんは、まだ研究所のことを知らなかった音弥さんに、夢魔の存在を話したんですね」


 青信号になり、車はまた走り出した。


「カイとは災害現場で偶然会って、たぶん、俺が冷静じゃなかったんだろうな。夢魔が起こした災害の全てを話してくれたよ。謝罪までして。でも俺はしばらく嘘だと思ってた。雨宮カイなんて人間のことは全く知らなかったし」


 本当にカイさんは不思議な人だ。夢魔の情報は極秘なのに、音弥さんの心を救うために話したような気がする。


「カイさんには音弥さんの気持ちが痛いほど伝わったんですね」


 私には音弥さんの辛さは想像することしかできないから、なにも言えないけど。


「でもね、なっちゃん、暗い話として捉えないでほしいんだ。あくまでも、これは俺の気持ち。なっちゃんにはなっちゃんの理由で就職や進学を選んでもらいたいから。それに、俺は今、幸せだからさ」


 音弥さんの左耳の青いピアスが輝いて見えた。音弥さんの大切な人は、今でもずっと音弥さんを守っているのだろう。

 やっぱりきちんと向き合わなければ人の心の奥は見えてこない。音弥さんの話が聞けてよかった。私も、大切な人たちを災害から守れるような人間になりたい。


 車は高速に乗り、私を日常の世界へと近づけていく。

 気持ちはしっかりと固まった。明日、学校に進路希望を伝えよう。

 

 


 



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