入場の列に並んで会場に入ると、ステージ前にたくさんの人が集まっているため、後方はゆったりとしていた。コンテストに出場する人を応援に来た人たちの熱量は違う。プロになる前から自分たちのバンドの演奏を聴いてくれる人がいることは幸せだろう。私達も幸せだった。私はあのバンドで歌えてよかった。ここからステージを見られたからこそ、改めて気づくことができた。
「お客さんが入ると違うね。こんなステージに立ったら緊張でどうにかなりそうだわ」
桃香が言った。
「桃香でも緊張するの?」
「するに決まってんじゃん」
「でも、いいね。あそこで演奏できたら気持ちよさそう」
本音だった。まっすぐに見たステージは、選ばれた人が立てる場所。
たくさんの人が期待しながらステージを見てる……と思ってたのに、私の後ろできゃぁきゃぁと騒ぐ女子の声がして振り返った。と、同時に桃香が私に近づいた。
「那津…私達の付き添いの方々が、いつの間にか超人気者になってるけど、ほっといていいの?」
「確かに目立つよね…あの金銀の頭でスーツ姿でスタイルもよく見えるし。名札ぶら下げてるから関係者っぽいから気軽に声かけても大丈夫そうだって思うかもね…」
「すごいね…那津、あの人のことどうやって落とすつもり?」
桃香が急に小声になった。
「お、落とすってなに?そんなこと考えたこともないし」
「そんなこと言ってると、誰かのところに言っちゃうわよ。あの人気ぶりに、表情ひとつ変えてないところを見ると、女子に囲まれるのなんて日常茶飯事だよ、絶対に」
「知ってる」
私も小さく答えた。
会場はコンテスト開始までまだ30分以上の時間を残している。カイさんと音弥さんの周りの人は、いなくなる気配がない。こんなことなら関係者席で見させてもらえばよかったかな。
「那津、どうした?体調悪いのか?」
周りの女の子たちを無視してカイさんがこちらに来た。彼女たちの視線が怖いのでやめて欲しい。
「そういうわけじゃないです」
なんか私、不満そうな顔でもしてたのかな。と桃香に視線を送ると、桃香が笑いを堪えている。
「え?どうしたの?なにかあったの?」
音弥さんまで会話に入ってきた。
「ごめんなさい。那津の顔が、顔がですね、あはは」
桃香は私の顔を見ては、笑っている。失礼ではないだろうか。
「顔がどうしたの?」
音弥さんが覗き込んできた。不意討ちすぎる。
「ちょっと赤いね。熱中症かな?休む?」
「大丈夫です」
今、顔が赤いのはたぶん音弥さんのせいですからね。
「緊張もしてるんだろ。水分はとったか?」
カイさんが目の前に立った。
「はい。大丈夫です」
「無理はするなよ。俺でも音弥でも、那津ひとりくらいなら抱えていけるから」
か、抱える?
「カイさん、そんなことしたら那津が死んじゃいますよ」
桃香が更に笑った。
「ちょっと桃香、何言って…」
「大丈夫。なっちゃんは軽いと思うよ。なんなら、今から抱っこしてみようか?」
音弥さんが私を抱きかかえようとするような仕草をした。
「音弥、悪ふざけが過ぎるぞ。那津、こいつ殴っていいぞ。許す」
「では、遠慮なく」
「ちょっと、待って。ごめんごめん」
驚いた。本当に抱き抱えられるんじゃないかと思った。でも、冷静に考えれば音弥さんは冗談を言っただけだってわかる。
「音弥をセクハラで訴えるなら俺に言えよ」
でもなぁ。カイさんとはもっと近づいたことあるしなぁ…。と、抱きしめられたことが頭をよぎった。駄目だ。思い出したら冷静ではいられなくなる。忘れなければ。
「そのときはよろしくお願いします」
無表情で答えたつもりだ。ただ桃香は笑っていたから、自分がどんな顔をしているのか少し不安になった。
会場はたくさんの人が入ってきて、ステージになにやら人が現れた。前座のバンドが演奏を始めた。駿太や春斗のように、本選に出場できなかった人で作られたバンドだとアナウンスが入った。少しだけもの足りなさは感じるものの、明るい太陽のような曲が印象的だった。
こっち側にいると、バンドのことがよくわかる。結局は好みになってしまうけれど、自分なりにバンドの評価をしていることに気づいた。今の私がステージに立ったら何点くらいもらえるだろうか。
会場の後方から遠くのステージを見つめた。私の右隣で桃香も黙って聴いている。カイさんと音弥さんは私の斜め後ろに立っていたので表情は見えない。ふたりにはこの曲がどんなふうに聴こえているのかすごく興味がわいた。
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