叫声、罵声、悲鳴。色々な音が、風と共に紅蓮の炎に包まれた都市を駆け抜ける。至る所から火の柱が吹き出し、逃げ場を失った者がその場に立ち尽くす。
セーツェン共和国、その中枢を担う首都。そこで突如発生した大火災のせいで国中が混乱していたのだ。
人々が口々に叫ぶ。かつて、「カーバンクル」と呼ばれ、忌み嫌われた子供達。その生き残りの名を。街を災禍へ引きずり込み、この惨劇を招いた悪魔の名を。
「スィエル・キース……醜い殺人鬼め……」
「出て行け! お前達のような赤目はやはり生かしておくべきではなかった!」
悪魔──スィエルは、街の中心部に高くそびえ立つ時計塔の上に立ち、人々を眺め続けていた。長い特徴的な銀髪を揺らしながら、地上を俯瞰するその目は研がれた刃のように冷たい。
この男が、なぜ街に火を放つような真似をしたのか。それは、彼の過去を知れば納得できるものだ。国のとある習わしによって、スィエルは幼い頃から虐められ、生活に自由がなかった。
成長してからも、彼への風当たりは強く、周りは誰もスィエルのことを愛そうとはしなかった。身に余るほどの拷問、閉鎖的な空間の生活が二十年と少し。
毎日の生活は保証されず、生きていられるだけ幸せ。仲間がいつの間にか死んでいる、など当たり前の事。
酷い罰を受け続けた結果、青年の心は憎しみを抱いてしまった。この国は腐っている。だから、誰かが壊さなければならない。
そのためスィエルは、故郷に火を放ち、一からやり直すことを決めたというわけだ。話し合ったとしても、聞く耳を持つ人間がいるとは思えない。
また、赤目の人数は従軍や人体実験で急速に数を減らしていた。まともにやって勝てる保証は最初からなかった。
燃え上がる炎を見ても、スィエルの心は癒やされなかった。過去に味わった屈辱を全て感じてもらうには、まだ甘い。
青年の心に深く刻み込まれた怒りは、一度街を燃やしたからと言って、満たされるようなものではなかったのだ。
飢えた心を満たして欲しい。誰かに大事にされたい。でも、街を燃やしてしまった自分にその機会は訪れない。
だから、命を奪う。誰にも愛されないのならば。誰からも、非難されるぐらいなら。いっそのこと、笑う奴らを皆殺しにしてしまえと。
感情を持たぬ殺戮者──「赤目の悪魔」
のちに彼はこう呼ばれ、広く人々に知られるようになる。
無害な人間まで命を奪い、必要以上に贄を貪ろうとする悪魔だと人々は彼をそう非難した。だが、その叫びも。一度彼の空虚な目を見れば、恐怖に支配され何も言うことができなくなったという。
それが、物理的な意味なのか、それとも精神的な意味なのか。あるいは双方か。
魔力の枯渇で力尽き、国の最西、雪原の中にひっそりと佇む孤城「エテルニテ」に立て籠もったスィエルを、国の中で最も魔力の扱いに優れた魔術師が封印し。伝承の幕は一旦閉じられる。
しかし、今。その伝承から三百年が経過した今。赤目の悪魔は雪に閉ざされた孤城の中で、目覚めようとしていた。
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