「ああ……終わった……悪魔、もう残りはないよな」
「ええ、お疲れ様です。最後の方はコツが掴めたようですね」
スィエルと悪魔は延々とシレの実を剥き続け、日が暮れる頃になってようやく終わりを見せた。
炎術で軽くあぶってからだとぬめりが取れるという裏技を発見してからは、作業のスピードが格段に上がったのだった。
汗を拭き、保存する実を袋にポンポン放り込んで縛る。悪魔曰く、季節が変わる頃までは持つらしい。ここは年中寒いので、腐る心配はあまりないのだという。
室内が暗いので、蝋燭に火をともす。手の上に浮かべた火の玉に息を吹きかけると、舞い上がって蝋燭の上に着地した。ぼうっと音を立てて勢いよく燃え上がる炎達は、薄暗い空間をほんのり暖めていく。
「今日使うつもりはなかったのですが、折角なので食べましょうかね。何にしましょうか」
「そうだな、焼くかゆでるか……うーん、悩むな」
「では、両方作れば丸く収まりますね。魚も仕入れてきたのですが、調理は私が考えましょう。スィエルは城内の掃除をよろしくお願いします。あと、中庭の花への水やりも」
「分かった、やってくるよ」
外に出ると、夜風が肌に突き刺さる。いつの間に夜がこんなに寒くなったのだ、と思ったが、上着を室内に置いてきたことを思い出す。実を剥いているときは暑くて暑くてたまらなかったため、脱いできたのだということを忘れていた。
「……っくしゅん」
悪魔がこの場にいたならクスクスと笑われていただろう。ポケットに入れていたハンカチを口に当てる。くしゃみは生理反応なので、笑われるのはおかしいと思うのだが。
花への水やりも済ませ、伸びていた雑草を軽く刈り取る。丁寧に手入れをしていたつもりだったが、城から数日出ただけでもこの有様なので、人が住まないと建物は滅びるというのは本当のことなのだろうと思う。
作業が終わり、城の中に足を一歩踏み入れた、そのとき。
「兄さーん!!」
「ん、ああ……ヴェリテか」
ヴェリテは、スィエルのクローンのようなものだ。他にも色々いるので、まとめるときは「レムナント」と呼んでいる。クローンと言っても同じ体つきではない。個体ごとに性格や体格は様々だ。
レムナントの中でも一番幼く、わんぱくで甘えん坊。スィエルと同じ銀髪ではあるものの、銀というよりは白に近い。小柄だが、俊足で力も強い。戦闘の時には大剣をぶんぶんと振り回す。
レムナントはスィエルの血の一部を使って、悪魔がスィエルの退屈しのぎや城の警備、雑務を任せるために生み出した使用人であるため、悪魔は彼らに対してそこまで興味を寄せていない。
あくまで雑用、主の戯れ。レムナントと悪魔が直接出会うことはないし、関わりも持たない。会話も届かないようにするなど徹底している。そのため、両者の仲は悪い。
「兄さん、寒いよ? 上着ないの? 僕がぎゅーってして温めてあげるよ」
「悪い、急ぎの用事があるんだ。あまり遅いと探しに来る」
「もう! またあの悪魔でしょ。気にしなくていいよ。それより、一緒に遊ぼ!」
ぐいぐいと袖を引かれるが、踏ん張って振り払う。一瞬ヴェリテは目を見開いたが、肩を落としてうつむいた。
「兄さんは、悪魔の方が大事なんだね。僕たちは、兄さんの視界に入っていないの?」
「そういうわけじゃない。でも、お前達も守らないと悪魔は容赦なく切り捨てる。使えない、って」
「……そっか。うん、分かった」
「時間を取ってまた話そう。遊ぶ機会はいつでもあるだろうし」
こくりと頷いたものの、その顔には不安が残っている。残念がっているのだろう、とスィエルは思った。
「ヴェリテ、ごめんな」
「う、ううん……大丈夫。兄さんも忙しいんでしょ? 早く行ったほうがいいよ」
その違和感にスィエルは眉を潜めた。先ほどと比べてわずかに声が上ずっている。何か隠しているとしか思えない。
その場を去ろうとしたヴェリテの首根っこを掴み、手に持っていた袋を奪い取り、中身を開くと――。中には粉々になった食器の数々。
「おい、ヴェリテ。これは一体どういう事だ?」
「あ、あぁ……また、食器割っちゃったんだよねぇ……兄さんが大事にしてたものも何個か」
「ウェルミア産の食器もか。はぁ……お前は大体毎回食器を割るが、あれは普通割れないぞ。どうやって割ったのか教えてほしいぐらいだ」
「僕にも分かんないよ。普通にやったら食器が割れたんだもん」
「普通にやっても割れないからな。ああ、もういい。今度からは私が食器を洗う。水やりぐらいならヴェリテでも出来るだろう」
「僕にだって色々できるもんー!!」
頭をぽかぽか叩かれるが、なぜ食器を割られた側が殴られればならないのだろうか。とりあえず、この大馬鹿者の食事をしばらくは抜かなければ話にならない。
いったん興奮を収めるためにスィエルはヴェリテの腕を掴み、そのまま放り投げる。
床の絨毯を巻きながら、ヴェリテは派手に吹っ飛んだが、いつものことなので気にしない。元々レムナント達は骨一本すら折れないので問題ないのだ。
「いたたた……兄さん、扱い酷くない!? 僕、体は丈夫だけど心は黄竜石並みに脆いんだからね!」
「黄竜石? ああ、すぐにひび割れるやつか。主に塗料として利用される、と辞書で読んだ記憶がある。扱いづらいのは確かに一緒だな、ははは」
「褒めてるのか、けなしてるのか分かんないなぁもう!」
「少なくとも褒めてはない」
ショックを受けるヴェリテ。こんな茶番をしている場合ではないのだが、食器を放っておくわけにもいかない。
「食器を割った罰として、食事は今の三分の一な」
「えー……僕、お腹ペコペコで死んじゃうよ。今でも少ないぐらいなのに」
「知るか。いつも何かしらミスっているから常時三分の一になっているだけだろう。嫌なら奪ってこい。それか、仕事を今以上に頑張るか」
「じゃあ、僕戦う! 戦闘は得意だし、兄さんよりいーっぱい血を奪ってくるよ!」
「面倒事は起こすなよ」
と、いいつつも不安要素しかないのが怖いところだ。ヴェリテはあらゆるものを壊しまくるため、少しでも目を離すと必ずと言っていいほど事件を起こす。
本人に悪気がないのが、厄介さを更に際立たせているのだが。はぁ、と吐いたため息が、虚空に消える。
「ああ、早く戻らないと悪魔に怒られる……」
気づけば、随分時間を使ってしまった。もう食事を作り終えて待っている頃かもしれない。足早に来た道を戻り、貴賓室へ向かう扉を開けると、悪魔が紅茶を淹れているところだった。
「ふふっ、貴方のことなので帰りが遅くなるだろうと思っていましたよ」
「少し足止めを食らってな……いや、何でもない」
「レムナント、でしょう? 分かっていますよ。彼らの相手を断ってきたのだとは嬉しいですね」
「そうしないと怒るんだろう、どうせ」
悪魔は静かに笑う。席に着き、食事を楽しもうとするが、どうしても浮かぶのはヴェリテの悲しそうな顔だ。頑張って剥いたはずのシレの実も、何だか味気ない。
気分が沈んでいるのだろう。食べものがなかなか喉を通らない。食事を楽しみにしていたはずなのに、今ではどうでもいい気分だ。
「悪魔、すまない。少し席を外す」
「どうかされましたか? 食事が冷めないうちに戻ってきてくださいね。冷たいと、美味しい料理も台無しですから」
「分かった。すぐに戻るよ」
浮かない顔をするスィエルを、悪魔は見送る。あの様子ではしばらく戻ってこないだろう。懐から取り出したプリズムは、一部が黒く濁り、鈍い光を放つ。
「……レムナント、か」
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