9. 消せない過去 ~アリスティア視点~
その日の外は大雨。雷鳴なり響く中、私は部屋の扉を開けた。
目の前に広がる悲惨な光景を見て、私は思わず目を丸くした。床に広がる、おびただしい鮮血……そこには、全身から血を流したルフレが倒れていたのである。
「ル、ルフレ!」
慌てて駆け寄り抱き上げると、彼女の身体は冷たく冷え切っていた。まるで、死人のように……。まさかと思い首筋に指を当てて脈を確かめると、微かに鼓動を感じた。しかし、それも弱々しく今にも消えてしまいそうだった。
「しっかりして!お願いだから……」
必死で呼びかけるも、反応はない。それでも私は声をかけ続けた。
「ルフレ!私の声が聞こえる?ねぇってば!!」
「……アリスティア様」
うっすらと目を開けるルフレ。その瞳には生気が感じられなかった。
「……お許し下さい。貴方様に危害を加えるつもりは無かったのです」
「どういう事なの?」
ルフレの言葉の意味がわからず問いかけると、彼女は苦しそうな表情を浮かべた。そして私の頬に手を伸ばすと、そっと撫でる。それはまるで愛おしむような優しい手つきだった。
「どうか、幸せになってくださいね。いつまでも健やかでありますように……もう時間がありません」
「ルフレ?」
「アリスティア様……私はもう悪魔に……自我が保てません。このままでは貴方様に害をなすでしょう。ですから……」
そこで言葉を切ると、ルフレは微笑んだ。そしてこう言った。
『アリスティア様。私を殺してください』と
そこで私は目が覚める。外はあの時と同じ大雨。全身から汗が吹き出し呼吸も荒くなっていた。どうやら悪夢を見てしまったらしい。皮肉なものだ。悪魔『ナイトメア』を討伐した私が悪夢に怯えているなんて……。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
まだ心臓が激しく高鳴っている。落ち着かせようと深呼吸を繰り返すも、一向に収まる気配がない。
(私は……間違っていない……)
自分に言い聞かせるように何度も心の中で呟き続ける。けれど、不安な気持ちはどうしても拭えない。
「汗でビショ濡れですね……」
そのままパジャマを脱ぎ捨て、シャワーを浴びにいく。冷たい水が心地よい。火照った体が少しずつ落ち着いてきた頃、私は鏡を見た。
「酷い顔ですね……」
そこには青白い顔をした自分の姿が映っていた。とてもではないが、年頃の少女とは思えない姿である。
「少し休まなくちゃダメみたいですね」
そう言って私はベッドに戻った。布団に入るとすぐに睡魔に襲われ、深い眠りに落ちていく。
「ごめんなさい……ルフレ……」
意識を失う直前、そんな言葉を漏らす自分がいた……。
どれくらい時間がたっただろう。もう外は夕焼けの空になっていた。時計を見ると午後4時を指している。随分と寝てしまっていたようだ。最近激務だったから?
私が通信魔法具を見るとメッセージがきていた。それは私の相棒のあの壁からだった。
『少し話したいことがあるから、明日10時に王都の噴水広場に来て欲しい。大丈夫か?』
珍しいこともあるものだと私は思った。あの壁が私に相談事とは一体何だろうか?とりあえず返信しようと思い、メッセージを書こうとする。
「構いませんが、私の時間はタダじゃありませんからね?……と」
そうメッセージを書きながら、ふと思う。
アデル=バーライト。彼は王立学院でのクラスメートで、『レイブン』での私の相棒。正直初めは誰とも組む気はなかった。だって、私は公爵令嬢だから……。誰も私と組んでくれる人なんていないと思っていたのだ。
でも彼は違った。
他の人が敬遠する私とペアを組んでくれた。最初はどうして私なんかと組んだのか分からなかったけど、彼と過ごすうちに分かった気がする。彼はただのバカじゃない。彼なりの考えがあって行動しているのだ。それは大切な家族。唯一の妹のため。
「……明日は何を着ていきましょうか。別にアデル=バーライトのためじゃありませんけど。一応令嬢なので恥ずかしい格好はしないだけです」
と誰もいない部屋で独り言をいいながら明日着ていく洋服を選ぶ。大切な人を守りたい……それが私にはかなわなかった……。だから少しだけ彼と一緒にいると心が救われるような気がする。
あの壁には言えないですけど、私は本当に感謝している。
だから……
「たまには、素直になりますかね」
そう呟いて、私は明日に備えて早めに就寝することにした。
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