1. 絶対領域《インビジブル》
『魔女』それは、この世界に災厄をもたらす存在。ある物語では悪の権化として語られ、また別の物語では人類の守護者として語られることもある。
そしてこの世界における魔女は、前者の方だった。その力は強大で、その昔、国一つを一夜にして滅ぼしたと言われるほどだった。
時は流れ、世界に厄災をもたらすために『魔女』と呼ばれる存在はまた暗躍することになる……。
時間は深夜。そろそろ午前0時を回る頃か。こんな時間にオレみたいな学生が出歩いていたら、確実に騎士団の補導対象になるよな。
普段は賑やかな王都でもこの時間は不気味な静寂が辺りを包んでいる。人通りの少ない夜道。目的の廃墟に向かって歩く、その途中の一軒の店のガラスに映るオレの姿。
「……やっぱり、似合ってないよな」
そこに写っているのは、黒縁メガネをかけた自分。もちろん目は悪くない。伊達メガネだ。
今の自分の姿を改めて見てみる。背丈が平均より少し高いくらいで、体格も細め。顔立ちだって平凡そのもの。これといって特徴のない自分が、地味な格好をしていると本当に目立たないんだってことがよく分かった。
この格好なら、誰もオレのことを『アデル=バーライト』だと気づかないだろう。いや、そもそもオレの存在すら知らないかもしれない。
そう考えるとなんだか可笑しくなってしまって、思わず苦笑いしてしまう。まあ、別にいいんだけど。今更誰かに注目されたいなんて思わない。これは仕事の為なんだ。身体の弱い妹を養うため、唯一のオレの家族のためだ。そんな事を考えていると通信魔法具が震える。画面を見るとそこには『アリスティア=セブンシーズ』の文字があった。
「もしも……」
《アデル=バーライト。今どこにいるのですか?》
「いきなりそれかよ。オレは目的の廃墟を目の前に、どこかのお嬢様を待っているんだが?」
《そうですか。悪いのですけど、知らない場所に来てしまいました。仕方ないのでアデル=バーライト、先に仕事しておいてくれませんか?》
この電話の主は『アリスティア=セブンシーズ』。いわゆるオレの仕事仲間だ。一応、セブンシーズ家のお嬢様なのは確かだ。
セブンシーズ家と言えば、王都でも有名な大貴族の一つ。貴族の階級は上から2番目にあたる公爵家で、その中でもかなりの地位にいる。そして、彼女は次期当主でもあるらしい。つまり、ゆくゆくはこの国のトップに立つ存在になる訳だ。
ただ、性格はかなり変わっている。いつも無表情だし、何を考えてるか分からない。まるで機械かと思うくらいに。
だけど、そんな彼女でもオレにとっては大切なパートナーだ。だから、出来るだけ彼女の力になってやりたいと思っている。
というか、『一緒に行くか』と聞いた時に『庶民と共に行動するのは私に相応しくないですよね?』とか言った結果がこれかよ……。
「はぁ!?お前何言っているんだよ!こっちだってそれなりに時間食っているんだぞ!それにオレは……」
《そう言われても困りますが?まあ、いいです。とりあえずさっさと終わらせて帰りましょう。間に合わせるから待っててください。》
それだけ言うと通話が切れる。マジであいつ勝手すぎるだろう……。まあいい。とにかく仕事をするか……。
「おい、そこの奴」
背後から聞こえた声に反応し振り向くと、そこには一人の男がいた。見た目は20代前半くらいだろうか?少しだけ長い髪。身長は170後半くらいはある。服装は全身黒ずくめだった。ただ、妙な違和感がある。それは男の瞳の色。赤みがかかった紫。珍しい色だが、それよりもおかしいのは彼の目つきだ。鋭くこちらを見つめている。
「お前……オレが見えるのか?」
「ああ……残念ながらな?『悪魔憑き』か。」
「なら話は早い!お前の魂を喰わせろ!」
そう言い放つと同時に男は襲いかかってくる。どうやら、向こうさんもやる気満々みたいだ。面倒臭いけど、相手してやるしかないか。
「ふんっ!!」
男が殴りかかってくるが、それをかわす。その動きを見ただけで、相手の実力がある程度分かる。正直、今のオレにはこいつと戦うには問題がある。手っ取り早く悪魔本体を引きずり出すか……
「少し痛いが我慢してくれな!」
オレの蹴りが腹部に当たる。すると男は吹っ飛び建物の壁に激突し気絶した。そして、そのまま黒い霧のようなものが吹き出し、中からは人型の悪魔が現れる。その姿はまさに『怪物』そのもの。顔の半分以上が口で出来ており、鋭い牙が生えていた。胴体部分は鎧のような皮膚に覆われていて、手足は長く、指先までしっかりしている。
『キサマァ!!ナゼワタシガミエルノダ!!』
「知るか。お前みたいな下級悪魔なんか、オレの敵じゃない。おとなしく消え失せろ」
『ユルサンゾォ!!!!』
怒り狂ったように、口から火球を放ってきた。しかも、かなりの数だ。その火球はオレに命中するが、それと同時にオレの魔法が発動する。オレの絶対防御魔法『絶対領域(インビジブル)』。あらゆる攻撃を防ぐことが出来る能力だ。
『チィッ!』
「終わりだよ。じゃあな……」
炎を防ぎつつ一気に距離を詰める。そして、懐に入った瞬間に持っていた『聖水』を悪魔の身体にかけた。
「ギャアアアアッ!!!!」
『聖水』を浴びた悪魔は苦しみ出した。それと同時に、身体がどんどん溶けていっているのがよく分かった。このままいけば消滅するはずだが、念のためもう一発かけておくか。
「これでトドメだ……」
『や、ヤメロオオオッ!!!』
最後の抵抗か、拳を振り下ろしてきたが、そんな遅い攻撃当たるはずがない。オレは軽くバックステップをして回避する。そして、『聖水』をもう1つ用意し、今度は頭からぶっかけると、今度こそ完全に消滅した。
「ふうっ……このくらいの相手なら問題ないか。……ったくオレは守り専門だぞ?アイツが攻撃専門だろ?本当に何してるんだよ?」
そんなことを呟きながらオレは再び歩き出した。
オレが廃墟の入り口にたどり着くと複数の男たちが倒れていた。しかも全員意識を失っているようだ。そしてそこには可憐な少女の姿が。
その外見は金髪を腰まで伸ばしており、肌は雪のように白い。瞳の色は碧眼。服装は白を基調としたドレスのような服の上に真っ黒なコートを羽織っており、両手には黒い手袋をつけている。まるで人形みたいな容姿をした美少女。これがオレの仕事仲間の『アリスティア=セブンシーズ』だ。
「あの遅いですが……アデル=バーライト?私への嫌がらせか何かですか?」
「お前には言われたくないぞ。というか何でお前のほうが早いんだよ?」
「私は別に迷子になったわけではないです。ただ適当に時間を潰していたら、見知らぬ場所にいただけです。」
「それを世間では迷子と言わないのか?」
相変わらずの無表情。だけど心なしかどや顔しているように見える。
「中に入る前に言っておきます。あなたは守り専門です。前に出ないでください」
「いちいち言わなくてもわかってるよ」
「あと……アデル=バーライト。変装か何か知りませんが、その伊達メガネ、ダサいですよ?」
「うるせぇ!余計なお世話だよ!」
「それはそうと早く行きますよ。こんなところでぐずぐずしていても時間の無駄です。さっさと終わらせてしまいましょう」
「へいへい。分かったよ。それなら急ごうぜ。ここに『ドール』がいるかもしれないからな」
「えぇ。そうですね。急ぎましょう」
コードネーム『ドール』。それが今回の標的だ。この廃墟に住み着いているらしい。この辺り一帯に『悪魔憑き』を産み出している魔女。そいつを倒すためにオレたちは来たわけだが……。
オレたちは急いで中へと入る。入った瞬間に感じる異様な空気感。ここはもう既に廃墟になっているはずなのに、なぜか生活臭のようなものを感じる。
それからしばらく廃墟内を探索するが、人の気配はない。ここはハズレかと思った時、アリスが口を開いた。
「おかしいですね。それにしてもここは静かすぎます……」
「確かにな……なんか不気味だな。」
そう思った瞬間、突然後ろから誰かに抱き着かれた。
「うおっ!?誰だ!?」
「アデル=バーライト!あなたの後ろに敵がいます!逃げてください!」
アリスの声を聞きすぐに振り返る。するとそこには一人の少女がいた。見た目は10代前半くらい。長い金髪に整った綺麗な顔をしており、服装はフリルの付いたドレスのようなものを着ている。
「あれれ~?どうしたのかな?お兄ちゃん?お姉ちゃん?私と遊ぼうよ」
可愛らしい声でそう言うと、少女は手に持っていたナイフを振りかざしてきた。
「危ねっ!?」
ギリギリで避けるとオレはそのまま距離を取る。
「おいおい。いきなり襲ってくるとか物騒すぎるだろうが!」
「お兄ちゃん。避けないでよ。私、お兄ちゃんの事大好きだから傷つけたくないよ。せめて一思いに殺してあげたいし」
「いやいやいや、ちょっと待て!!殺す気満々じゃねぇか!!」
「ふーん。お兄ちゃん、意外に元気だね。もっと弱っていると思っていたけど……仕方がないなぁ……」
そういうと再びこちらに向かってきた。そしてそのまま斬りかかってくる。しかしその瞬間オレとその少女の間に人影が現れる。その人物は手に持った刀を振るう。すると、少女の体は二つに分かれ、床に倒れた。
「大丈夫ですか?アデル=バーライト」
「お前……少しくらい躊躇しろよ?いつか人を殺すぞ?」
「死ぬよりはマシじゃないですか。それに人間か人間じゃないかくらいわかります。私を甘く見ないでください。ほらやっぱり人形です」
「ああ。確かにそうだな。」
目の前にいる少女を見つめながらそう呟く。少女からは血が流れていないし、そもそも呼吸をしているように見えない。恐らくこの子はただの人形だったんだろう。その考えは的中する。なぜなら、先ほど斬られたはずの胴体がゆっくりと起き上がり、元に戻ったからだ。そしてゆっくり喋りだす。おそらく能力の類いだろう。
「あら?バレちゃった?せっかく楽しい殺し合いが出来ると思ったのに……仕方がないわね。『レイブン』の若き魔法士さん?」
「あなたはやはり『ドール』ですね?あなたたちは一体何が目的なんですか?」
『ドール』と呼ばれる人物はその少女の人形を操り、再びオレ達の元に近づくように動かす。
「ふふっ。だって私にとってあなたたちは邪魔な存在だもの。それに……私たちの目的のためにも死んでもらう必要があるの」
「それは……どういうことでしょうか?」
「ふふっ。それは秘密よ。教えてあげる義理はないもの。でも……私のお願いを聞いてくれたら答えてあげなくもないけど?」
「魔女のお願いなんか聞くつもりはねぇよ。お前はどこにいる?姿を見せろ!」
「あら交渉決裂ね?でも教えても無駄よね?」
『ドール』がそういい放つと、この廃墟が揺れだす。そして次の瞬間、天井が崩れ落ちてくる。
「だってここで死ぬのだし。もし生きてたらまた会いましょうね『レイブン』の若き魔法士さん?」
そう言い残すと、その人形は倒れる。能力が切れたんだろう。
「ちっ……おい!こっちにこい!」
「嫌です。真っ二つにされたいんですか?セクハラで訴えますよ?」
「そんなこと言ってる場合じゃねぇだろ!いいから早くしろよ!」
オレはアリスを無理矢理、抱き寄せると絶対領域を発動する。そしてそのまま崩壊する瓦礫を避けながら外へと向かう。幸いなことに崩れたのは廃墟の一部だけらしく、無事に廃墟から出ることが出来た。
「全く。無茶苦茶しやがるぜ……」
「別にあなたに助けてもらわなくても何とかなったんですけどね?」
「うるせぇな。黙って感謝しておけよ」
「それは押し付けがましいですよ?アデル=バーライト?まぁありがとうございます」
相変わらず冷たい返事をするアリスだが、どうやら怪我はないようだ。
「結局……逃がしてしまいましたね。それに私の魔法を使わずじまい。あの女が言っていた事は気になりますが……これから長い付き合いになりそうですね?アデル=バーライト」
「そうならないことを祈りたいがな……」
こうしてオレたちの任務は終わった。だけど、この事件はまだ終わっていない。オレとアリスの特殊悪魔討伐対策組織『レイブン』と魔女との本当の戦いはここから始まるのだから……。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!