35. お互いを知る
『ディアーナ』での一件から3日がたった。エミリーも無事退院をして傷痕や後遺症もなく元気だ。良かった。女の子の身体だしな、傷なんて残って欲しくない。
そして今は『レイブン』本部に来ている。この前の報告をするためだ。
「なるほど……分かった。御苦労様。」
オレとアリスの報告を聞くとグレン団長はどこか浮かない顔をしている。一体どうしたんだろうか?
「どうかされたんですか?」
「いや……実はな。吸血鬼ヴラドの死体は発見されなかったんだ」
「え!?でも確かに……」
そう、確かに奴はアリスが討伐したはずだ。なのに死体が無いとはどういう事なんだ?
「一応捜索は続けているんだが、痕跡すら見つからない。」
「そんな……」
もし仮に生きているとしたらかなり厄介な事になるだろう。またいつ襲ってくるかも分からないし、そもそも何処にいるのかさえ検討もつかない。
「アデル君。その線はありません」
「……ネージュさん。またオレの心を読みました?」
「死体はない。そして魔力の痕跡もない。まるで強力な力で消滅させられたかのように」
確かにおかしい。跡形も無く消えているというのはいくらなんでも不自然すぎる。もしかしたら……これが『ドール』の力なのか、もしくは別の誰か……
「そうだと思いますよアデル君」
「……あの。心を読まないでください。」
「ごめんなさいね。癖みたいなもですから」
どんな癖だよ……。というか本当に何者なんだろうこの人。ただ者じゃないことは確かなんだけど。そんなことを考えているとアリスが話し始める。
「あのグレン団長。ご相談があるのですが?」
「なんだ?」
「今回の件を受けて、私とアデル=バーライトは強くならなければいけないと感じました。なので少し休暇をいただけますか?私たちが強くなるための時間を下さい」
真っ直ぐにグレン団長を見つめて話すアリスを見てオレは思った。こりゃあ相当本気だな。ならばオレもその気持ちに応えよう。
「わかった。お前たちの休暇を認める。だが1週間だけだぞ?それ以上はダメだからな」
「「ありがとうございます!」」
2人は同時に礼を言う。こうしてオレたちはしばらく休暇をとることになった。
『レイブン』本部を出てそのまま帰ることにする。その道中アリスと話すことにする。
「なぁアリス。山籠りってあてとかあるのか?」
「王都から3時間ほど南に行った場所にセブンシーズ家所有の山があります。そこなら修行には持ってこいの場所です。」
「別荘ってことね」
「違います。あくまでも所有物ですよ」
……どう違うんだよ。公爵令嬢の感覚の話だよね?多分普通の人に言っても伝わらないと思うけどさ。まぁいいや。とにかく今は強くなるために頑張ろう。
そして家に戻り、早速エミリーに話すことにする。しばらく家を開けることになるしな……心配でたまらない。
「うん。コレットさんから聞いたよ?なんか、私のことが心配だから一緒にいてくれるって言ってたよ?」
「は?」
「お兄ちゃんが頼んでくれたんじゃないの?それで私、嬉しくて泣きそうになったんだけど……?違うの?」
あれ?おかしいな。普通勝手なことをしてるコレットを怒るところだが、気をつかってくれてることに感動しかない。あいつなんて優しいやつなんだ!でもそんな優しさで泣きそうになるエミリーもめちゃくちゃ可愛いな。もう抱き締めたい。変な意味じゃなくてな。
「それよりお兄ちゃんは大丈夫なの?アリスティアさんに失礼のないようにね!」
「分かってるよ。というかエミリーはアリスのことになると途端にうるさくなるよな……」
「当たり前じゃん!だってあんな綺麗な人だし公爵令嬢様だよ!?それに未来の義姉になるかもしれないじゃん……」
「義姉!?」
「ちっ、違くて!!そ、そういうわけじゃないけど……ほら、貴族社会だと政略結婚っていうのあるし、だからもしそうなったらって思って……って、なに言わすのお兄ちゃんのバカ!!」
妹に思いっきり殴られてしまった。でも痛くない。可愛い。オレとの政略結婚など絶対にないってのだけは分かる。
「そもそもアリスのことをそんな風に考えたことないけど……?」
何故かちょっと疑っているようだけど、たぶん嫉妬だな。全く可愛い奴め。
「とりあえずオレがいない間、あまり無理しないようにな。」
「わかってるってば」
そして次の日になり、オレはアリスの迎えの馬車に乗り込む。ここから3時間はかかるらしい。道中に休憩を挟みながら行くようだ。
そしてしばらくすると、オレとアリスを乗せた馬車は目的地であるセブンシーズ家の所有する山へと到着した。山の中へ入っていくとそこには開けた場所があり、そこに一軒の家があった。
「ではお嬢様。また1週間後迎えに参ります」
「ええ。よろしく」
「ん?ここには誰かお付きの人とかいないのか?」
「いません。私とあなただけです。何か不満でも?」
なんでケンカ腰なのかわからないが、どうやらセブンシーズ家の所有地であり、使用人も誰も来ないようだった。
「アデル=バーライト。ここであなたと1週間共に過ごすことになります。私に気に入らないことがあれば、どうぞ言ってくれて結構です」
「分かったが……これはただの同棲生活では?」
「同棲……ある意味そうかもしれません。私とあなたはお互いのことを知らなさすぎます。相棒として強くなるにはお互いを知ることも必要ですから」
「確かにそうだけど……お前はこんな山奥で大丈夫なのか?」
「そういうところですアデル=バーライト。あなたは私を相棒の前に公爵令嬢として見ている。そういうのはもういりません。だからこそこういう機会を作ったのです」
アリスは真っ直ぐとこちらを見つめてくる。その目は真剣そのもので、とても冗談を言っているようには見えない。
「わかった。ならこれから一週間よろしく頼む」
「はい。よろしくお願いします」
こうしてオレとアリスの特訓が始まるのだった。
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