日替わり生徒

不思議な存在と共に、不思議な友達を助けるお話
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第五話 白崎 瑞樹の日

公開日時: 2020年9月28日(月) 07:00
文字数:5,989

「お、お邪魔しま〜す…」

 

「もう、そんな緊張しなくていいのよ。今うち両親いないんだから」

 

「や、でも僕 人の家行くの初めてでさ…」

 

「そうなのか。ま、春海のいう通り緊張するこたあねえよ。こういうのは王様みたく踏ん反り返ってりゃいいんだ」


「…程度ってものを考えなさいよ全く」

 

 

春海、翔也、そして瑞樹が靴を脱いで玄関に上がる。

どこの玄関かと言えば、春海の家。クラスメイトの女子の家ということで、瑞樹の緊張は二人のフォローをもってしても解かれることはなかった。そんな様子を見て、春海は内心悩んでいた。なにせ、これからの目的のためには、瑞樹に緊張してもらっては少々困る。

 

 

緊張をほぐすために色々会話したりゲームを遊んだりしてくつろがせるのもいいが、その手は少々難しい。なぜなら、今日は時間制限つきである。瑞樹の家の門限と、春海の両親帰宅という二重の制限時間が。

 

この放課後の時間は、事前に瑞樹が門限延長を両親にお願いして作りだしたものであるし、春海の両親が、異性の友達を娘が家に連れてきたことを知られたら大騒ぎになってしまうだろう。

 

この二重苦に加え、瑞樹の緊張という三重苦の難関だが、せっかくここまで整えた場。翔也は元より、春海も引くつもりはなかった。

 

 

「ごめんね、瑞樹。私のためにわざわざ来てくれて」

 

「ううん。春海の目標なんでしょ? だったら、僕の方から是非協力したいくらいだよ」

 

「…ありがとね」

 

 

瑞樹が春海の嘘に騙されているという事実を目の当たりにし、春海と翔也の二人は心にモヤモヤしたものを抱える。だが、まさか本当のことを言うわけにもいかないのだから、仕方のないことである。二人はそう自分を納得させる。

 

今回瑞樹を春海の家に連れ出すための口上はこうだ。「心理学を生かせる仕事に就くのが目標である春海が、心の悩みを解消するセラピー療法の技術を試したい」

 

セラピー療法、というと間違いではない。ただ「催眠術をかけたい」というよりかよっぽどマイルドで曖昧な表現になった。お人好しと言っても過言ではない瑞樹なら、催眠術の口上でも受け入れてくれた可能性もあるが、念には念をだ。

 

 

「…本当に早速だけど、お願いして…いい?」

 

「うん、大丈夫。僕はいつでもいいよ」

 

「…じゃあ、案内するわ。こっちよ」

 

 

 

春海が今回の施術場所に選んだのは、自分の私室であった。

自分の部屋を異性のクラスメイト二人に見せるのは恥ずかしかったが、ここが最適なのだ。

リビングではアロマの匂いが広がって効果が薄くなってしまうし、両親の部屋をアロマの匂いまみれにするわけにはいかない。

 

 

「わ…いい匂いだね、これ」

 

 

ドアを開けた瑞樹が開口一番に漏らした感想がこれであった。

おずおずと言った感じで、春海が問いかける。

 

「大丈夫? 匂いきつすぎるとか…」

 

「ううん平気。むしろ、このくらいがちょうどいいよ」

 

「そう…よかった」

 

 

心底安堵した春海は、内心で胸を撫で下ろした。

アロマの匂いは種類によって結構好き嫌いが別れるので、瑞樹が嫌いな匂いだったことを想定してアロマを複数種類購入しておいたのだが、不要だったようだ。緊張をほぐすのに一役買う、柔らかいソファーが使えないのがちょっと痛いが、最初のうちは椅子に座ってもらうことにする。

 

 

と、ここで春海がまず翔也に向き直った。

 

 

「じゃ、ここで翔也は一旦お別れね」

 

「え、おいなんでだこら」

 

「悪いけど、こういう個人的なリラクゼーションの場合は、他人がいるとやりにくいのよ。それに翔也騒がしいし」

 

「最後は余計だろ! …まあ邪魔だっていうならしょうがねえ。リビングで時間潰してるぜ。テレビつけていいか?」

 

「いいわよ。ただ、音は控えめにしてちょうだい。こっちの部屋まで響かないようにね」

 

「ああ、了解」

 

 

瑞樹は、翔也があっさり春海の言うことを聞き入れたのに少し意外だった。

翔也はいつも—春海にも原因がない訳ではないが—よく春海に突っかかるので、また口喧嘩に発展しないかとハラハラしていたのだ。

 

 

その翔也が、部屋の扉を閉める直前、春海に小さく言葉を投げかけた。

 

 

「…必ず、成功させろよ」

 

「ええ、わかってる」

 

「…?」

 

 

その言い方に何か違和感を覚えた瑞樹だったが、ドアが閉まり春海が改めて椅子に座る自分に向き直ったことで、とりあえずその違和感を胸の内にしまい込む。

 

 

「じゃ、始めましょうか」

 

「…うん」

 

 

春海が、部屋の電気を非常灯レベルの小ささにする。

ついでにアロマオイルの中身を確認して、少しの補充を行う。

 

 

「瑞樹。緊張してるかもしれないけど、ここではとにかくリラックスして欲しいの。自分の部屋で、一人っきりの時みたいにね」

 

「うん」

 

「頭の中はできるだけ空っぽにしてね。何も考えないように。やって欲しいことは、全部私が言う。それに従うだけでいいから。自分では何も考えちゃダメ。私に全部預けるつもりで…お願い」

 

「…わかった」

 

「いい子……じゃ、目を、閉じて」

 

「……ん」

 

 

瑞樹の目が閉じられ、瑞樹の世界が闇に包まれる。

その闇に漂うのは、落ち着いた深いアロマの香りと、声質と口調の変えた春海の声だけ。

 

 

 

 

 

 

 

「今から、あなたは、心の奥底……ふかーい所…そこに、落ちていきます。

ゆっくり……ゆっくりと……一歩ずつ、降りていきましょう。…心の底へ行く、階段を」


 


 

 

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結局、翔也はテレビを見ることはなかった。

春海から閉め出されてからしばらくは、非常にソワソワしたまま、あっちこっちをウロウロしていた。

催眠術がうまくいっているのかどうか分からないのでどうも気になってしまうのだ。ただ、歩いているうちに少しずつ落ち着きを取り戻してきた。今は、心配したところでしょうがない。自分ができるのは、待つことだけだ。

 

 

ソファーに座った翔也は、机の上においてあったせんべいを齧りながら、ぼんやりと考えていた。

瑞樹のことを、だ。

 

 

自分が瑞樹のことがどうしても気になってしまうのは、瑞樹との出会いがきっかけだった。

翔也が知り合ったきっかけはバスケ。部活の練習中、帰宅部のはずなのにやけにこちらを見てくるクラスメイトがいたからだ。

 

無論、練習中なので声をかけることはできなかったが、『明後日』の休み時間に、初めて翔也は自分からそのクラスメイトに話しかけた。

 

 

「…お前、昨日うちの部の方見てたけど、何か用でもあったのか?」

 

「あ、ご、ごめんなさい…! 僕、バスケ好きだから、つい…」

 

「いや、謝るこたあねえけどよ…お前、バスケ好きなのか?」

 

「…うん」

 

「バスケ部に入らないのか?」

 

 

何気なく口をついて出た疑問。それに対し、瑞樹はサラリと答えたものだ。

 

 

「僕、一日置きでしか学校に来られないから、みんなに迷惑かけちゃう。だから…見てるだけで、いいんだ」

 

 

 

一瞬、言ってる意味が分からなかった。

一日置きでしか学校に来られないという、その事情はよく知っていた。学期が始まる前、担任からクラス全体に向けて、『白崎 瑞樹』と『白崎 美月』について、強く言い聞かせられていたからだ。理解と協力をするようにと。

 

 

瑞樹は、それがバスケを諦める理由と言った。

自分のように、時々でしかバスケのできない人間は、いても迷惑になると。

 

 

そんなことはねえよ、と翔也は口を開きかけたが、言葉として出すことはできなかった。

 

 

確かに、部活というものは気楽にスポーツを楽しめるものではない。

本気で勝ちにいくためのトレーニングを顧問から受け、それに必死でついていく、いわば訓練なのだ。

一日置きでしか出られないということは、半分の練習にしか参加できないということ。つまり、試合に出る選手として期待はできない。

翔也のように万年補欠すら先生に叱咤されるような日々。まして瑞樹が部活に入ってもいい顔はされないのではないだろうか。瑞樹が「迷惑」という言葉を使ったのも、あながち間違いではないのかもしれない、と翔也は考えた。

 

バスケがやりたいのに、それを諦めたクラスメイト。翔也は瑞樹を気にかけて、色々会話を交わすうちに、「友達」という関係にまで二人は繋がった。

 

 

その代わり、白崎美月というクラスメイトの方には、いい感情を抱かなくなった。

 

 

瑞樹がバスケを諦めた原因が、白崎美月であるという訳ではないことは百も承知である。それでも、無理のある言い方をすれば遠因とも言えなくもない。なので、はっきりと憎んでいる訳ではないが、ただ何となく気に入らない、そう思うようになっていた。

 

翔也は、気に入らないからといって嫌がらせや悪口をいうような小賢しい性格でもないので、特に関係に進展がある訳でもなく、翔也にとっての美月はただの「会話したことないクラスメイト」の位置づけになっていたにすぎなかった。

 

しかしそんな美月のために、瑞樹がしていることを聞いた時、翔也の心の中にはモヤモヤした黒い影が生まれたものだ。その影は、今日という日を持って晴れるのだろうか。

 

 

 

「テレビをつけていいとは言ったけど、せんべいを食べていいと言った覚えはないわよ」

 

「うおあっ! びっくりしたっ!」

 

「大きい声出さないでちょうだい。せっかくうまくいったんだから」

 

 

物思いにふけっていた翔也は、突如背後からかけられた春海の声に驚きを隠せず、手のせんべいを取り落としてしまった。しかし即座に気を取り直し、春海の言葉に食いついた。

 

 

「うまくいったって…かかったのか!? 催眠術!」

 

「…確実に成功した、とは断言できないけどね。…翔也、一緒に来ていいわよ。ただし、さっきみたいな大声は厳禁、ね」

 

「わかってるっつーの…ていうか、さっきのはお前が驚かしたからだろーが、全く」

 

「はいはいごめんね。あんたがそんなボケーっとしてるは思わなくてね」

 


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軽口を叩き合いながらも、二人の表情はまだ緊張のさなかにあった。

薄暗い部屋の中、ドアをあけると未だ漂うアロマの匂い。

足元に気をつけながら、翔也が目を凝らして部屋を見渡すと、瑞樹の姿があった。

 

最初見たときは椅子に座っていた瑞樹も、今はベッドで横になっている。閉じられた目と、規則正しい呼吸。側から見れば眠っているようにしか見えなかった。

 

 

「なあ、これで本当にかかっているのか?」

 

「それが難しいのよ。その気になれば催眠術にかかってる『フリ』もできるし…まあ瑞樹に限ってそれはないとしても…またはかかっていてもちゃんとしてなかったり…うまくいってるかどうか、素人目で判断するのはちょっとね…」

 

「じゃあ、どうすんだよ?」

 

 

小声での会話ののち、少し考えた素振りをした春海は瑞樹の耳元へ近寄った。

 

 

「…聞こえますか。瑞樹くん。……聞こえるなら、あなたは今心の奥底から、返事をすることができますよ…はい、と答えてみましょう…」

 

「……………はい」

 

 

翔也は目を見開いた。寝ている風にしか見えなかった瑞樹が、春海の言葉を聞いて返事を返した。目は閉じられたままだし、はっきりした声とは言い難かったが、寝てる訳ではないことは明らかであった。

春海の口調と声質が変えられた語り口は続く。

 

 

「…あなたは今、心の中。とても深いところにいます。深いところ…そこには、あなたの全てが詰まっている。あなたの真実が、全て。…これから私が、あなたに質問をします。あなたは、そのふかーいところから、その質問に答えます。…あなたのその答えは、全て真実。どのような質問でも、心の奥底にいるあなたは、本当のことを、答えてしまいます。…わかりましたね。さあ、また口が動いて…あなたは心から理解した証に答えましょう。はい、と」

 

 

「……はい」

 

 

なんだか詐欺師っぽい口調だなと翔也は思ったが、静かにしていることを厳命されている身である為、茶々を入れる真似はしなかった。

 

一呼吸置いた春海は、今度は質問の形へとシフトする。

 

 

「…あなたの、名前は?」

 

「白崎……瑞樹」

 

 

最初に聞いた質問は、あまりにも分かりきっていることだったので、翔也は内心首を傾げた。これは、答えにくい質問にも答えてもらうようにするためのテクニックの一つ。たわいもない質問からちょっとずつ核心に迫っていくことで、答えにくい質問への抵抗を無くすのだ。

 

 

「性別は?」

 

「…男」

 

「年齢は?」

 

「…16歳」

 

「出身は何県?」

 

「…埼玉県」

 

「自分の家に、自分の部屋はある?」

 

「ある…」

 

「自分の部屋に、本はある?」

 

「…ある」

 

 

なんだか、質問の傾向が急に変わったなと翔也が感想を抱いていると、春海の口からとんでもない質問が飛び出してきた。

 

 

「あなたの、エッチな本の隠し場所は?」

 

「っっっ!!??」

 

「…本棚の…..裏」

 

 

あまりにも信じられない言葉に翔也は危うくこけかけるも、口から声が出ることはとりあえず防いだ。

 

一旦瑞樹から離れて、小さく頷いた春海に翔也は慌てて詰め寄った。

 

 

「おいおいおい、なんだ今の質問は?」

 

「ちゃんと催眠術かかっているかのチェックよ。ほら、あんたら男子連中が何やらそんな話してたじゃないのよ」

 

「ああ…してたようなしてなかったような…それがどうかしたのかよ?」

 

「まさにそれよ。私はまたなんか馬鹿やってるわとしか思わなかったけど、瑞樹は他の男子に急かされても、頑なに答えようとしなかったわよね」

 

「……そりゃあな」

 

「私の知る限り、素直な瑞樹が絶対に答えようとしなかった唯一の質問よ。でも、さっきはあんなにスムーズに答えた…催眠にかかったフリでもなければ、かかりが甘い訳でもない。…催眠術は成功したと、考えていいと思うわ」

 

「な、なるほど…な」

 

 

要するに、普段の瑞樹なら絶対に答えないような質問を答えたならば、催眠術にかかっている。そういう判断をする為のものだったらしい。確かに理にかなってはいるが、その代償としてクラスメイトに自分のエロ本の場所をバラされてしまった瑞樹に、翔也は内心で同情の意を示した。そして、この秘密は墓場まで持っていくことを密かに決意した。

 

 

「さて…瑞樹が催眠状態であることも確認できたことだし」

 

「ここからが、本番よ」

 

 

再び、春海が喉の調子を整えるようにあーあーと声を出す。その様子を見た翔也の体も再び緊張する。春海が、瑞樹の耳元によって質問を再開する。

 

 

「…好きな色は?」

 

「……赤」

 

「好きな食べ物は?」

 

「…唐揚げ」

 

「好きな動物は?」

 

「……チーター」

 

 

以外にもワイルドな一面持ってるんだなと、翔也は初めて瑞樹の好みを知った。そして、ここまでは誘導のための前座。真の本番の言葉が、春海から囁かれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたの、好きな人は?」

 

「……!」

 

 

 

とうとうきた。翔也の体がさらに強張る緊張の一瞬。

対して瑞樹は…今までの答えに比べ…少しだけ間を置いた後に、答えた。

 

 

 

 

 

「……………美月」

 

「「!」」

 

 

 

 

 

その言葉に、春海と翔也の二人の体がピクリと反応した。

だが、お互いに驚愕の言葉を出すことはなく、一瞬顔を見合わせるのみ。

 

そして、春海は一呼吸置いたのち、質問を続ける。

 

 

「美月とは……誰ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美月は……生まれた時から…ずっと……僕の体にいる…もう一つの、人格、です」

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