日替わり生徒

不思議な存在と共に、不思議な友達を助けるお話
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第三話 白崎 瑞樹の日

公開日時: 2020年9月14日(月) 07:00
文字数:3,998

次の日

 

 

「おはよう、瑞樹」

 

「おはよう…ってあれ? 春海、ちょっと疲れてない?」

 

「…よく分かったわね。ま、ちょっと夜更かししただけよ。大丈夫大丈夫」


手をひらひらさせて、隣の席の瑞樹に軽い笑みを返す春海。疲れている理由は、昨日の調査を家においても夜更かしして続けていたからだ。もちろん、それを瑞樹に話す訳にはいかない。しかし瑞樹はまだ少し心配そうであった。


「春海が無理するなんて珍しいよね。ひょっとして何かあったの?」

 

「無理でもないし、何にもないわよ。それよりほら、昨日のプリント。確か今日も小テストあるわよー、数学のやつ」

 

「うわ、本当? や、朝勉強したから多分大丈夫だと思うけどなー」

 

 

少々無理に話題を変えた春海から受け取ったプリントを眺める瑞樹。その間を見計らい、春海はこっそり席を立つ。入り口からぞろぞろと入場する運動部。春海はその中に見える翔也の姿へ近づく。どうやら今日は鼻血ブーの憂き目には合わなかったようだ。

 

瑞樹が翔也に気付く前に、二人は軽く秘密の相談をする。

 

 

「今日の昼休みもやる気?」

 

「ああ、昨日みたいに美月が来ることもない今日がチャンスだ。今度こそ手がかりを...」

 

「でも、瑞樹が楽しみにしてる屋上昼ご飯はどうすんの? 二人揃って欠席とか瑞樹がどんな顔をするか」

 

「うぐっ…仕方ない。放課後にまた」

 

「え? あんた午後練休めるの?」

 

「…なんとかする!」

 

 

小声のまま勢いよく言い切った翔也は、会話をも打ち切って瑞樹の元へ向かう。一見いつもと変わらない元気さで瑞樹と挨拶を交わす翔也を眺め、春海は内心大丈夫かなと心配した。一昨日は翔也の成績がどうなろうともとか言っていた身ではあるが、なんだかんだ言って、友達が何かやらかして痛い目にあったりするのは、あまりいい気がしないものである。



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色々とうっかり喋ってしまいやすい翔也だが、意外にも春海が見る限りでは、翔也はいつも通りの会話を瑞樹と繰り広げ、昨日のことをおくびにも出さなかった。強いて言うなら、瑞樹と話す翔也はいつもより2割増しで元気なように見えた。それは瑞樹も感じていたらしく、春海は瑞樹から「翔也、何かいいことあったのかな?」とこっそり尋ねられた。春海はさあ、と曖昧な返事をした。

あれはきっと、瑞樹への心配事を隠すための空回りな元気なんだろうな、と春海は推測する。翔也らしいと言えば翔也らしい。

 

 

ただ、翔也が元気なことで瑞樹が怪しむ訳もなく、楽しい屋上での昼ご飯などの時間を経て、無事に放課後を迎えた。


 


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「ん、瑞樹は帰らないの?」

 

「僕ちょっと今日の授業がね…明後日まで覚えられるか不安だからちょっと居残りしてから帰るよ」

 

「瑞樹真面目だねー。付き合ってあげたいところだけど、ごめん。私も用事あるから」

 

「ううん、大丈夫。じゃ、また明後日ねー」

 

「うん、じゃあねー」

 

 

いつも通りの笑顔で手を振る瑞樹だが、春海の笑顔は名残惜しさを隠しきれない笑顔であった。

向かう足取りは図書室。やるべきことは無論、「瑞樹の美月への恋心の秘密調査」のためである。今日なら美月はいないし、瑞樹も本を借りたりするような人間ではないから、図書室に来ることはないだろう。

なんとかする、と言っていた翔也はどうだろうと内心首を傾げた。少なくとも授業が終わった時点ではあたかも部活に行く体で教室を飛び出して行ったが。ぶっちゃけいなくてもあまり問題ないかなとか酷なことを考えていた春海だが、当の図書室に行くと翔也はちゃんと待っていた。

 

 

「お、来たか春海」

 

「…で、午後練はどうしたの?」

 

「仮病!」

 

 

いい笑顔で宣言する翔也。一瞬、今すぐバスケ部顧問の前に翔也を突き出してしまいたい欲望に駆られた春海だが、すぐに頭を振って魔の考えを追い出した。当の翔也は練習を休むことに快感を覚えていたのか上機嫌だ。サボり癖という言葉が春海の頭に浮かぶ。翔也の将来のレギュラーは絶望的かなと、春海は脳内で結論づけてしまった。

 

ただし、翔也が上機嫌なのは何もサボることに快楽を得たことだけが理由ではなかった。

 

 

「なあ、俺見つけたぜ! 瑞樹の本音を知る方法!」

 

「へえ」

 

 

翔也の暗黒未来を想像していた春海は、ノリノリな翔也に淡白な返事を返していた。元々あまり期待できないと思っていたせいもあったが、翔也が提示したその本のタイトルを見た時、春海の目が細まった。

 

 

「催眠術…ねえ…」

 

「あっ! お前また信用してねえな! いいか、催眠術ってのは心理療法として正式に認められてだな…」

 

「知ってる、知ってるから。……そっかあ…そっちは盲点だったなあ…」

 

 

催眠術。

確かにそう聞くと、インチキじみた怪しいイメージがつきまとうが、翔也のいう通り心理的な問題を解決する手段として、少なくともアメリカでは積極的に行われている手段の一つである。

そもそも催眠術の原理そのものは難しいことではなく、現象といえばうたた寝に近い。半分眠っているが、意識はある。そのようなぼーっとした状態では脳の判断能力が大幅に低下する。その状態の脳に何度も物事を言い聞かせることで、脳を騙して「思い込ませる」のだ。

 

そんな簡単に騙せるものなのか、と一見疑問に思うところではあるが、脳はそれほど賢い存在ではない。騙し絵などをみれば、脳はいとも簡単に錯覚を起こしてしまうものである。うたた寝状態へ脳を誘導し、そこへ暗示を刷り込ませることで相手の脳を思い込ませて、騙す。その技術こそが「催眠術」である。

 

 

「…でもねえ、そう簡単にはいかないわよ。これはれっきとした専門技術が必要なやつじゃない。私たちみたいな素人がやったって、うまく行くかどうか」

 

「そうか……これもダメか…」

 

「そんな意気消沈するんじゃないわよ。…ダメとは言ってない。試してみる価値は、充分にあると思うわ」

 

「ほ、本当か!」

 

 

落ち込んだり、花開くような笑顔になったりと、表情が忙しい翔也。

そんな様子を見て調子のいいやつと内心思う春海であったが、さらに心の奥底では翔也の貢献を密かに認めていた。少なくとも、図書室に行く間考えていた「いなくてもあまり問題ない」という評価は撤回せざるを得ないと考えていた。

 

 

「よし、翔也。催眠関係の本を片っ端から集めてきなさい。私はとりあえずざっと内容を改めて分類するから」

 

「おう任せろ! …ってちょい待て分類って何を分けるんだよ」

 

「そりゃあ、私だけじゃ読破し切るのに時間かかるだろうし。翔也レベルにも読める本と、私レベルでも読める本とで分けて翔也にも手伝ってもらおうかなと」

 

「おいコラ。なんだその俺とお前で知力に差があるかのような言い分! 名誉を毀損してるぞ!」

 

「あんたね、名誉を毀損されたくなかったら、せめてテスト1教科でも私に勝ってみせなさいな」

 

「てめえ! ここでテストを引き合いに出すたあ卑怯者!」

 

「知力の話してんだからテストの話がぴったりじゃない。何言ってんのよ」

 

 

こんな風に論破されてしまうと、翔也の口は反論の糸口を失う。

ブツブツと文句と怨嗟の声を上げながら、翔也は本棚の奥へ向かった。

 

春海はそんな彼の後ろ姿を尻目に、自分は目の前にある翔也が持ってきた催眠術の書物の中身を確認しようとした。

 

 

 

 

 

しかしその瞬間、図書室の扉を開けて入ってきた人物を見た春海は、あまりの驚きから文字通り3センチほど飛び上がった。

 

 

 

 

 

 

「あ? どうしたはる…」

 

「あんたは隠れて!」

 

「うわちょおまっ!」

 

 

本棚から顔を出して戻ろうとした翔也を、春海は即座に突き飛ばして本棚の影に隠す。

地面に転がった翔也は春海に文句を言おうと口を開いたが、春海の殺気に満ちた視線を前に、黙るほかなかった。

 

 

「春海? まだいたの?」

 

「…瑞樹」

 

 

驚いた顔の瑞樹を、春海もまた驚きを隠せない顔で迎えた。

突如聞こえてきた瑞樹の声に、本棚の影に隠れていた翔也は、全てを察して息を潜めた。

 

 

 

「春海、帰ったんじゃなかったの?」

 

「わ、私は…調べたいことがあったのを思いだしたから、ちょっと、ね…」

 

「ふーん…そ、そうなんだ」

 

 

春海がとっさに翔也を隠したのは、春海一人だけならこうした理由づけが容易だと思ったからだ。本来部活に勤しんでいるはずの翔也と春海が一緒に図書室にいるなんて状況は、言い訳が大変である。

 

突然の瑞樹の訪問に心底驚いた春海であったが、それと同時に疑問であった。

瑞樹が図書室に来た理由。単に突然借りたい本ができたと言うならばいいが…それにしては、瑞樹の挙動が不審だと春海は思った。視線が明らかに泳いでいるし、声も少し上ずっている。

 

 

「瑞樹は…どうしたの?」

 

「あ、いや…僕は…その…や、やっぱり、なんでもない! ごめんね! 僕、帰る!」

 

「え、あ!」

 

 

春海が二の句を告げるより早く、瑞樹は振り返って足早に去っていった。

そのあまりの早さに、春海は消えない疑問を頭に抱えながら呆けた表情のまま立ち尽くす他なかった。

 

 

「おーい…大丈夫か?」

 

 

並々ならぬ瑞樹の声は、本棚の影にいた翔也もしっかり聞いていた。

瑞樹の声がすでにいなくなったことをきちんと確認して、本棚から姿を表した翔也は春海に声をかける。

 

 

「なあ…瑞樹、どうしたんだ」

 

「私にも分からないわよ……ただ、多分…瑞樹も何か、隠してるわね」

 

「瑞樹が隠し事、か。なんか、意外ってレベルじゃねえな」

 

「……気になる…気にはなるけど、瑞樹が隠したいことなら…私たちがあれこれ探るのは野暮ってものよね」

 

「…だけどよう、俺たちが瑞樹の恋心を調べるのも…野暮ってことにならね?」

 

「そうね。あんたがそれに恥じてやめるって言うなら、私もそうするわよ。本来あまり褒められたことじゃないのは確かなんだから」

 

「…い、いや! 俺はやめねえぞ! これは悪いことじゃねえ! 瑞樹のためなんだからな!」

 

「そう…なら、とっとと本集めなさい。とにかく読まなきゃ始まらないんだから」

 

「お、おう……わかった!」

 

 

 

翔也は、気合の入った一声と共に本棚へ駆け戻っていった。

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