日替わり生徒

不思議な存在と共に、不思議な友達を助けるお話
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瑞樹と美月

第一話 白崎 瑞樹の日

公開日時: 2020年9月1日(火) 07:00
文字数:7,333

6時00分。控えめに目覚し時計の音が鳴る。

 

 

その音によって目を覚ました彼は、未だぼんやりした頭を抱えながら上体を起こした。

この目覚し時計をセットしたのも、控えめな音量に設定したのも、彼ではない。

 

『彼女』がセットしてくれたこの目覚まし時計は、『彼』と『彼女』を繋ぐ数少ない存在...と彼は思っている。

だから、彼はこの目覚まし時計によって目覚めてから、完全に頭が覚醒するまでの約10分間—ベッドにいたままだと二度寝しかねないので、寝間着のまま自分の部屋の勉強机に向かったうえで—彼は目覚まし時計を手の中で弄びつつ、じっと眺めるのだ。

 

やがて彼の体が部屋の空気を全身で感じ、それに触発されて脳が完全に目覚める。すると、彼はまず最初に必ずすることがある。

 

昨日行われた授業の復習である。

 

現状どの部活にも所属しておらず、当然朝練も存在しない彼がこうも早起きしてる理由がこれである。寝起きの方が頭が冴える。小さい頃母にそう教えられた彼は、高校生になった今も、その豆知識を元に朝練ならぬ朝勉に励んでいる。ただ、最近はその豆知識について懐疑の念が湧き上がっている。それでも彼は、この習慣をやめるつもりは毛頭なかった。彼にとって、一度身についた習慣はやめる方が難しいのだ。

 

こうして朝に前日行われた授業を復習することは、何も母の教えが主な理由ではない。彼の場合は他のクラスメイトについていくため、そして今日の授業のために、クラスメイトの中では…そしておそらく、彼女だけは復習が必須なのだ。

 

昨日の範囲のページを眺め、重要と思われるポイントを理解し、基礎問題や応用問題がある教科の場合は、それも一通りこなす。

 

朝勉が終わると、彼は洗顔歯磨きより早い段階で着替えに入る。寝間着を脱ぎ、クローゼットにかけられている北秘跡高校の男子制服を手に取った。

 

 

「………」

 

 

彼は無言で、部屋に設置されている姿見へ視線を移した。

 

こうして自らの体を鏡で眺めるのも、彼は毎回行なっていた。ただ、日課のように決めて行なっている訳ではなく、無意識で…つい、見てしまうのだ。

 

 

「……ふう」

 

 

だが、それも一分程度。

緊張から覚めたような軽い吐息を漏らした彼は、着替えを再開した。




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少し古い感じの横開きドアをガラリと開けば、学校の廊下よりも何倍も騒がしい喧騒が、彼の耳を貫く。朝練を終えた運動部軍団が教室に戻ってくれば、この喧騒はさらに何倍にもなる。

スルリと教室に入った彼を、入り口近くに溜まった女子の集団が軽く視線を向ける。彼はそれを知ってか知らずか、特に反応を返すことなく自らの席に腰を下ろす。

 

 

「おはよ」

 

 

隣の席からかけられる挨拶の声。彼にとってはとても馴染み深い、友達の声。

 

 

「うん、おはよう春海」

 

「ちょっと待って…よし、はいこれ。昨日のやつね」

 

「あ、ありがとねいつも」

 

 

隣の席の親友、福野ふくの  春海はるみから渡されたプリントの束を受け取り、彼は軽くそれを確認する。その間、春海は一時限目の授業の準備をしながら言葉を紡いでいく。

 

 

「昨日は…岡と中山が体育の時バレーボールぶん投げあって軽く戦争状態になって…清水が顔面にボールを食らう二次被害が発生してたわねー」

 

「…僕、昨日いなくてよかったかも…」

 

「あと、片山先生と4組の比蓮崎が、校舎裏で熱い抱擁を交わしていたのが目撃され…」

 

「えちょっと待っそれ本当!?」

 

「いや嘘」

 

 

その言葉を聞いた瞬間、強張った彼の体がヘナヘナと机の上に上体をあずけた。

 

 

「ビックリしたぁ…もう、嘘の情報は教えなくていいから!」

 

「ごめんごめん。…じゃあ最後にとっておきの、本当の情報を教えるから」

 

「…と、言うと?」

 

 

不思議そうに顔を向けた彼に対し、春海は右手の指に引っ掛けられた『鍵』を提示した。

チャリンと鳴ったその音に、まさか、と彼の目が丸くなる。


 

「昨日、取ってきたのよ、許可」

 

「うわ、ほ、ホントに!? やったー! ありがとう春海! 僕、もうほとんど諦めてたのに!」

 

「ふふん。やっぱり交渉する先生は選んだ方がいいって気づいてね。気づいてからはさ、やっぱり瑞樹の喜ぶ顔を見たいなーって思ってたし」

 

 

鍵を指にかけてくるくると得意げに回す春海に対し、キラキラとした瞳を向けて喜色満面、と言った様子の彼…白崎しろさき 瑞樹みずき。そんな瑞樹を見て、春海はさらに鼻高々となる。

 

 

「じゃあさ、じゃあさ! 今日の昼休み早速そこでご飯食べようよ! 翔也も一緒にさ!」

 

「そうだね…ただ、今日は翔也が遅いみたいね」

 

「あ…本当だ」

 

 

瑞樹は、振り返って後ろを確認する。朝練を終えた運動部のメンツがガヤガヤと騒ぎながら教室に入ってくる。その中にはバスケ部の面々も確認できた。ただ…瑞樹のもう一人の親友、飯塚いいづか 翔也しょうやの姿が見受けられなかったのだ。

 

 

「翔也…風邪でも引いたのかな?」

 

「全く、瑞樹ったら。バカが風邪引くわけないでしょ」

 

「ば、バカは言い過ぎだよ…。うーん、ちょっと心配だなあ…」

 

「心配いらないと思うけどねー。あ、おーいヨッシー、翔也知らない?」

 

 

春海は、自らの席の横を通り過ぎたバスケ部の一人…『ヨッシー』というあだ名を持つ男子に行方を尋ねる。

 

 

「翔也? あー…あいつなら、今保健室言ってると思う」

 

「ほ、保健室!? 翔也、何か怪我したの!? 大丈夫!?」

 

「お、おう…顔面にボールがぶち当たって鼻血が出てな。あいつは平気だと言ってたが、念の為にってことでな」

 

 

突然の瑞樹の食いつきっぷりに少々動揺した様子のヨッシーは、そう答えて自分の席へ帰っていった。翔也が教室に来ない原因を聞いた瑞樹はオロオロし、春海は顎に手を当ててポツリと呟いた。

 

 

「うーん、昨日の清水顔面ボールアタック事件はこれの伏線だったのか…」

 

「翔也、大丈夫かな…顔面にバスケットボールって、メチャクチャ痛いと思うんだけど…」

 

「瑞樹ってば本当心配性だよね。鼻血が出ただけだし本人も大丈夫だって言ってたらしいし、私達が心配するようなことじゃないでしょ」

 

「……そう…だよね」

 

 

瑞樹は自らを納得させる蚊のように、視線を下げて頷いた。

 


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「翔也ぁー! 大丈夫ー!?」

 

「おうわぁ!? み、瑞樹!?」

 

 

鼻血をティッシュで栓しながら、保健室でのんびり部活の疲れを癒していた飯塚 翔也は、突如飛び込んできた親友を前に驚きと動揺の声を漏らした。大声を出したことで保険医の先生から注意を受けた瑞樹が謝罪する傍ら、瑞樹の後から保健室に入ってきた春海がやれやれと言った様子で翔也に説明する。

 

 

「翔也が怪我したって聞いてさ。私は心配いらないって言ったんだけどね。瑞樹ったら見舞いには行くって言って、朝のHR終わるや否や教室飛び出して言っちゃったのよ」

 

「おおう、そっか…。全く、春海の言う通りだぜ。この俺がバスケボールくらいでどうこうなるわきゃねーだろ。見舞いなんてしてもらうほどじゃねーよ」

 

「ご、ごめんね翔也。僕、つい飛び出しちゃって…」

 

「や、謝ることじゃねーよ」

 

「全くね。瑞樹に心配させて謝らせるなんて罪深い。死んで償いなさい」

 

「おい待て何故そこで俺の命を差し出さなきゃならねえんだこら!」

 

 

春海の辛口な冗談につい大声を出してしまったため、翔也に向けて保険医からの注意が飛ぶ。慌てて謝る翔也。

 

 

「命を差し出す勇気がないなら、せめてとっとと復帰して教室に来なさい」

 

「持ちたくないわそんな勇気。教室に来いとか言われてもなあ…俺、体が思ったように動かなくてな…もうこれはきっと重大な病気に」

 

「全く白々しいね。怪我にかこつけて授業サボりたいだけでしょ」

 

「………」

 

「もう…ダメだよ翔也ったら」

 

 

春海にモロ図星を突かれた翔也は固まり、瑞樹はやんわりとその姿勢を注意する。

 

 

「私としては翔也の成績がいくら下がろうがどうでもいいから、ダメとは思わないけど…今日ばっかりはそうも言ってられないのよ」

 

「ん?」

 

 

春海は再びポケットからゆっくりと『鍵』を取り出す。それにつけられたタグの文字を見て、翔也もまた、朝の瑞樹のようにハッと目を見開く。

 

 

「おいおい、その鍵があるってことは…」

 

「そう、瑞樹があんたもご指名なのよ。一緒にご飯食べたいってね。この上さらに瑞樹の頼みまで蹴ろうものなら今度こそ命はないものと思いなさい」

 

「だから! なんでいちいち俺の命を失わせようとするんだお前は!」

 

「ダメ、かな? 翔也が本当に体調悪いなら無理しなくても…」

 

「いいに決まってるだろもう! 瑞樹の頼みに、体調なんか関係ねーっての!」

 

 

そう叫んでしまった翔也は、とうとう3度目にあたってブチ切れた保険医の怒鳴り声に襲われる羽目になった。



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瑞樹にとって、それは緊張の一瞬であった。

ガチャリという、紛れもなく鍵がその扉とマッチしたことを示す音が鳴る。

ゴクリと喉を鳴らした瑞樹は、取っ手を掴んで扉を押す。

 

ギーっという少し錆び付いたような音を立てて、扉が開くと同時に暗かったこの空間に勢いよく光が差し込む。

 

 

「おおー…」

 

 

感嘆の声を漏らして、真っ先に一歩踏み出したのは勿論瑞樹。

その後に続くのは春海と翔也…心なしか、翔也は少し微妙な表情をしていた。

 

 

「ここが…僕たちだけの『屋上』か!」

 

「特に何も置いてない、普通の屋上だな」

 

 

両手を広げて大げさに喜ぶ瑞樹の後ろで、翔也が辺りを見渡して呟く。

春海はそんな翔也の足をさりげなく踏みつける。

 

 

「せっかく瑞樹が喜んでるんだから、水を差すようなこというんじゃないわよ」

 

「…承知」

 

 

殺気のようなものを漂わせる春海を前にして、翔也は堅い口調で答えた。

屋上からこっそりと眼下の景色を眺めていた瑞樹は、二人を手招きして呼びよせる。

 

 

「ほら、二人ともこっちこっち!」

 

 

いつの間にか、瑞樹は小さなレジャーシートを引いて、自らの弁当を広げていた。



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「うーん、やっぱり屋上でみんなと食べるご飯、美味しい気がする!」

 

「そうねー。こういういい天気の日はこういうのも悪くないわ」

 

「確かに、今日は風が気持ちいいな」

 


『いつか、学校の屋上でみんなとご飯食べてみたい』

そう語った瑞樹の願いが、春海の努力で叶えられることになった。

翔也は最初、あまり乗り気ではなかった。意識してない限り、思ったことを正直に口に出してしまうタチである翔也は「どこで食べても一緒じゃね?」と漏らして、春海にどつかれていた。

そんな翔也だったが、実は今回の屋上解放への働きに一役買っている。安全性の面から一般生徒の出入りが禁止されている屋上、そこへの入場許可を出してくれそうな候補として翔也が挙げた先生、即ち翔也の所属するバスケ部の顧問こそが今回春海に鍵を渡してくれた張本人なのだ。

 

…バスケ部の間で流れている『実は顧問はムッツリスケベで、女子に甘い』という噂は、あえて話さなかった。春海に『バカ』と称されている翔也だが、ちゃんと意識さえすれば、話さなくてもいい余計なことくらいはわかる。

 

 

そして、あくまでさりげない様子を装って、翔也は瑞樹に問いを投げかけた。

「なあ、瑞樹ー…お前って図書室よく行ったりするのか?」

「え? うーん…僕ほとんど行ったことないんだけど…図書室に何かあるの?」

「や、何かあるっつーか…ぶっちゃけ何かあるか信じてねーっつうか…」

「?」

頭にハテナマークを浮かべる瑞樹をよそに、春海がふと思い出したかのように呟いた。

「なんか昨日の帰り際、バスケ部の連中が昨日話してたわね。ウチの学校の図書室にある言い伝えのやつ」

「なあっ!? お、お前いつの間に聞いていやがったんだ!?」

「偶然すれ違っただけよ。何を慌ててんだが…」

「言い伝え…? そんなの学校にあったっけ?」

初耳といった様子で目を見開く瑞樹。ただ、春海もまた瑞樹が知らないことが意外であったようで、同じく目を丸くしてしまう。…が、それに関しては気にしていない風を装って解説する。

「言い伝えといっても…まあ、なんていうか…変な話なのよね。なにせ『死神に会える』なんて日本伝統故事をガン無視したような話よ」

「し…死神?」

言い伝えと聞いて、一人でに鳴るピアノだとか、動く人体模型だとか、怪談系の話かと恐々身構えていた瑞樹だったが、飛び出た予想外のワードを聞いて、何だか逆に呆けてしまった。

しかも、死神なんて会いたくてもお断りの存在だというのに、『会える』だなんて、妙な言い方をするな。と瑞樹はまた新たに疑問を覚えてしまう。

「そうよ。まあ死神っていう概念自体は、江戸時代の古典文学にいくつか記述がある…だなんて聞いたことあるけど、少なくともロクに歴史もないこんな学校に伝わるような話じゃないわよ。多分ここ十年くらいでどっかの先輩が捏造したんじゃないかしら」

現実的な見解を示した春海は一息置いて自らの弁当の具を口にする。

しかし瑞樹は未だソワソワしたままだった。

「……で、死神に会える…って、どうするの?」

「あら何? 瑞樹ったら死神に会いたいの?」

「いやいや違うって! むしろ逆だよ! うっかり会っちゃうと嫌だから…会わないようにしたいなあって…」

「そ、そう…あまりに気にする事ないと思うけど…えーっと、何だったかしら…」

捏造だと推測した春海の言葉も耳に入っていなかったのか、やたら心配する瑞樹に対して春海は思い出して教えようとするものの、元々興味ないようなことを又聞きしただけであった春海は詳細をなかなか思い出すことができない。

しかし、ここまでずっと無言で弁当を頬張っていた翔也から、その答えが教えられる。

「確か…『図書室の赤い椅子に座り、黒い表紙の本を抱えて44分間待つ』だ」

「…赤い椅子に…黒い表紙の本?」

「なんていうか…『いかにも、なワードを並べました』みたいな感じね」

そんな感想を漏らした春海だが、今度はその言い伝えではなく、ふとその発言者である翔也の方に注目した。

「そういや、結局何でバスケ部で死神の話なんかしてたのよ」

「うっ…別にいいだろ!何話してたってよ!」

「あんたらだけで話すんだったらいいんだけど、さっきわざわざ瑞樹に図書室行くのか聞いたりしてたのが怪しいのよねえ。何を企んでるの?」

「何も企んでねえよ!」

「どうだか」

思わず大声を出してしまった翔也に冷たい視線を返しながら、食事を再開する春海。

そんな翔也の様子を見て、瑞樹が恐る恐る提案する。

「あの、さ…翔也。何だったら、僕が図書室で試そうか? ちょっと怖いけど…」

「ちょ、ちょっと待て瑞樹! お前一体俺が何だと…?」

「え? 死神に会えるかどうかをバスケ部の中で翔也が試さなきゃいけないようになった…ってことじゃないの?」

「なあっ!? お前、何でそれを!?」

露骨に狼狽える翔也の態度こそが、瑞樹の推測を後押しする確固たる根拠の一つとなっていた。

春海は脳内において、きっとバスケ部の中で『図書室で死神に会える』という伝承を試すかどうかの賭けでもやっていたのだろうと追加で推測する。

それについてわざわざ瑞樹を使って探りを入れようとしたあたり、明らかに翔也は死神にビビっている節がある。翔也が意外とそういう系にビビっているという事実は、春海にとって未だ知らなかった翔也の一面であった。

春海に弄られてしまった翔也であったが、こうして屋上過ごす昼休みの時間は比較的楽しいものであった。

普段はバスケ部の付き合いもあって、この三人で昼休みを過ごすことは多い訳ではない。

なので、頬を撫でる柔らかい風や、教室や食堂の喧騒から離れ、友達だけのプライベート空間で食べる昼飯は、新鮮でいい。何より…翔也と春海のコントのようなやり取りに困ったようにしていながらも、時折心底満足そうな笑顔を見せる瑞樹(と、ついでに春海)をみていれば、悪い気分になることはなかった。

 

 

 

「…ん、ごちそうさまっと」

 

 

談笑しつつ食べていた弁当が空となり、一足先に食べ終わった瑞樹は丁寧に手を合わせる。

そして、手慣れた自然な動作でポケットから取り出したのは、チャック付のポリ袋に入った数粒の錠剤。ペットボトルの水を使い、食後の一連の動作として錠剤を飲み込んだ。

 

 

「………」

 

「翔也ったら顔が露骨。久しぶりに一緒のご飯なんだからそんな顔しないでよ」

 

 

春海の突っ込む声も、今の翔也には聞こえていないようであった。

トーンが下がった翔也の声が、瑞樹に投げかけられる。

 

 

「…今もそれ、飲んでるのか?」

 

「うん…そうだよ」

 

 

翔也の雰囲気を察したのか、瑞樹は真面目な声色で返事をする。

さらに口を開きかける前に春海がさりげなく制する。

 

 

「翔也。またその議論をやる気? …あんたがいくら否定しても、瑞樹の意思は変わらないと思うわよ」

 

「……うん。ごめん、翔也。心配してくれるのはありがたいけど、僕はこれをやめるつもりはないんだ」

 

 

翔也を安心させるためか、控えめな笑顔を見せる瑞樹。しかしそれでも、翔也の顔は晴れない。

 

 

「…瑞樹………それは、お前が本当に望んでいることなのか?」

 

「…もちろんだよ、僕がこれを飲むのは……」

 

「『美月みづきのため』ということは聞いてねえんだぞ! 誰のためとかじゃねえんだ! お前自身が! お前のためにそれを飲んでいるのかって、聞いてんだ!」

 

「………」

 

 

翔也の固く、キツい声。真剣なその眼差しをもって、翔也は瑞樹を真っ向から見つめる。

その雰囲気に、春海はいつものように口を出すことはなく、冷静に二人の友の顔を眺める。

 

瑞樹は一瞬だけ視線を下げたが、すぐに翔也へ向き直った。

 

 

「ダメ……かな?」

 

 

少し切なそうな、悲しみが沁みたような声がポツリと漏れた。

 

 

「美月のことを、僕が想うのは…ダメなのかな?」

 

「……!」

 

 

翔也は、もう言葉を紡ぐことができなかった。

ダメかな、と問いかけた—問う相手は翔也へ、というよりも自分自身へに聞こえた—瑞樹の体が、酷く小さく、脆くみえた。もしダメだ、と断じてしまったら最後、瑞樹の体がピシリとひび割れてしまうかもしれない。そんな錯覚を覚えるくらい、瑞樹の体がとても不安定なように感じた。

 

 

「はいはい。もうこの話はおしまい、ね? 瑞樹、今日の残りの昼休みは私に付き合ってくれない? 六限の小テストのためにさ、ちょっと一緒に勉強したいのよね」

 

「うん…わかった」

 

 

強引に話を打ち切った春海に誘われた瑞樹は、まだ少し影を残した表情のまま頷く。

一方、翔也は無言のまま左拳を強く握りしめた。

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