タクシーで走ること二十分。煌びやかなお城のようなホテルに着いた。カウンターがなく、直接部屋に入る形式らしい。
「なるほどねー。一番近くがここか。まあ仕方ない」
一葉さんがそう言いながら部屋の戸を開ける。
部屋の中央には、四人くらい寝れそうな大きなベットがあった。枕元には長方形の機械が置かれている。目の前には薄型テレビがあり、その横にはお茶やコーヒーなどのティーバックが、数個トレーの上に乗せられていた。
浴室もかなり大きい。高級そうなシャンプーやリンスがいくつも置かれている。浴槽にはテレビが備え付けられていて、よく見ると、ジェットバスだった。
「一葉さん、もしかしてここのホテル、ものすごく高いんじゃ……」
「そうでもないよ。多分、泊りで数千円くらいでしょ」
ホテルだから全部泊まりだろう、と思ったけど、ホテルに泊まったことなんか片手で数えるくくらいしかないぼくが知らないだけであって、一葉さんのようなイケイケのギャルにとっては見慣れた光景なのだろう。
「じゃあ、先にお風呂入ってくるから。適当にテレビでも見てて」
そう言うと、一葉さんは服を脱ぎ始めた。慌てて視線を逸らすと、小さく笑い声をあげて、「見てもいいのに」と服をぼくの目の前に放り投げた。わざとなのか、パンツやブラジャーまで視界に入ってしまう。
「下着、それしかないから使っちゃダメだよ」
「使うって、下着をですか? なにに使うんです?」
「……驚いた。そんなにピュアだとは」
少し考えたけど、さっぱり意味がわからない。詳しく聞こうとしたら、一葉さんはさっさと浴槽に行ってしまった。
ふう、と息をつくと、突然喉の渇きを覚えた。お茶でも飲もうと洗面台へ行き、電気ケトルに水を汲んでスイッチを押した。お湯が沸くまでなにもすることがないので、部屋をぐるりと見まわした。ベットの横に見慣れないキラキラとした正方形のパッチのようなものがある。端がギザギザなので、なにか入っているのだろうか。見てみたい衝動に駆られたけど、有料だったら困るのでそのまましておいた。
一葉さんは長風呂だった。できたお茶を飲みつつ、テレビを適当に流して時間をつぶす。ふと、前までなら時間があったらすぐに参考書を開いていたことを思い出した。不安を覚え、せめて教育テレビでも見ようとチャンネルを回していると、ちょうどバスローブを着た一葉さんが上がってきた。
「ちゃんと使ってないみたいだね。偉いぞ」
「だから、どういう意味です?」
「気にしない気にしない。早く入っちゃいな」
一葉さんに脱衣所まで背中を押される。やっぱり、まるでわからない
浴槽はやっぱり大きかった。ウチの三倍はある。天井から温かい霧が噴出している。浴槽内を保温するための装置だろう。
いつもよりいい香りのするシャンプーで頭を洗う。いつもリンスは母さんしか使えないから、多めに使ってやった。濃厚な果物の香りがした。
風呂から上がって、バスローブを羽織る。また一葉さんがベッドの上でお酒を飲んでいた。
「よく飲みますね」
「ちょっとくらいいいじゃん。祝、脱出記念日なんだから。ほら、賢治も試してみな。これはフルーティーなサワーだから飲みやすいよ」
拒否する間もなく、一葉さんがグラスにお酒が注ぐ。ぼくは仕方なく受け取り、一口飲んだ。確かに屋上で飲んだものより、口当たりがよくて美味しかった。
「それで、これからどこに行こっか」
「決めてなかったんですか?」
「うん。思い付きで来たんだもん。賢治もそうでしょ?」
「そうですけど……」
不意にローブ越しの一葉さんの肌が目に入った。胸元が少しはだけていて、大事な部分が見えてしまいそうだ。ぼくは自分を誤魔化すように、視線をグラスに落とした。
「じゃあさ、南に行かない? ほら、脱走犯は北に逃げるっていうじゃん。だからわたしたちは反対の南。どう?」
「どうって言われても……」
「暖かいからきっと過ごしやすいよ。はい、決まり」
一葉さんが寄ってきて、缶とぼくのグラスを軽く当てて乾杯する。逃げるように目を背けると、下着が床に落ちているのが目に入った。つまり、一葉さんは今、ローブの下にはなんも着ていない。
途端に心拍数が上がった。一葉さんを直視できない。
すると、ぼくの心の中を見透かしたのか、「ははーん。スケベなこと考えてるな」と耳元で囁いてきた。
「そ、そんなことないです」
「いいよいいよ。それが健全な男子ってもんでしょ。恥ずかしがることないよ。わたしの裸見たいんでしょ?」
「違います!」
慌てて否定する。一葉さんはクスっと笑い、ぼくに見せつけるようにローブの紐をゆっくり解いた。
ローブがゆっくりとベッドに落ちていく。徐々に露わになっていく一葉さんの体。ぼくの視線は否が応にも釘付けになった。
そして、信じられないものが目に飛び込んできた。
「同じでしょ?」
股間には陰茎が生えていた。ふにゃりとした肉の棒が、確かにそこに存在している。お酒を飲んで幻覚を見ている
んじゃないかと、二、三度目をこすってみたけど、それは相変わらず股の間にあった。
「お、おおお男……?」
「そうだよ。あれだよあれ、心は女で体は男ってやつ。びっくりした?」
挨拶を交わすかのように気軽なカミングアウトに、ぼくの頭は大混乱を起こしていた。男? まさか。だって女性
下着をつけてて、どこからどう見ても女性で、喉仏もほとんど出てなくて……。
パニックに陥っているぼくを見て、一葉さんはカラカラと笑う。そして、「わたしのことちゃんと守ってよね」と酒気を帯びた息を、ふっとぼくの顔に吹きかけてきた。
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