乾坤一擲の魔猫(テレジアンタール・アストレーマー) ① ネルトリンゲン
■ ネルトリンゲン
ロマンティック街道を進んだ先にある小さな町は本初始祖世界(ソースコード)である種の熱狂的なファンを獲得している。
緑豊かな田園風景のただなかに赤茶けた三角屋根が密集している。半径数キロをぐるりと丸い城塞で囲まれており、歴史の重みと凄みを感じさせる。なにしろこの街は人類最初の世界戦争が行われた場所である。
1634年に神聖ローマ帝国とスペイン王国がタッグを組んで、ドイツのプロテスタント諸侯と衝突した。ローマ側はカトリック教徒だ。この戦いは前者の勝利で終わったが、ドイツの天下統一に至る30年間にわたる戦国時代の幕開けとなった。
フランクフルトに至る交通の要所として栄えたが、その分、戦禍にも巻き込まれた。今は港湾部に交易都市の座を譲って中世の面影を取り戻している。
レンガ色の屋根が並ぶたたずまいの中心部に古いカトリック寺院がある。高さ90メートルの塔を持つ聖ゲオルグ教会は重要なランドマークになっている。
その塔はダニエルの愛称で地域住民から親しまれている。350段をのぼった先に白いフリルの華が咲き誇っていた。中世の人々がその光景を目撃したら腰を抜かすだろう。
魔女だ。
魔女の夜会(サバト)だ。下半身を申し訳程度の短い布で覆い、この世のものとは思えない雅楽を舞っている。塔のバルコニーではしゃいでいるのは女子武装親衛隊員だ。因習によると22時から夜半にかけて三十分おきに天を振り仰いで歌を叫んでいる。
しかし、その表情は真剣そのものだ。ついでに歌詞はリゾートの雰囲気を一部にも開設したり、三日月が頭上にさしかかろうとい時刻。異世界逗留者たちの合唱が放射状に街の隅々まで浸透していく。
「ねぇ、ハーベルト。魔女が降りてくるって本当なの? ていうか、マジで魔女なの?」
親衛隊員(エスエス)のコーラスを塔の陰から見守る祥子は半信半疑だ。
TWX9421号はドイツの交通要衝ネルトリンゲンの地下に停車した。政治中枢を失ったドイッチェラントにはあらかじめいくつかの機能分散が図られている。その一つがネルトリンゲンだった。
ハーベルトは枢軸特急を運営する母体と今後の対応を検討すべく、その出先機関がある最寄り駅に停車した。
「ある意味で言えば魔女とか悪魔とか形容される集団よ。枢軸特急はそういう人たちと縁があるの」
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