枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

戦乱渦巻く異世界を軍用列車で平定せよ!日独伊三国同盟を枢軸特急が駆け抜ける
水原麻衣
水原麻衣

傍観する欲望(リビングデイライツ・ソーヴァ―)⑦世界崩壊の序曲

公開日時: 2021年4月8日(木) 20:00
文字数:2,071


世界崩壊の序曲



内耳にほじくるような違和感と痒みを覚えた。ダイマー共有聴覚に不協和音がこだまする。


「緊急地震速報。 地震です! 地震です」

あかぬけた声が異常事態を他人事のように告げている。

最初の余震を純色は最大限に活用した。枢軸兵たちが出遅れた隙に上体をひねり、ゲルデ・ベッカー警部大尉を引き倒した。手錠でつながっているから一蓮托生だ。

二人はそのまま地面を転がった。その際に純色は手錠から【従順】のQCD粒子を除去した。そして、鎖の部分に【傲慢】を集中させた。

それぞれの鎖が自己愛にめざめ、絡み合った関係を解消しようと傲慢にふるまった。

ぽきぽきと関節を鳴らすような音がしてチェーンが砕けた。純色は横っ飛びして、カロリーメーターを拾い上げる。


「貴様、何をしたんだ?」

ゲルデがスカートをめくって短銃を取り出そうとした。そこへ横揺れが不意打ちする。彼女は尾骶骨をしたたか地面に打ち付けた。

「カロリーメーターを捨てろ」

枢軸特急から武装親衛隊がバラバラと降りてきて、一斉に自動小銃を構える。

しかし、またしても縦揺れが兵士たちをなぎ倒す。純色はまたしても命びろいした。

彼女自身、降ってわいた僥倖に戸惑いを感じている。

この突発的な地震はどういうことか。あまりにもタイミングが良すぎる。純色はハイパー核の発掘に関する知識を総動員して正解を導き出した。

「【従順】よ。この近くに活断層があるのよ。従順のQCDに反応して、蓄積されたひずみが一気に解放されたんだわ」

純色は思いがけない副産物を手なずけるためカロリーメーターを素早く調整した。ディスプレイ画面に地殻構造図が表示され、人工地震に関するアイコンが追加された。

「なっ――?!」

荒れ狂う嵐のように波打つ大地。ハウゼル達は地面に横たわったまま手も足も出ない。


■ オノコロ島南部 



オノコロ島は大変貴重な場所だ。有用な化石や地層が埋まっているだけではなく、地質学的にみて重要な構造がすぐそばにある。

中央構造線だ。


日本列島を本州東端から四国まで貫く巨大な断層はユーラシア大陸プレートとフィリピン海プレートがせめぎ合う。その延長線上にあるオノコロ島においても、中央構造線は島の南東部から北東にかけて紀伊半島を横断している。


これに沿って量子力学でいうゼロ磁場という独特なパワースポットが点在している。

ゼロなのに磁場があるとはどういうことか。


これはNとSの磁極が相殺しあいながらも、磁場が常に激しく変動するため結果的にゼロである状態を意味する。このような場所は古くから宗教上の聖地として崇められ、啓示を得たり穢れが清められると信じられている。実際には難病が完治したり、食物が腐りにくくなったり、刃物が鋭敏さを取り戻したりいろいろと現世利益をもたらしている。

ゼロ磁場に聖地が集中する理由はそれだけでない。エネルギーの偏りが部分的せよ平滑化されることで、宗教の到達目標が達成されるからだ。


宗教指導者はそれに涅槃とか天国とか好き勝手な固有名詞をつけている。


オノコロ島の最高地点、諭鶴羽山(ゆづるはさん)の樹々が竹のようにしなった。諭鶴羽神社の鳥居がガラガラと音を立てて崩れる。川端エリスはあらかじめ警告を受けて難を逃れていた。地上から十メートルの高さにあるユズリハの枝は安全地帯だ。異論人たちの言う通り強烈な地殻変動にそよともしていない。

「これはどういうことなの? えっ、ユズリハの営みは宇宙の終末期まで脈々と続いているですって?」

エリスが耳をうたがうのも無理はない。宇宙そのものの寿命はあと百億年もある。そこまで生き延びる生命体は考えにくい。


すると、アフターソウトたちは断言した。自分自身の由来の一つがユズリハであると。ユズリハの表面にはトポロジー相転移という現象がみられる。これはゼロ磁場と同じように機能する。葉の構造に電気や磁気を加えることでゼロ磁場が自由にスイッチできる。どの生命体も過去に多くの失敗や中断を抱えており、その蓄積がストレスになっている。ゼロ磁場はそれらをリセットしてくれる。

煩悩や執着から解放されたユズリハは無限に近い生命力を保つ。

「なるほど、そういう理屈ね。で、島をこれから飛ばすって?」

エリスが興味津々に訊くと、異論人たちは振り落とされないように注意しろと忠告した。彼女はいわれるまま幹にしがみついた。

すると、さっきまで平穏だった枝に振動が伝わってきた。ゆっさゆっさとスカートが揺れ、たわわなヒップが見え隠れする。遥か遠くに干上がった大阪湾が見える。まるで雪でも降ったかのようにところどころ白い泡沫が積もっている。


すると、どこからともなく唸り声が聞こえてきた。耳を澄ますと音源は南の方角だ。実は山腹を中央構造線が通過しており、その部分は崖になっている。

そこはあたり一面、ニホンズイセンが咲き乱れており、その数は500万本にものぼる。

花びらに含まれている二酸化ホウ素――ボラン――毒素である――が、純色の従順QCDを受けて反応し始めた。


ゴウっとこの世が崩れるほどの轟音を立てて、崖が崩れ、キラキラした塩の柱が立った。

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