向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ)㉒ ニギハヤヒ、覚醒
AC-47は機首を下げ、長尾の峰を回り込んだ。右翼が岩場を擦るギリギリまで降下し急ターンする。流れ弾が赤黒い闇を明々と照らした。
「――ッ! 外したか!!」
祥燕は一気に上昇して視界を確保する。今度は逃がさない。地を這うようにAC-47が飛んでいる。
「八咫烏どもが異世界へ転移させた人々を取り戻したくはないのか? 後悔は先に立たずだ」
パンセ・ドゥーリットルは懲りずに無電で呼び掛けてきた。
「よくもまあ次から次へ出鱈目を。見苦しいよ。パンセ」
祥子の選択肢に助命嘆願の受理はない。運行阻害要因は問答無用で殺すのみだ。それにパンセは祥子の前任者で乗務員としての面識もなければ親睦もない。そして、AC-47はもう脅威ですらない。二宮忠八の飛行原理が南極石の確率変動を凌駕している。
祥子は敵機の目と鼻の先に急降下した。
「見苦しいのはお前の方だ。ヤンガードライアスの住人どもが本初始祖世界(ソースコード)の戦後を書き換え、大分裂(グロースシスマ)の世界線まで改竄しようとしている。現状認識が全くできてない」
風防越しにパンセが真剣にこちらを見据えている。祥子にとってはブラウン管に映った悪役にしか見えない。さしずめ二時間ワイドドラマの終盤で断崖絶壁に追い詰められた殺人犯といったところか。
躊躇なくトリガーを引ける。
「ごちゃごちゃうるさいよ!」
AC-47を頭上から抑圧し、スラッシュ水素の散弾を浴びせる。
パンセ機は粉微塵に吹き飛んだ。
――と、紅蓮の炎がギュッと凝縮し人の形を成した。そいつは全身を白熱させ、赤茶けた世界の地平線をかき消した。
「藤野祥子、死ね!」
天照大御神は渾身の力を振り絞り、それを余すところなく熱量に変えた。
光の洪水が大地を削り取り、蒸気に変えていく。アマテラスの足元が窪んで、クレーターの淵が津波のように盛り上がる。めくれあがった岩盤がドロドロと煮崩れて、溶岩流が沸き立つ。
「戻れるのだ! これで私は本来の男子(おのこ)に、戻れるのだ。アマテラスではなく、ニギハヤヒの命(みこと)として!!」
腰が括れてふくよかな女神のシルエットが二度、三度、震えると、がっしりとした筋肉質に変化した。
完全に気化した地殻が渦巻く乱流境界。その向こうをニギハヤヒの神眼(しんがん)が見透かしていた。
「次は貴様の番だ。ハーベルト。その量子機関車で逃げ切れるかな?」
彼はそう言うと、アマノイワフネを爆煙に突進させた。そのスピードは高温高圧の気体を寄せ付けない。
■ TWX1369 機関車
「うっさいわね! 量子ガラぶつけるわよ!!」
ハーベルトがセーラー服を勢い良く破り捨てる。真っ裸になると、スコップを握りしめた。量子ボイラーにスラッシュ水素を叩きこむ
「ハウゼル。思いっきりぶっ飛ばして!」
汽笛が鼓膜をつんざく。宇宙人が何やら口パクしているが、聞き取れない。
「――……」
「えっ、聞こえない」
ハーベルトがダイマー聴覚で聞き返すと、偽エリスはバツが悪そうに頭をかいた。
「聞こえてますよ。京田辺(きょうたなべ)駅に向かえばいいんでしょう」
列車長が枢軸特急の路線図を投影する。生駒山脈をこえて奈良方面に平野が開けている。その中腹に赤い点が輝いている。
「そうよ。ニギハヤヒを倒すにはあれしかないわ。チャンスは例によって一回こっきり」
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