向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ)⑫ リブート! アマノイワフネ(前編)
■ 私市市 磐船(いわふね)神社
映画「インディージョーンズ」といえば、スピルバーグ監督のファンでなくとも、狭い坑道を球体が転げ落ちていくイメージを何となく連想するだろう。細長くねじれた洞窟は入り組んだ小腸を思わせる。今すぐにでも両脇の岩が膨張して押し潰されてしまう。そんな圧迫感が閉所恐怖を募らせる。翡翠ミナと校倉涼子は一目散に出口を目指した。しかし、不規則なサイズの岩が地下水に濡れていて足場は非常に悪い。病み上がりの涼子が滑ってスカートを岩に引っ掛けた。ビリッと鍵裂きになり、純白のアンダースコートが盛大にのぞく。巨大な岩の間を這い上がり、くぐりぬけるうちに二人のブレザーはボロボロに破れ、下に着こんだテニスウェアまでぐっしょりと濡れていた。耐えきれずミナはスカート類を脱ぎ捨て、身軽な半袖体操服姿になった。涼子も泥水の染みたブルマーから脚を抜き、鍾乳石の向こうに放り投げた。小ぶりなヒップにショッキングピンクの化繊が張り付いている。
「本当にこんなところにチャンスの神様が住んでいるの?」
校倉涼子は衰弱した身体を鞭打って斜面を登る。
「遥祐(ようすけ)の魔法で命を救われたでしょ。信じないわけにはいかないわ。よいしょ」
翡翠ミナは同級生のレオタードに包まれたお尻を後押しした。観光地の見学者コースと違ってこの洞窟はまったく容赦ない。ロープや柵といった親切設計はなく、ただひたすらに湿気でぬるんだ岩を攻略する以外に進む道はない。
ようやく光が見えてきた。髪の毛よりも細い入射光が闇を傷つけている。軽自動車ほどもある岩を回り込むと、太陽が肌を焼いた。
「――ッ!?」
涼子は思わず息を呑んだ。激しいアップダウンで弾んだ鼓動を小休止させる暇もない。
そこにあるのは、世界の全てを拒絶する岩の扉だった。桁違いの閉塞感と圧迫感が問答無用で来訪者を遠ざけている。神秘的な荘厳さで人間を寄せ付けぬ神社仏閣とは別次元の厳格さがビシビシと伝わってくる。
何人(なんぴと)たりとも、例え神格であろうと例外なく遮断する。そんな使命感を帯びた扉に思えた。さあっと逆光が射し、ミナが反射的に目を細める。人影がゆらめいている。
「お前たちの意気込みは見せてもらった。その勢いで書籍化を勝ち取って欲しいものだ」
阿蘭陀坂遥祐は真っ白なカッターシャツに学生ズボンといったラフな格好で扉の前に佇んでいた。
「こんな山奥まで呼びつけて、どういうつもり?」
ミナは足踏みするようにレオタードとスクール水着を脱ぎ散らかした。ほぼ裸に近いへそ出しのタンクトップに丈25センチの腰巻(パレオ)を纏っている。遥祐の視線がミナの肢体を舐める。
「知ってか知らずか……おそらく無意識のうちにだろうな。アマノウズメの衣装(コスプレ)を着こんで登山したのなら、答えは明白だ」
ミナはギョッとして半身を岩陰に隠す。
「な、何よ。いきなり。こ、これは学校指定の服なんだからねッ」
涼子が枢軸基幹同盟(アクセンメヒテ)の女学校で当たり前のように採用されている陸上競技服(ユニフォーム)を見やった。
「ここにあるのは、言わずと知れた天岩戸だ。お前たちには磐船(いわふね)の再起動(リブート)を手伝ってもらう」
遥祐は二人の事などお構いなしに自分の計画を推し進める。彼が言う天の磐船は天野川(あまのがわ)を横断する巨石だ。全高全長ともに約12メートルほどで流線型をしており御神体として祀られている。
「そんな話、聞いてない」
「作家デビューはどうしたの? 磐船がどうこうって!」
キイキイと抗議する二人を遥祐は一言で黙らせた。
「チャンスの神様に逢いたくないのか」
彼はそう一喝すると、鋭い鉤爪で扉を傷つけた。すると、どうだろうか。スッと赤い血筋が垂れた。削られた岩の表面からドクドクと鮮血が流れ出す。まるで無機質が生きているかのような反応を示している。
「「……」」
「天の岩船は神話に出てくるような高天原の乗り物じゃない。飛行生物だ。豊臣秀吉が大阪城を築城する際に加藤清正に命じて岩船を掘削させたんだ。で、ご覧の通りのありさまだ。清正は恐れおののいて二度と岩船に手をださなかった。こいつの確率変動を借りればお前たちの書籍化デビューは造作もない」
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