踊る海馬の血風録(サステナブル・フレームワーカー)③ 浮上
■ ハード・カリクジットII
「これは……テロでしょうか?」
異世界掘削機のセンサーが軒並み異常値を示している。警戒警報の混声合唱組曲にオペレーターの驚声が混じった。
「そうね。人為的とは思えない規模だけど、まず自然災害ではありえない数値だわ」
スミン・クローネは切り株ほどもあるメーターを眺めて即答した。積み重なった平面グラフを複雑な曲線がいくつも貫いている。
それは錯綜するワームホールだ。いきかう物流システムの屋台骨を支えている。
ドイッチェラント本土と主要異世界を結ぶ異世界隧道は枢軸基幹同盟の大動脈だ。ちょっとやそっとの不可抗力ではびくともしない。ましてや、テロリズムに屈するほどやわではない。
しかし、世界都市ゲルマニアを循環する冠動脈が閉塞しつつあった。
「縮退半径、急拡大。根拠不明のエキゾチック物質、流入が止まりません」
偽エリスがメインスクリーンに現在通行中の異世界隧道を表示した。
「ハイゼンベルク異世界隧道は大幹線よ。こんなところに人知れずバイパスをつくれるはずはない」
ハウゼルはこの期に及んで撤退命令を出せないままでいた。
並走する枢軸特急のいくつかをピックアップして、掘削機に接近するよう呼び掛けているが、ランデブーポイントが定まらない。
それもそのはず、どんどん距離が開いているからだ。隧道はトンネルというより巨大な空洞に成長し続ける。
流氷のようにただよう各車両の中心に異世界掘削機が氷山のごとく浮いている。
「このままだと爆沈しますよ」
倉橋ヨエコにせかされて、ハウゼルはようやく決断をくだした。残されている選択肢はもっとも危険性が高い。
「わかったわ。ファイスト中佐!」
よびかけられた側はうつむいてじっと計器盤を眺めている。うわのそらのように見えるが、視線の先に数値がうごめいている。
「了解している。断腸の思いだがやむを得ない」
覚悟を決めてキーを叩いた。すると、異世界掘削機から四方八方へ作業用アームが伸びた。もちろん短すぎて最寄りの機関車に届かない。しかし、その先端から熱病/咆哮ネットワークノードが飛び出した。娘太夫が水芸を披露するようにオーマイゴッド粒子の雨が降り注ぐ。
「今のうちに。じきアームが倒壊する」
ファイストが異世界逗留者たちに脱出を命じた。各自がセーラー服の襟元を引きちぎり、破れたスカートから脚を抜く。ブルマやスクール水着の残骸が舞い散るなか、列車長と中佐は掘削機の安定に尽力している。
異世界逗留者たちは水流を伝ってするすると各列車に移乗していく。スムーズに総員退艦できた。すぐさま枢軸特急が加速し、隧道の出口へ消えていく。
「中佐、そろそろ脱出しませんと……」
ハウゼルは胸騒ぎを覚えつつも、動こうとしないファイストを促した。
「まさか、この私が大時代的なロマンチシズムに酔っていると思うのかね?」
彼女はそういうと、メインスクリーンの前で肩をすくめた。同時に異世界掘削機の底辺がクローズアップされる。最初、それは擦り傷だらけのボディについた焦げ跡かと思われた。
しかし、拡大率があがるにつれて、尋常ならざる姿をあらわした。どす黒い結合双生児がいくつもしがみついている。
「――……ぅえ?!」
ハウゼルは思わず声にならない声をあげた。
「溝口組の……製品……いや、犠牲者だ」
「ぉえええ」
嘔吐が始まる前にファイストが壁のボタンを押し割った。
「防腐剤(アンチセプティック)噴霧します。危険です。ただちに避難してください。くりかえします、防腐剤……」
録音テープがループするなか、ソーニャ・ファイストはハウゼルをお姫様抱っこした。大きく翼を広げて、愛機に別れを告げた。
ぱあっと粉雪が穢れた世界を漂白していく。巻き起こる異変がまるでなかったかのように溶けて消えた。
■ 世界首都ゲルマニア
時おりフィクションはリアルな恐怖をシミュレートするという。地獄の底からどうにか這いあがった異世界逗留者を待ち受けていたのは、激変した世界情勢だった。
「アトランティス大陸が浮上したですって?!」
新型枢軸特急TWX9421μの試運転に出かける直前、ハウゼルは大総統府から緊急出頭命令を受けた。スミン・クローネが言うには、バハ・カルフォルニア島はヨーロッパ大陸を横断して北大西洋に落着したという。そこまでは想定の範囲内だ。予定された津波は機械的な重水素二量体操縦技術(ダイマーオペレーション)によって緩和された。
ただ、困ったことにコード2047世界固有の自然治癒力が有能すぎた。バハ・カルフォルニア島を異物から形而上の大陸に書き換えてしまった。
「アトランティス大陸の浮上はケンタッキー州の写真家エドガーケーシーによって予言されていました。はからずも今回成就したことになります」
「枢軸日本を脱出した人々が無事だったなら、地名が変わることぐらいどうってことないわ」
ハウゼルはスミンから報告書を受けとった。その冒頭に蜂狩市民の無事が記されている。
「その代償に日本列島は絶賛沈没中ですよ……」
スミンは厳しい現実を語った。オノコロ島の地下から発掘されたホウ素12Λハイパー核は、ハーベルトの犠牲によって奪取を免れた。その大部分は遠心力に耐え切れず世界中に四散した。それとおぼしき鉱床が発見されたが、もはや、自然に含まれるホウ素12と同程度か、それ以下の濃度しかない。
「紀伊半島から西は……あらら、四国や九州島が見当たらないわ」
ハウゼルが資料に目をやる。
ジルバーフォーゲルが撮影した最新の衛星写真は無残な日本列島を捉えていた。
「西暦2100年までにアトランティス大陸が浮上し、日本列島が沈むだろう。半分あたりです」
「それでも帝政日本は膨大な国土を手に入れたんでしょ。開戦まであと半日。幸先いいじゃない」
大総統では、ステイツ大陸の目と鼻の先に突き付けられた枢軸領土を母港とする攻撃計画が急遽立案されている頃だろう。
「喜ぶのはまだ早いですよ。異世界隧道に工作した犯人がわかったんです」
スミンは真剣な面持ちで重要機密を伝えた。ハウゼルが慌てて重水素二量体(ダイマー)能力を駆使して氷のドームを築く。二人がやっと立てる空間の壁は二重構造になっている。間に防音シートを挟んである。
「犯人って誰?」
「溝口組の関係者ですよ。誰だと思います」
「誰って、阿南は御前会議に呼ばれてこっぴどく絞られているはずでしょ」
「日本人ではありませんよ」
「L5ソサエティーの構成員? まあ、蜂狩は国際港湾都市だから色々なのが出入りしてるわ」
「ソサエティーでもありませんよ。日本と馴染み深く、アトランティスにもっとも近い人物です」
「誰なの? もったいぶらないで!」
「エジソンです」
「――?!」
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