向こう見ずな天の川(アンナスル・アルワーキ)⑫ リブート! アマノイワフネ(前編)その③ 戦斧
■ 曳航学園学舎跡
硝煙が立ち込め、飴のように曲がった鉄筋と打ち砕かれたコンクリートが堆積している。高熱で乾燥した土に勢いよく水が注がれる。どさりと鈍い音がして枯れ木が倒れ込んだ。ねじくれた枝の先には五本の細長い実がなっており、裂けた表面から白い芯が見えてる。そのすぐ傍らに瑞々しい果実が落ちた。ねっとりとして半透明な果肉に黒いガラス玉のような中心部があり、戦火が揺らめいていた。
「祥子、直視しないで!」
ハーベルトがスラッシュ水素を投擲し、物言わぬ肉塊を荼毘に付した。
崩れかけた壁に花や鳥が描かれている。「……成三十……年卒……生」と読み取れる。
そこには将来ある若者が集うべき学び舎が建っていたとは誰が想像できよう。
ここにたむけるべき花があるとすれば、桜がふさわしい。華やかな見かけとは裏腹に死霊を蘇らせる宿り木である。源氏物語では凶兆とされ、古事記においては病弱なサクヤコノハナ姫として描かれ、秀吉は戦死者を弔うために桜満開の吉野で宴を催した。
そして、桜の木の根に死体が埋まっているというフレーズは西行法師がそこを死に場所にしたという故事が発端だとする説もある。
桜紋(バイモン)は無限の可能性を秘めた若い命に不可逆的な停滞を十二分に授けた。
鉄筋コンクリートに跳弾の音が反射する。その後にサブマシンガンの銃声が続く。どこかでぐぐもった音がした。パッと閃光が辺りを照らす。
ひゅっと笛を吹くような短い悲鳴。銃撃。深々と何かを突き刺す音。野生の死神がこの世の春を楽しんでいる。
「ハーベルト、いくら何でもやり過ぎだよ。生存者を助けなくちゃ」
容赦なく繰り広げられる惨劇に祥子は激しい拒絶反応を示した。
「殺れる時に殺るべき相手を殺めねば、殺されてしまうわ」
ハーベルトは東西両方向から侵攻してくる武装SS部隊に座標データを伝えた。学園内に対空砲や稼働可能な装甲車両はない。散発的な抵抗は曳航学園に潜伏するまむし平和会構成員によるものだ。メンバーの多くは八咫烏に軍事教練を施されており実弾射撃の経験も豊富だ。それだけに枢軸の武装SSも手を焼いている。
ハーベルトが率いる武装親衛隊SS第一装甲軍団は宮之阪方面から侵攻してくる第二装甲軍団、中宮方面から進撃する第三SS騎兵軍団に進路を譲った。上空掩護を担うTWX1369は熱病/咆哮ネットワークノードのデータトラフィックを追跡し、いくつかの校舎を最重要攻撃目標に挙げたが、肝心要な司令塔を絞り込めていない。
エリスは体育館兼講堂が怪しいと睨み、そこに到達するようハーベルトに進言した。
エリスの背筋が凍り、心臓が早鐘を打っている。言い知れぬ恐怖が潜在的な危険のありかを教えてくれている。
――そこに、オリジナルがいる。
と、その時、TWXの量子対空レーダーが飛行物体を探知した。レンジ外から高速で侵入してくる
「外来異生物(アウトカム)?」
ハウゼルが襲撃に備えて機関車を転進させた。空間軌道が軋み、枢軸特急が虚空に弧を描く。
物体は白煙をたなびかせて急速接近する。対空誘導弾だ。貨車の天蓋が開いて高射砲が唸る。
「方向転換しては駄目ッ!」
ハーベルトが注意を喚起したが、間に合わなかった。
戦闘車両を白銀の奔流が貫いた。
TWXが火球に飲み込まれた。
■ 曳航学園 体育館兼講堂上空 五百メートル。
緑色した魔法の龍が背中に三人の少年少女を載せてホバリングしている。彼らはブラックホールを仰ぎ見ている。強力な結界の外には暴風が渦巻いているが、内側は地表と同じ環境が保たれている。遥祐は後ろに跨った少女たちに話しかけた。
「犯罪学者クレッシーは人が不正行為に至るメカニズムを実際の犯罪者を調査して導き出した。原因は三つある。機会と動機と正当化。それぞれライク・ア・ライター、日間ランキングシステム、相互評価群(コーポレーター)に該当する」
校倉涼子は燃え盛るTWXと黒い天体を見比べて言った。
「要するに必要十分条件が満たされた時に犯罪が発生すると言いたいのね。それとブラックホールの関連性は?」
「位置関係が相関している。大河内町と曳航学園と日置天神社。三つのブラックホールは不正トライアングルの頂点だ。特に最後の一つは強力だ。惟喬親王の無念を原資にしているのだからな。三者の間を確率変動エネルギーが循環する一種の燃焼サイクルが出来上がっている」
遥祐の発言を裏付けるように曳航学園上空のブラックホールから白銀のビームが立ち昇った。不正トライアングルの一つ、動機がTWXを捉えている。車内には不正な動機を抱える人物がいる。
宇宙人エリスだ。彼女は私利私欲のためい実在の人物に成りすますという不正行為を働いた。
いま、その清算を迫られている。エリスが抱えている不正と校内の相互評価群(コーポレータ)が響きあってTWXの動きを封じている。
「なるほど。八咫烏は不正トライアングル炉を建設したのね。その力で磐船を動かそうって言うんでしょ?」
涼子が結論付けると翡翠ミナが口を挟んだ。
「雲をつかむ、いや、ブラックホールに手を突っ込むような話ね。だいたい、あんなもの、制御できるわけない」
疑り始めた翡翠に遥祐は言い放った。
「勝算はある。枢軸兵の動きを注意深く見ていろ。機会を逃すな」」
遥祐はそう言うと、魔法の龍が更なる高みをめざした。
■ 曳航学園 体育館兼講堂前
間一髪、ハウゼルは客車を分離(パージ)した。身軽になった機関車は急加速し爆風をやり過ごす。甲高い汽笛が喧騒を引き裂く。曳航学園の敷地に空間軌道が出現し、コンクリート片を蹴立ててTWXが入線する。
「ムチャクチャだよ。ハーベルト」
立ち込める砂塵。赤い目をこする祥子。
「そんなことを言っている場合じゃないわ。木こりの祥子さん、出番よ!」
ハーベルトは傾いだ機関車の側蓋を開けて長い柄のついた道具を取り出した。
それは戦斧(せんぶ)――バトルアックスと呼ばれる近接武器だ。杖の先に鋭い斧がついており、木を切るだけでなく、木工や土掘りに幅広く活躍する。
「そんなこと言ったって、ハーベルト!」
祥子は膝丈のドレスを太ももまでめくりあげた。アンダースコートのうえに重ね履きしたドロワースには可愛らしいキツツキの刺繍があしらってある。オーマイゴッド粒子繊維が編み込んであるのだ。
「杣工近接格闘戦用意!」
ハーベルトは斧の先を講堂入口に向けた。ハウゼルが息を呑む。向こうから歩いてくるのは、彼女の右隣にいる人物と瓜二つだった。
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