蛍光色の方程式(ブライトリング・ファイアスターター) (4) ボンネビル塩湖(ソルトフラッツ)
■ (承前)
自動制御機器が異物混入を察してブレーキをロックした。緊急停車に至る手順は完全自動化されていて、このあと乗務員が操作する必要はない。
留萌は同僚のために運転台奥の簡易キッチンからティーポットを持ってきた。ジャスミンティーで精神安静を保ち、停車後の騒動に備える。三人で膝を突き合わせてブリーフィングを行う。ブレーズが口走った。
「例の宇宙人、どこまで本当なの?」
豊穣経済圏(ブライトリング)は帝都東京から倫敦(ロンドン)に至る沿線上に発生した異世界の中でも一二を争う先進世界だ。それがいとも簡単に潰えてしまうとは、名門ゲルマニア大出身のブレーズには信じがたい話だ。枢軸と連合は諸世界を互いの派閥に組み入れようと躍起になっているが、ブライトリングにだけはどちらも手を出していない。干渉を強めるばかりか、極秘裏に租界を構築し、経済基盤を強化している。豊穣の時代は第二次世界大戦は勃発しなかったばかりか、その後に起きる筈の東西冷戦や中東紛争とも無縁の時間軸で、戦争に費やされる資源や人員がすべて経済発展に向けられている。
このことを可能にしたのは、石油をはじめとする化石燃料が早々に逼迫してまもなく、代替エネルギーが発見され、広く普及したことにある。
「人工ロジウム塩が経済の柱よ。この世界は強力な触媒を手に入れたおかげで、内燃機関を極限まで効率化できたの」
つまり、燃料を揮発油に頼らずとも、木炭や家庭ごみなどで賄える。
「熱力学第二法則に対するささやかな勝利ってとこかしら。列強がおいそれと手出し出来ないわけね」
ハウゼル列車長が言う通り、豊穣の技術成果を武力で簒奪するよりはその発展をこっそり簒奪した方が実利的だ。
「問題は異世界準位(ワールドクラス)を越えられないってこと。豊穣の技術はそのまま枢軸の物理法則に当てはまらないのよ」
豊穣が独立維持できる理由を留萌が説明した。
「外敵から安全保障された世界がどうして滅びるの?」、とブレーズ。
「一人の人間が禁忌を破ったからだと聞いたわ。それで大きな枠組みが壊れるものかしら?」
「堤防も蟻の穴から崩れるというわ。ブレーズ。あんたも列車を転覆(こか)さないようにね」
留萌が念を押すと同時に激しい制動が掛かった。
『枢軸特急トワイライトエクリプスのぼりTWX666Ω。騰京異世界間連絡線から半蔵門線に乗り入れる際は細心の注意を払うよう。国会議事堂前駅周辺に侵入者がたむろしている。その数、おおよそ二百名』
「ブライトリング広域運転区。こちらTWX666Ω、諒解!」
ハウゼル列車長が運転指令所の警告に従って機関砲のセーフティを解除した。前方でバリケードらしきものが線路を塞いでいて、クルクルと懐中電灯らしき光が回っている。
「対岸の火事、展開」
列車の周囲に留萌が保護力場を張り巡らす。外套効果を拡大したものだ。暴徒の破壊活動から車体を守ってくれる。気休め程度だが。
「祥子、出るわよ」
「待ってよ」
祥子は聖イライサニスの制服を破り捨てて旅人の外套を纏っている最中だった。禿頭にアンダースイムショーツ姿で翼をいそいそと折り畳む。
「そこの女! 扉を開けな!!」
マジックミラーと化した車窓から侵入者のシルエットが見える。銃を構えているようだ。
(ボクはツルッパゲで鳩胸で後ろを向いているのにどうして女子だとわかったんだろう。おまけに向こうから見えない)
どうして見えるのだろう、と祥子は不思議に思いながらも急いで身支度を整えた。
「貴女達は乗れません。この列車は有資格者専用です」
無謀にもハーベルトが天窓から頭を出す。「危ないよ!」 祥子の忠告を跳弾がかき消した。
「……ハーベル……と?!」
「「「お前はっ??」」」
悲鳴と驚嘆と動揺が渦巻く。それもそのはず。眉間を撃たれた本人は倒れるどころかぴんぴんしている。だけでなく、真後ろにあるトンネル壁がえぐれているからだ。
「どうしたの? ビリーバーを自称するなら堂々としなさい。わたしの存在感が深まったでしょう?!
紙のようにひらりとホームに舞い降りるハーベルト。銃を構えた女子高生たちは逃げ惑う。二名が腰を抜かしたままスカートをぐっしょりと濡らしていった。
■ TWX666Ω 戦闘指揮車両
「熱心なビリーバーというものはオカルト信者の最左翼で浮世からもっとも乖離した存在よ。だから、枢軸特急に接近できた」
ハーベルトが少女たちとトルマリンソジャーナーの親和性を看破すると、観念したように彼女らは泣き出した。
「だってさ……あたし……あたし……」
「きみ子がいけないのよ。秘密の地下鉄があるって」
パニック状態の女子をシャワー室に案内する道すがら祥子が事情聴取した。彼女達はいわゆる都市伝説の狂信者(ビリーバー)で政府専用地下鉄を探索するために深夜遅く家出してきたという。護身用のエアガンは兄弟や彼氏から無断で拝借したという。
「物騒な遊びが流行っているんだね」
祥子が物欲しげに没収品を眺めているとハーベルトがたしなめた。
「もうすぐ貴女の時代でもサバイバルゲームがブームになるわ」
ハーベルトに「女の子が鉄砲なんて世も末だね」と興味なさげな反応をする。
「どうして冒険を企てたの?」
ブルマーを後ろ前に履こうとした少女をハーベルトが指摘していると、きみ子がポツリと言った。
「ハルマゲドンが始まるって聞いたんです。アルタの前を歩いてたらロシア人が親切な日本人に恩返ししたいって。それで国会議事堂の地下に政府の人たちが使う地下シェルターがあるって。だから、あたしたちだけでも助かろうと」
「それって、”ストルガツキーさんのロシア語一点主義”に出てる人です。ハラーショ! ストルガツキーデス!!って」
ブルマ―娘が腰をくねらせてローカル局の名司会者を真似るが異世界逗留者には通じない。
「一介の芸能人が通行人にそんな機密を漏らすもんですか」
ブレーズが胡散臭がっていると祥子がそっと耳打ちした。「リンドバーグの壁」
何か閃いたらしくハーベルトがすっくと立ちあがる。「わかったわ。これはキューブラーロスよ。この子たちは死に瀕した世界の叫びを感受したのよ!」
スイスの精神科医キューブラー・ロスは死の受容五段階モデル」を唱えた。終末期の人間が死を受容する心理を五段階にモデル化した。その最初期は「否認と孤立だ」
余命宣告は不可避であると自覚しているが故に強烈に否定し、事実を振りかざす周囲となるべく距離を置きたがる感情だ。豊穣世界そのものが持つ拒絶反応が都市伝説の形で噴出したらしいとハーベルトは言う。
数分後、高高度を飛ぶドイッチェラント航空界の最高傑作は重要任務をたまわった。
『こちらジルバーフォーゲル。おおむね諒解した。都市伝説の収集にあたります』
銀色の翼が騰京上空のマイクロウェーブを片っ端から傍受すると、機上のコンピューターがキーワードを抜粋し始めた。世界一ィィの名に恥じず地上波放送、電話、ファクシミリ、ISDN回線を根こそぎにした。
関東平野の俯瞰図がクルリと翻って渋谷区の輪郭が点滅した。そこに最頻値が積みあがって赤い棒グラフになる。そこに人々のアイコンが重なり合い。激しくシャッフルすると、一つのビルがクローズアップされた。
『斎藤興商ってベンチャーキャピタル。そこが根も葉もない噂の出どころ』
望萌は滅亡願望の発信源を短時間で突き留めて、その所在地を地上に転送してきた。
「知ってます。”秘境田天福(ひきょうだてんぷく)ぽっくり69分”のスポンサー!」
きみ子が反射的に言った。それは首都13チャンネルの深夜番組だ。視聴率はマニア層の心を掴んで10パーセント台をキープしている。キワモノ魔術師ミスター天福が世界の七不思議を紹介する合間に大掛かりな脱出劇やこまごましたイリュージョンを披露している。
「ゲルマニアの親衛隊保安部に関連情報を開示申請中です……出ました。斎藤興商のCEO、夏希は先物相場に手を出して世襲した会社を危うく潰しかけてます」
「その夏希って子は心に闇でも抱えてるの? その手の番組って死霊を面白がる娯楽でしょ。ドストエフスキーの罪と罰にも、結局のところ、人間にとって他人を殺す事と自滅は等価だと書いてあるけど、スポンサー料に見合うだけの自己満足を得てるのかしら?」
留萌の報告にハーベルトは疑問をはさんだ。
「いいえ。彼女には首尾一貫した哲学があるようです」
きみ子の相方、ブルマ―娘――今はセーラー服に着替えているが――が反駁した。彼女は続ける。
「世紀末……だそうです。人類は必要に迫られて、時代の節目節目に膿を出し切んだとか。換言すれば年末の大掃除のように。オカルティズムの隆盛は趨勢だと。だから番組提供してるって”ぽっくり69分”で言ってました」
「フムン。諸悪の根源らしい主張ね。で、文明の死臭って、おおむねこんな感じかしら?」
ハーベルトが振ると、「これまで通りです」。
宇宙人エリスは彼女の見解にうなづき、悲しげな眼をした。
「ねぇ! ハーベルト。ここもシュワニーシーみたいに見捨てるの?」
祥子はいたたまれなくなった。
「……今回の任務をまだ伝えてなかったわね。貴女が招いた結末をしっかりと見届けること。それが大総統の命令よ」
「そんなぁ」
重大な過失を突きつけられて祥子は雷に打たれた。「学校じゃなくて、ボクが滅べばよかったんだ」
ポロポロと頬を伝う涙をハーベルトはそっと拭いた。
「死人の霊に悩み苦しむことが罰よ。悪霊という物は罪人が見る幻覚だとドストエフスキーも言ってるわ。でも、貴女がこの異世界の滅亡に関与したわけじゃない。破滅願望を持つ人はごまんといるわ。たた、貴女や斎藤夏希のようない人物が群を抜いた時、どうなるかをつぶさに観察し、私達は対応協議しろという指示よ」
少し言い過ぎたとハーベルトは内心反省した。
「つまり、見殺しにしろっての? ボクには出来ないよ!」
「リンドバーグの壁を呼ぶ力がある子を放置したらどうなるか。貴女と比較対象するチャンスなのよ」
「人命をまるで天体観測みたいに! 彼女がボクの同類っていうなら助けなくちゃ。見損なったよ、ハーベルト」
祥子が憤るときみ子が援護した。「今日のぽっくり69分はコンタクティ――※註 異星人と交流している主張する輩――特集です。猿ヶ森から生中継するとか」
「そこに夏希はいるの?」
きみ子はうなづいた。
「行こう。やめさせないと」
祥子はきみ子達の手を取って列車を降りた。
「「待ちなさい!」」
ハーベルトが止めようとすると別の声が重なった。「……大総統?」
メインスクリーンにエルフリーデが意味深な微笑みを浮かべていた。
「わたしが追います」
エリスがひらりとホームに降りる。
■
理想が溢れる時代に、何を選び、どう生きるか、人々は重い課題を背負っている。豊穣の時代に有り余る流動資産は不特定多数の自己実現欲求を具体化するため、コンクリート施設を過剰に建設している。高層マンション、ショッピングモール、レジャー施設、それらを支えるインフラストラクチャー。物欲と誘惑の渦が世界を力強く牽引している。
騰京の街角をロジウム灯が煌々と照らし、希望に満ち溢れた市民に活力を与えている。
「とても滅びそうに見えないね」
祥子が怪訝な表情で不夜城を見上げると見知らぬ男に怒鳴られた。「おい! ネクラおんな! 喧嘩売ってんのかよ!!」
きみ子がとっさに平謝りする。「いいえ。ひゃ、百面相ごっこです。変顔で遊んでたんです。ごめんなさい」
「ケッ! ぜんぜん面白くねーよ。須磨浦(すまうら)イワシとかツーバイブこけしを見習えってんだよ」
祥子は平身低頭しつつ小声でたずねた。
「だれ?」
「しゃべくりの上手な落語家と毒舌漫才のボケ役。最近じゃ映画の演出とかやってる」
「全然知らないわ。て、いうか、きみ子、あの人、なんでキレたの?」
「そのうちわかるわ」
祥子は納得がいかぬまま目抜き通りを五分ほど歩いたのち、解答を目の当たりにした。大きな橋の真ん中で欄干によじ登っている女に出くわした。靴を脱いで手すりに足をかけている。
「待った!」
とっさに翼を開きかけて、慌ててひっこめる。スカートが派手に翻るのも気にせず祥子は全力疾走した。後ろから自殺志願者を羽交い絞めにして地面に転がる。
「なにすんのよう!」
女は祥子の腕に噛みついた。
「何も死ななくってもいいじゃないか! 彼氏に振られたの? それとも旦那の不倫?」
「うるさいわね。どっちも外れよ。人の幸福のじゃなすんな!」
「幸福って?」
「あんた、ウータンズのファンなの? ひがむんじゃねーよ」
怒鳴られた祥子は慌てて彼女を解放した。
女は優勝万歳を叫びながらダイブした。
「ここの人たちは嬉しい時はああするの?」
祥子はわけがわからない、とこぼした。きみ子は「あれは極端よ。でも素直に喜んだり、うじうじしないのが人間ってものよ」と、反対側の歩道を見遣る。ウータンズファンらしき女の子たちが怪気炎をあげて来季のリベンジを誓っている。
それだけでなく街は根明な人間でいっぱいだ。木の枝にロープを吊るし「借金で首が回らない。もっと働くぞ!」とガッツポーズする人。「試験に落ちた。もっと勉強しておけばいいんだ」と参考書に顔をうずめる少年。「お腹が痛い。あんなもの食べなければよかった」と呻く人。祥子が手を差し伸べると男は「胃腸薬なら準備万端だよ」と薬瓶をラッパ飲みした。
ハイヒールのOLが転びそうになった。だが、巧みにバランスを保ち、速足で駆けていく。「そうだわ! 転ぶ前に足を出せば早く歩ける」
コンビニから栄養ドリンクのCMソングが聞こえてくる。「真赤な太陽、闘志のシンボル。男なら平常運転、一筋だ♪ 俺は謄京の会社員♪ 行くぞオスロ、リオデジャネイロ、ケープタウン♪」
極めつけは「後悔先に立てよう」と手帳に対策を書き綴るサラリーマンがいる。
「よくやるよ。一寸先は闇だ」
根拠のない希望的観測を祥子が断じると、通行人が豹変した。
「この野郎。足を引っ張る気か」
「成功者が妬ましいのね」
「頑張りたくない怠け者め」
「努力すればいいじゃない。報われるのに」
「たそがれている暇を惜しんで努力すればいいのに」
「悩むより当たって砕けろ、が理解できないんだろ」
「このバカは意気地なしなんだよ」
「いや、馬鹿正直という言葉がある。真面目にやればいい」
ポジティブ思考の怒涛が祥子を押し流す。
「立ち止まって考えることも大切だよ。ボクたちには先人の知恵がある。過去は過ぎ去った未来の蓄積なんだ。過去に学ばなきゃ」
ひたすら前進する人の波に祥子があらがうと、さらなる反動が寄せられた。
「コイツは頑張っている人間の痛みがわからないんだ」
「他人の邪魔をする無神経者め」
ありとあらゆる罵声が襲いかかる。
「「根暗、根暗」」
レッテル貼りの大合唱が祥子達の逃げ場を塞いだ。そこへクラクションが鳴り響いた。
さあっとヘッドライトが祥子の視界をよぎる。深紅のボルボが人垣に割り込む。
「祥子!」
ドアが開き、派手なボディコン姿のエリスが降りる。「やぁ、友達かい?」 運転席にはすらりとしたイケメンが白い歯を輝かせている。仕立てのいいスーツに金のアクセサリーをつけている。
「同級生なの。猿ヶ森まで乗ってく? ねぇ、いいでしょ? アッシー君ぅん♪」
エリスは馴れ馴れしく男にしだれかかる。運転手は鼻の下をのばした。
祥子達三人をのせて、ざわめく群衆を後にする。彼らは過ぎ去った悶着は眼中にないらしく、めいめいの理想を邁進している。
■ ボンネビル・ソルトフラッツ
ソルトレークシティーと言えば誰もが思い浮かべるモルモン教の聖地、ユタ州の首都だ。街のそばに由来となったグレートソルト湖が控え、その西部分が地の果てまで真っ白な大地が続くボンネビル塩湖だ。海水よりも濃い塩分が夏の日差しに煮詰められて数十センチの層を成している。毎年、八月になれば国際的なモータースポーツ競技が開かれ、公式認定されない様々な記録が打ち立てられる。その白いキャンバスに黒い痕跡が点描された。タイヤが何度かバウンドして、ベンチャースターが叩きつけるように着地した。
タラップが降ろされ、不知火高美と技術者達が激しい言葉を交わしている。
「ええ。血反吐を吐くほど何度も見直しました。理論と実践は完璧です。なのに圧(アツ)があがらない。これが現実です」
技師がエンジンの不調を訴えている。理論修正と電算シミュレーションを繰り返し地上での燃焼実験も上々だった。なのに、実機が要求性能を満たせない。これを不知火会長は努力と根性で何とかしろという。
「この意気地なし、弱虫」
「何でもかんでも精神論でどうにかなるなら、竹槍でB29を撃墜できますよ」
ぴしゃりと彼が言い放つとビンタが返ってきた。「魂(たま)ついてるのかよ! ああ??」
女社長が凄むと技術陣は様々な測定結果や状況分析を資料を交えて理詰めで反論した。頭にきたらしく高美はパンパンと手を叩いて宣告した。
「おまえら、全員、クビ!」
「「「ええええ」」
女性をトップに戴いた組織は、まるで、東芝の扇風機かと思うほどの扱いを受ける。散々、振り回されたあげく、前進しない。
高美はインカムを通じて人事部を呼び出した。
「帰ったら技術陣は総入れ替えよ」
直射日光とあぶるような熱気が彼女のイライラを煽り立てる。順調だったベンチャースターがここに来て躓いた。ラスベガスでのお披露目は上々で、各国から二十機余り受注している。だが、仕様を満たせなければ大気圏離脱もおぼつかない。何が邪魔をしているのだ。こういう時はオトコに八つ当たりするのが一番だ。シモンズはドMで絶対に離れていかないとわかっている。だから、当たり散らして甘えることができる。
高美は駐機場に彼の姿が見えないことに激昂し、電話で罵声を浴びせた。
「はぁ? 気づきませんで。じゃねーよ! 気ぃ、利かして、クルマ転がしてくるぐらいしろや! この鈍感!!」
ドンカンの連射を浴びて受話器の向こうから吐息が漏れた。
「は? さようなら?」
予想外の返事に高美は目を白黒させる。ふられた。
「っざけんな、コノヤロー!」
電話ボックスのガラスに受話器が特攻する。
「オンナみたいにギャーギャー割れるんじゃねーよ! この!!」
彼女はスカートの中が丸見えになるほど足を振り上げて残骸を蹴り割った。それでもなお気分が落ち着かない。彼女はこの時点で気づいておくべきだったのだ。大気を満たす不吉な香りに。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!