枢軸特急トルマリン=ソジャーナー 異世界逗留者のインクライン

戦乱渦巻く異世界を軍用列車で平定せよ!日独伊三国同盟を枢軸特急が駆け抜ける
水原麻衣
水原麻衣

彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ⑪ 鉄風銃剣録・序盤戦

公開日時: 2020年12月16日(水) 20:20
文字数:5,775


彗星発、永劫回帰線(マーサズ・ヴィニャード・ブレイクスルー・スターショット) ⑪ 鉄風銃剣録・序盤戦



 ■ TWX1369 戦闘指揮車 (承前)


 キラリと光る刃(やいば)。中佐の顔にSSマークの刻印が重なる。

「……」

 向けられた銃剣は決して何者にも譲らず、命を賭することも厭わない意思表示である。


 Kar98k。モーゼル社製のKarabiner98Kurz(カラビーナー・アハトウントノインツィヒ・クルツ)銃に付属する剣はドイッチェラントの女子騎兵が馬上から戦闘を行う事を前提に造られている。スレンは手練れだ。ハーベルトの頭ごなしに銃剣を振り下ろした。だが、彼女は技を見切っている。


 スカートの奥が丸見えになるのも気にせず、サッと身体を横に捻り、スレンに足払いをかけた。体制を崩した隙に武器を奪い取り、相手の額に突き付ける。


「なかななの押圧(おうあつ)ね」


 ハーベルトはスレンの突きをあっさりとかわしてみせた。押圧とは相手の銃剣を押しのけることによって、相手の体勢を突き崩す戦法だ。怯んだところで一気に突く。

「くっ――」

 ブルマーの尻をこちらに向けて呻くスレン。ニーナが歩み寄って抱え起こそうとしている。

「射殺されなかった事を感謝しなさい。その意気込みに免じて話は聞くわ」

 ハーベルトが苛立ちと倦怠を語気に込める。

「『話』だけは……ね」


 望萌が横から念を押す。言い分を全て飲み込む余裕はないのだ。それでもスレンは呼吸を整えて、食って掛かる。

「話も何も、GeneralderWaffenSS(ゲネレイダーワッフェンエスエス)たろう地位にあるお方が【スターショット計画】をご存知ないとは、お里が知れますね!」


 ハーベルトは向こう見ずな少女の態度に衝撃を受けた。気圧されたのではない。やろうと思えば素手でスレンを倒せた。いみじくもドイッチェラント国民であるスレンの変節ぶりに祖国の落日をみたのだ。計画自体は大学でエフゲニーと会見した際に明かされていた。実現性に乏しく雲をつかむような話だ。おまけに理念じたいが後ろ向きで逃げ腰だ。一途前進を党是とする女性同盟(フラウェンシャフト)らしくない。それにしても、あれほど忌み嫌っていた強行突破(ブレイクスルー)技術をいとも簡単に受け入れるとは、大総統もよほど切羽詰まった事情があるとみえる。


「五分だけよ」

 ハーベルトは指揮官の座に就くと、チラと時計を見た。ハウゼルに外套効果を貨物駅周辺まで拡大するよう求めた。どうにか暴徒を食い止めておける。


「持って三分ですね」


 列車長は重水素の残量をやきもきしながら確認する。「よろしい。聞こう」、とハーベルト。

 ニーナは事あるごとに技術解説へと傾きがちだ。望萌が懸命に軌道修正する。

 スターショット計画とはレーザー推進型恒星間無人探査計画だ。宇宙から降り注ぐオーマイゴッド粒子を巨大樹(ビーンスターク)で収集し、それを燃料にしてレーザーの照射を繰り返して切手サイズの探査機を加速する。理論上は四光年先のプロクシマまで二十年で到達する。

「ねぇ。ハーベルト。そんなの夢物語(エスエフ)だよね?」

「しっ」

 ハーベルトは祥子を黙らせた。ニーナは気にせず続けた。

 ビーンスタークは現実に存在しない。砂漠薔薇(アデニウム)の量子観測効果を用いて、イリュージョン生命体の一種として合成を試みる計画だった。幸運なことにワールドノイズが薄らいで「龍」が出現した。ウランスハイでは、それを軸にビーンスタークを創造しようとしていた。


「大統領府は何を考えているんだい。ボクにはサッパリだよ」


「祥子。豊穣世界(ブライトリング)の戦いは覚えてるでしょ。あの事件のあと、ドイッチェラントは宇宙人の巣を焼尽する決定をしたのよ」


 何と枢軸は会得した技術を骨肉に変え、復讐の機会をうかがっている。恒星間レーザー無人探査機はその嚆矢といえる。


「そのために国立研究所(ペールミュンデ)から異世界を丸ごと譲り受けたんです」


 ニーナは極秘事項を明かした。ディスプレイには赤茶けた地球が映し出された。


「わたしも初耳です。マーサズ・ヴィニャードはもともとは植物の宝庫だったはず!」

 三千世界を股にかけたハウゼルも、旅行先の荒廃ぶりに驚きを隠せない。


「ええ。ブレイクスルーとスターショットはどちらのもマーサ醸造所の主力銘柄でした。緑豊かな大統領の荘園を異常乾燥させたのは私たちです。私たちがCNFの材料を得るため果樹を伐採しました。僅か数か月でこんなにも荒れ果てるなんて」


 ニーナの自己憐憫を閣下は「前進」の一言で切り捨てた。


 短い時間だったが大方の了解を得られたようだ。ハウゼルは重水素の残量を勘案して外套効果を弱めた。トワイライトエクリプスを入線させ、構内に異世界逗留者を降ろす。既に全員がセーラー服を破り捨て、ビキニ姿で銃を構えている。


「バーベルト。改札口が壊されちゃうよ!」


 スコープ越しに祥子が叫ぶ。数人の男たちが線路内に侵入した。

「枢軸特急の軌道は凡人にはちょっとやそっとじゃ壊せないわ」

 閣下はそういうと、くれぐれも発砲しないよう念を押す。

 TWX1369が纏う外套効果が薄らぐたびに、ネルグイたちがなだれ込む。


 状況はグリンダから聞いていたより遥かに深刻だ。どこからかき集めたのか、次から次へと屈強な男たちが湧いてくる。

「多勢に無勢だよ。ハーベルト」

 祥子は圧倒的な人数差に恐れをなした。男、男、男。汗臭い匂いがプンプン漂ってきそうだ。


「女の戦いは情報戦と神経戦よ。でも、白兵戦は覚悟しておいて」


 ハーベルトが旅人の外套効果を纏う。ビキニのうえから背中のあいたホルターネックシャツと、おばさんっぽいハイウエストショーツを履く。パンツがぎりぎり見えそうな丈のパレオを腰に巻いて最低限の防御を実現した。

 そして、爆撃誘導員(コンバットコントローラー)を引き連れて警官隊の応援に向かった。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 護送車がぺしゃんこになって、燻っているところへ爆撃誘導員が到着した。現場は屍が累々としており、とても描写できる状態ではない。

「敵は男性の闘争本能を有効利用しているわ。女にけしかけられたら発奮材料になる」


 ハーベルトは上空から被害状況を視察している。男たちは攻撃に夢中になって周囲が見えない状態だ。それを束ねて一点突破に使用した。ハーベルトはそう結論付けた。ただ疑問が残る。彼らの病的反射はどこから生じるのだろう。勝利後の夜伽が約束されていたのか。褒美を与えるだけで人間はここまで狂気になれるものだろうか。


 フェンスに張り付いた婦人警官の顔面を眺めつつハーベルトは考えた。遺体の首から下はパトカーのフロントガラスに突き刺さっている。

 しゃがみ込んで嘔吐を繰り返す祥子にハーベルトが銃剣を渡した。


「あなたは男の子でしょう? 男だったらどうしてここまで凶暴化できるか教えてちょうだい」

「ひどいや。ハーベルト。キミだってハンカ湖を溶かしたじゃないか。鳥や魚たちまで犠牲にして!」

 ハーベルトに返す言葉はなかった。だが副官が反論した。

「閣下はああするしかなかったのよ。対艦ミサイルの猛威を切り抜ける代替案がなかった。生き残るためよ」


「だから、窮鼠猫を噛むしかないんだよ。望萌。キミたちの母性本能が暴挙を招いたんだよ。仲間を護るためには犠牲を厭わないという。ボクにはネルグイの人たちがマシに見えてきた。ギリギリの生活を綱渡りしてきた。追い詰めたのはキミたちだろう」

「ハーベルト、祥子がまた壊れたわ」


 望萌が匙を投げる。無言の目が「この子をお願い」と語っている。

 ハーベルトは祥子の瞳を奥底まで覗き込んだ。

「自暴自棄は刹那的に生きる人々の思うつぼよ。エマニュエル・カントもZum Ewigen Friedenの巻末で言ってるわ。普遍的な友好――現代ドイッチェラントの意味論で読み替えれば女の子の共存ルールが恒久平和の実現につながるのよ。それをもたらすために世界民法の諸条件は制限されなければならないと書き残している」


「オトコの方がずっとうまくやってきたよ!」

「ソースコードでは、ね。その歴史の陰で大勢の婦女子が殺されてきたわ。それが嫌で女性たちは大分裂(グロースシスマ)を企てたのよ。別世界の更地に理想郷を打ち立ててもいいじゃない」

 ハーベルトが顔を真っ赤にして怒ると、祥子がやり返した。

「女子が政治の舞台でうまく立ち回れると思えないよ」

「枢軸も連合も女性指導者のもとで半世紀ちかく運営されてきたわ。こぞって社会性昆虫の配偶システムを採用したの」

「おばさんたちは腕力でなく、口で争ってるじゃないか! それが平和なの?」

「ええ。時に女同士の惨たらしい殺人はあるわ。でも、国家間戦争はおきてないの。たとえ、永遠に遠回りするとしても普遍的な友好こそが恒久平和の道だとカントは説いてるのよ!」

「カントは男じゃねーか!」

 ハーベルトと祥子が仲よく婦妻喧嘩(ふうふげんか)していると、斥候が戻ってきた。


「反政府勢力は二手に分かれてシビー・ハーンを攻略しています」


 食肉拠点の街は西湿東渇といえる極端な地勢だ。駅は街の中心部から南東に広がる砂漠地帯にあり、地の利を生かした遊牧民に有利な条件だ。


「塹壕堀りだけはごめんだわ。ヘレーネ叔母さんに散々しごかれたもの!」

 望萌が親族間の黒歴史をほのめかすと、ハーベルトがうなづいた。

「ルメル元帥も機動戦を仕掛けるべきだとおっしゃるでしょう。それだけの兵力はない。だから、奇兵隊を組織するの」

 ハーベルトは本国に鉄道連隊の派遣を要請した。「ドイッチェラントの土木工学をみせつけてやるわ」


 ■ 策克口岸(セーク)貿易管理公社 枢軸貨物駅


 セルロースナノファイバー有蓋車を収めた車庫の前では枢軸と無色透明革命軍の睨み合いが続いていた。


「hinterdenGüterwagen(れっしゃのむこうにかくれろ)」


 武装SSが女子作業員を銃で追い立てる。足元が濡れる作業中だったのだろうか。撥水ズボン姿の少女が転んだ。

「InDeckunggehen(はやくかくれろ)」


 SSの女が銃剣でサスペンダーを切断し、ズボンに裂け目を入れる。少女は這い出ると、下に履いていた平ミニとアンダースコートを翻しながら逃げて行った。

「「ぬわあああああ! 痒いいいい」」


 オドゴンフーが見境なく銃弾をぶっぱなす。倉庫を護る女子武装SSたちは避難誘導で精いっぱいだ。後ろから撃てば、面白いように崩れていく。

「「痒いったら痒いんだよ~~、つか、死ねええ!!!」」

 チャンスンが手榴弾を投げた。小学生ぐらいの学徒兵が四散する。

 たえかねた女子SSがジャケットとスカートを破り捨て、ブルマー姿になる。体操シャツの背中がハの字に盛り上がり、裂け目から濃紺の生地が見えている。


「Machtsienieder(みなごろしにしろ)!」


 武装SSトルマリンソジャーナーたちが一斉に羽ばたいた。ネルグイの射線を飛び越えて、延髄に銃剣を突き立てた。


「※ょす!」「っ%ぢ!」


 言葉にならない最期。

 庭に散水するように乱射していた男二人が白目を剥く。銃は稼働したまま地面を転がり、後列を射殺する。

「くそ尼! 舐めやがってぇ!」


 チャンスンの部隊が自走砲を持ち出した。

「Granate(りゅうだん)」


 女子SS達がダイマー能力で弾道の周囲から温度を奪う。氷漬けの砲弾が地面に突き刺さった。 

「ダイマー能力が配備されているなんて! 車庫より重水タンクを狙いなさい。裏手にあるはず。探して!」

 マドレーヌは前衛の男たちをさがらせ、斥候に遣らせた。


 ■ TWX1369


 グリンダの報告によるとネルグイたちはダイマーダンサーの存在に気づいたらしく、車庫の裏手に回ったという。

「鉄道連隊より入電。隧道が竣工したそうです」

 望萌がハーベルトの無茶ぶりと、それに応える有能な人材に感心する。


「Verstanden(フェアシュタン)」


 ハーベルトはスレンからセルロースナノファイバーの性質を手短に学習した。CNFは旧来のパルプをいったん電子顕微鏡まで粉砕して再構築したものだ。通常よりも三桁は細い繊維が綿密に絡み合っている。その分、強靭で柔軟性に富む。自動車や航空機の素材にとって代わると予測されている。彼女は聴講を済ませると体育館車(ギムナジウム)へ移った。姿見の前で半裸の祥子が模擬銃を振り回している

「祥子、聞いた通りよ。一度限りのチャンスで雌雄を決すわ。銃剣の練習は一通り終わったわよね」

「ハ~ベルト~。なんで、こんな恰好させるんだよ~~ぉぉ」


 ほぼ全裸に近い少女は語尾を震わせた。あばら骨が浮いた胸に育児の器官が二つ。へその下に視線を這わせれば急峻な二等辺三角形が逆さまに張り付いている。黒猫と呼ばれる日本古来の衣装である。ちなみに構造はハイレグTバックの紐ビキニに似ている。


「貴女は日本男児でしょ? 漢なら黙ってFU・N・DO・SHI☆」


 ハーベルトが真面目顔でいうと、祥子が顔をますます赤らめた。

「中身だけだってばぁ~~身体は花も恥じらう女子なんだよぉぉ」

「黙らっしゃい!」


 ハーベルトは翼を開くと、黒猫褌姿に早変わりした。銃を左前に構え、前に突き出す。

「外套効果を急所周辺だけに集中させるためには、このは~べると閣下謹製♪重水素二量体繊維FU・N・DO・SHI☆が最適なの。spinnerei(シュピネライ)の紡績縫製、世界イチ~」


 彼女は大きく脚をふりあげると、一歩前に踏み出した。

『TWX1369 トワイライトエクリプス・ツヴァイ、発車します』


 ハウゼル列車長が死出の旅路を告げた。


 ■ 策克口岸(セーク)貿易管理公社 社会主義女性同盟(クラウフェンシャフト)政治将校専用貨物駅

 マドレーヌが自信たっぷりにいうが、貯水槽らしきものが見当たらない。

「女はいつもこうだ。憶測を前提に男を振り回す」

 ネルグイの若者が愚痴をこぼした。見渡せどトタン屋根の間には雑草しかない。

 血眼になって捜索する男たちの前途に警笛が鳴り響いた。

「なっ――?」

『フィアツェーン(じゅうよんばんせん)に列車が参ります。ご注意ください』

 ガガ、ギゴケン、と割れ鐘を転がすような接近警報が鳴りわたる。

 ガガ、ギゴケン。重厚で甲高い音色は執拗な残響を引きずり、偏頭痛持ちを死においやる。

「うわあっ。なんだ。頭に響くぅぅぅ」

 悶絶しているネルグイの足元にバラスト軌道があらわれた。







次回、肉弾剣劇戦。

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