「彼を脱出させる? しかし、一体どこへ……」
『この世界の外側さ。僕もスヴァローグも、近くまで来てくれているストリボグも、そして最後のもう一人も。僕たち四人は元々この世界の外からやってきたんだ』
傷ついたスヴァローグの光に手をかざし、その姿を見つめるヴェロボーグ。
ヴェロボーグがその指先でスヴァローグの光に触れると、先ほどまで苦しんでいたスヴァローグの光がすっ……と、穏やかな息をつく。
『君もティオも、この世界の技術レベルならもう知っているだろう? 宇宙は一つではない。この宇宙とは別の沢山の宇宙が他にもあることを』
「は、はい……ラエル艦長がそう言っていました。TWもラースタチカも、動かすためのエネルギーを別の宇宙から貰っているって……」
「俺が生まれ育った世界もそういった宇宙の一つだと思っていた。俺が脱出ボタンとしてこの世界にやってきたのも、死んだ俺を君が連れてきたからではないのか?」
『そう、そしてそんな沢山の宇宙の全てを作ったのが僕たち――――正確には、この宇宙の外側の世界で生きている人々なんだ』
ヴェロボーグはそう言うと、その手を光の中に掲げる。
それと同時に空間が割れ、無数の球体が浮かぶ漆黒の空間が現れる。
『あの球一つ一つが君たちが宇宙と呼ぶ世界だ。僕たちはこうして多くの宇宙を作り、待っていた――――僕たちの世界を救うことが出来る存在――――到達者が生まれるのを』
「君たちの世界を救う……? ならば君たちは、自分の世界を救うために無数の宇宙を作り出していたというのか? 俺の生まれた世界も、この世界も全てはそのために!?」
「もしかして……ミナトさんが行き来してるっていう他の異世界も!?」
『その通りだよ二人とも。実はすでに僕たちの世界は滅びる寸前なんだ。外の世界の時間で言えば、残された時間はあと数日しかないだろう。だから、僕たちは自分たちの世界とは時間の流れが違う仮想の世界を無数に作りだし、その世界の中で滅びを回避するための方法を模索することにした』
「そ、そうだったのか……っ! 俺たちの世界が、まさかそのような理由で生み出されていたとは……!」
「じゃあ――――この世界の皆さんはお父さんの世界にあるシステムの枠組みの中だけの存在なんですか? 僕たちの世界にもある、仮想現実みたいな……」
それはあまりにもスケールの大きすぎる話だった。
ヴェロボーグの語る宇宙の真実に、ティオは不安げな表情で尋ねる。
『大丈夫だよ、ティオ。自分で言うのもなんだけど、僕たちの技術力はそんなレベルじゃないんだ。君たちはみんな立派に自分で考え、思考し、生きている。そうでなければ、滅びを回避する可能性をゼロから生み出すなんて事は不可能だからね』
「そうなんですね…………よく分かりませんけど、ちょっとだけ安心しました!」
「なるほど……! 確かに複雑な心境だが、あまりにも規模が大きすぎてだからどうしたと言えなくもないな! はっはっはっは!」
『そう――――君たちは今も立派に生きている。だからこそ、僕はついに見つけたんだ。世界の滅びを回避する方法を――――到達者、こっちに来てくれるかな?』
「アーテナー……それは俺のことだな? 君は初めて会ったときからずっと俺のことをそう呼んでいるが……」
ティオの質問に答えたヴェロボーグは、今度はボタンゼルドを自身の元へと呼んだ。ヴェロボーグは怪訝な表情で歩み寄るボタンゼルドの手を取ると、スヴァローグの光へと共に手を重ねさせる。
『残念だけど、全てを僕の口から伝えるには時間が足りないんだ。まずはやれることをする――――スヴァローグ、聞こえるかい?』
『……あ……ああ……? ヴェロ、ボーグ……? ヴェロボーグなの……?』
ヴェロボーグによって癒やされたスヴァローグの光。
スヴァローグは目の前に立つヴェロボーグの姿に声を震わせ、輝く手を伸ばしてその手を握りしめる。
『ああ……会いたかった……! 気づいたら、いつの間にかボク一人だったんだ……! 誰も……いなくて……っ! ボク、一生懸命みんなを探して……!』
『ごめんよ、スヴァローグ……君を一人ぼっちにしてしまった。あの時、どうしても僕は行かなければならなかったんだ』
ヴェロボーグの手を握りしめ、顔のように見える光の影の部分から涙のように金色の粒子をポロポロと零すスヴァローグ。
ヴェロボーグはスヴァローグの手を強く握り返すと、輝きに満ちた瞳で頷く。
『聞いてくれスヴァローグ。僕は見つけたんだ、世界を救う方法を』
『えっ……!?』
『今からその方法を君に伝える。だから君は一足先に僕たちの世界に戻って、それを彼らに伝えて欲しいんだ』
『ほ、本当なのヴェロボーグ……? じゃあ、みんな助かるの……? お父さんも、お母さんも死なないで済むの……?』
『ああ、そうだよ。でも君も知っているとおり、彼らがこのシミュレートを終わらせてしまえば、その方法もなくなってしまう。だからスヴァローグ、君には外の世界で彼らが全ての宇宙を消すのを止めて欲しいんだ』
ボタンゼルドが見つめる前で、ヴェロボーグはスヴァローグを諭すように、しかし強い意志を持ってそう伝えた。その口調はまるで、自身の最後の願いを託しているようにボタンゼルドには見えた。
『わかったよヴェロボーグ……! 絶対にそうする……! ボクがあいつらを止めてみせる! でも――――」
ヴェロボーグの頼みを受けたスヴァローグは、先ほどまでの弱々しい声から一転。
力強い声でそう答えた。しかし――――
『でも、どうしてそれをボクに頼むの……? ヴェロボーグは一緒に行かないの……? 世界を救う方法を見つけたのなら、ボクたちは任務を立派にやり遂げたって事でしょ……!? ボクと一緒に、みんなの所に帰ろうよ……っ!』
『ありがとうスヴァローグ…………でもそれは出来ないんだ。僕はその方法を見つけるために、全ての力を使い果たしてしまった。君を脱出させること、それが僕に出来る最後のことなんだよ――――』
スヴァローグの懇願を受けたヴェロボーグは、寂しさを感じさせる横顔に笑みを浮かべ、そう呟いた――――。
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