脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

始まりの四人

公開日時: 2021年9月10日(金) 10:15
文字数:2,666


「それで――――この光がそうなのかな?」


「うわぁ……! とっても綺麗な光だね!」


 それは、遙か以前。

 この宇宙が生まれるよりも前の光景。


 どこまでも広がる漆黒の中に、一つの光が灯っていた。

 見れば、その光の周囲には四つの人の影らしきものも見える。


「我々は今からこの光を拡大し、その中に新しい世界を作る。とても重大な任務だ」


「でも他の皆も酷いよね。せめて世界を作るときのコツとか、気をつけるポイントくらいは教えてくれても良いのに。ボクたちだけで全部考えろなんてさ」


「一度この光の中に入れば、僕らでもそう簡単には出てこれないからね。逆に言えば、他の皆も自分たちの使命を途中で放り出すことなく、今も自分たちの光の中で頑張っているってことなんだと思うよ」


「その通りです……! この世界が闇に飲まれる前に、少しでも多くの輝きを灯す。それこそが私たちに与えられた使命! 必ず成し遂げましょう!」


 四つの影は目の前の光を見つめ、口々に自分たちの思いを口にする。


 やがてその光の輝きが増し、拡大を始めると、それらの影はひとつ――――またひとつと光の中に身を沈めていった。


「あ――――そういえばさ?」


「なんだい? スヴァローグ」


 だがその影が残り二つとなったとき、片方の影はもう一方の影に対して思い出したように口を開く。


「もしボクたちがどう頑張っても使命を果たせないってなった時は、どうすればここに戻ってこれるんだっけ?」


 スヴァローグと呼ばれた影はその首を傾げ、少しだけ不安そうな声でもう一方の影に尋ねる。


「ああ、それなら心配いらないよ。少し複雑な手順が必要だけど、その時は外に出るための脱出ボタンを使うんだ。それが必要だと皆で判断したら、僕の脱出ボタンを使えばすぐにここに帰ってこられる」


「そうなんだ!? 良かったぁー……せっかく素敵な世界を頑張って作っても、流石にもう二度と出られないのは嫌だったんだよね! それなら安心だねっ!」


「向こうに行ったらまた詳しく説明するよ。皆で立派に使命を果たして、揃って帰ってこれるように頑張ろう!」


「うん! わかったよヴェロボーグ! ボクも一生懸命頑張るからね!」


 闇の中に響いたその声には先ほどまでの不安そうな色は最早なく、信頼できる仲間と共に、新しい世界に旅立つことが出来る喜びと期待に満ちていた――――。



 ――――――

 ――――

 ――



「っ――――!? ティオッッ!」


「えっ!?」


『次元振捕捉――――! 敵の第二射――――来ますッ!』


 大破寸前。


 限界を超えた機体制御によって、アイオーンのエントロピー逆行による破壊の一撃を見事に撃ち返したバーバヤーガ。


 しかし、もはや満身創痍を越えて骨と皮だけという有様になったバーバヤーガのコックピットで、ティオは自身の眼前に再び迫る紫色の光芒を見た。


 油断していた。

 一世一大の大仕事をやり遂げ、邪神を討伐したと思っていた


 ボタンゼルドは未だにその光の行く末を見つめ、決して安堵せずに警戒を続けていたというのに。

 あまりにも弛緩したティオの心は、一つになっていた筈のボタンゼルドの発した警告に気づくのが遅れた。


「あ――――っ!」


「ティオ――――ッ!」


 脱出ボタンを押す猶予はなかった。

 殆ど全ての機能を停止していたバーバヤーガは、一瞬で閃光に飲み込まれた。


 バーバヤーガが稼いだ時間で退避がギリギリで間に合っていた後方のラースタチカも、圧倒的な破壊をもたらす紫色の閃光によってその右翼部分をほぼ喪失。


 邪神の放った怒りの雄叫びは、太陽系すら一瞬で飛び越え、遙か外宇宙までにもその禍々しい光を届かせた。


『あ、アアア――――ああああああッ! クソクソクソクソクソッ! 何もかもクソだッ! ふざけるなッ! こんな筈じゃなかった! こんな筈じゃああああああああッッ!』


「ば、バーバヤーガ喪失ッ! ティオ・アルバートルスとボタンゼルド・ラティスレーダーの反応――――確認できませんッ!」


「右翼大破! 当該箇所へのエネルギー供給、ブロックします!」


「やってくれるね――――! 流石は創造主なんて名乗るだけはある。見事な執念だ」


 放たれた破滅の向こう。


 その異形の姿をぐずぐずに半壊させ、全身から鮮血を思わせる赤黒い粒子を吐き出し続ける邪神――――アイオーンの姿が浮かび上がる。


 恐らく、たった今放った二発目の攻撃もギリギリだったのだろう。

 アイオーンは生物的な動作で喪失箇所を修復しようとしていたが、修復を繰り返しては、さび付いた金属のようにボロボロと風化していく。


 明らかにダメージは大きい。

 今のアイオーンからは、もはや先ほどまでの圧倒的な力は感じられない。しかし――――


『アアアアアアアアア! 許さないッ! 許さない許さない許さない! 皆してボクを虐めるんだ! ボクは今までずっと頑張ってきたのに! もう帰ったっていいじゃないか!?』


 それは絶望の叫びだった。


『一体ボクが何百億年こんな場所で頑張ってきたと思ってるッ!? 何が友達だ――――最後には誰もいなくなって、ボクを独りぼっちにしたくせにいいいいいいいいいいッッ!』


 それは、その場に居合わせた全ての存在――――たとえその言語を理解できない者が聞いたとしても手に取るようにわかる。永遠の孤独と、それを自らに押しつけた者たちへの呪詛の叫びだった。


『――――ッッッざけるなこのクソ野郎がッッッッ! 私のティオを――――! 私のティオをよくも――――ッ!』


 だがその時、傷ついたアイオーンを遙か直上から射貫く六つの眼光が輝く。

 全てを破壊することを自身の役割とする軍神――――LN.09AD_トリグラフ。


 先ほどまでのキノコ状の装備とは異なる、かつてアルコーン相手に行使した全長2000mの大砲へとその装備を換装したクラリカのトリグラフが、その砲口を傷ついたアイオーンに向けていたのだ。


『アアアアアアアアア!? まだボクに逆らう馬鹿な虫がいるじゃないか! 潰してやる、一匹残らず潰してやる! 潰してやるううううううう!』


『死ね――――! クソ野郎ッッ!』


 万全の状態で放たれるトリグラフの無限反物質縮退砲と、傷ついたアイオーンから放たれるか細い紫色の光芒。


 しかしその光景を見たラースタチカのラエルノアは、アラートの鳴り響くブリッジで自身の席から身を乗り出し、ここに来て初めて計算が狂ったとばかりにその表情を曇らせていた。


「クラリカ……本当に無茶をする――――! ラースタチカを前に! 空間湾曲フィールドを最大に! トリグラフの盾にする!」


 ラエルノアはその表情を曇らせたまま、傷ついたラースタチカを眼前で交錯する二つの光めがけて加速させるのであった――――。



 

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