「うむむ……いきなりとんでもない目にあった。クラリカよ、俺が何かしたのなら謝る。だが、なぜいきなり俺をシャトルから放り出すような真似をしたのだっ!? 俺が脱出ボタンでなければ即死だったぞ……!」
「Чёрт! このクラリカ・アルターノヴァ……人類や他の異星人……人工知能や犬猫たちがライバルになったとしてもまだ許容しましょう! ですが……! まさかどこの馬の骨ともしれぬ脱出ボタンと争うことになるなんて……ッ! ああ……なぜ、なぜなのですティオ!?」
「なぜ……って言われてもっ。僕も自分でどうしてこうなってるのかわからなくて…………」
「グギギ……確かにボタンゼルドの活躍は認めましょう……先ほどついつい謀殺に走ってしまったのも謝罪します――――しかし! しかしこれとそれとは話が別ですっ!」
クラリカによってシャトルから放り出され、遙か下方の木々へと落下したボタンゼルド。すでにラエルノアがボタンゼルドの体内に埋め込んでいた発信器のおかげで無事に回収することができたが、予定の会合には大幅に遅刻してしまった。
今は会談が行われているのと同じ建物の中の別室にラエルノア以外の三人が待機し、こうして騒いでいたのだ。
「なるほど……やはりクラリカはティオの体調のことを知り、それで俺を抹殺しようとしたというわけか……ティオ、俺にとっても君は大切な存在だ。もし良ければ俺にも君の悩みを聞かせてくれないだろうか?」
「え……っ? ええええ……っ!?」
ボタンゼルドはクラリカの物言いから納得がいったとばかりに頷くと、颯爽と自身の椅子から中央に置かれたテーブルの上へと飛び乗ると、目の前のティオを熱く燃える眼差しで見据える。
「クラリカは理由もなく他者を傷つけるような人間ではない。その彼女が俺を抹殺しようとしたと言うことは、君の悩みの原因が俺だと思ったからなのだろう。その理由を知れば、俺にも何か――――いや、俺だからこそ出来ることがあるかもしれないッ!」
「チッ! この男――――私としたことが、今まではその外見に惑わされて本質を見失っていたようですね。このグイグイくるにも関わらずあまり不快にならない謎のコミュ力! やはり相当の手練れ――――!」
「はわわ……! ボタンさん……っ。あの……えーっと……僕……っ」
突然の申し出にティオは暫く硬直して真っ赤になっていたが、はわわはわわとうめくだけでなかなか言葉を紡ぐことが出来ない。そして――――
「あの……その……ラエル艦長から……」
「うむ!? なんだ!?」
「ら、ラエル艦長から……ボタンさんとお部屋を別にするか……って……」
「Что?」
「お、おお……!? それはその通りだ……! 今まで気がつかなくて済まなかった。ならば、ラースタチカに戻ったら俺はすぐに荷物を纏めて――――」
「あ、ああああああっ!? いえ! 違うんです……! そうじゃなくて……っ! あの……!」
ティオは暫く黙った後、唐突にラエルノアから提案された部屋分けの話題を口にした。その言葉にボタンゼルドはなるほどそういうことかと納得の表情を浮かべ、クラリカは反対に怪訝な眼差しでティオを見つめた。
「こ、これからも……い、一緒に…………あう…………」
「……?」
「てぃ、ティオ……? 貴方……まさか……っ!?」
その大きな両目をぐるぐると回し、茹で蛸のようになったティオは何度も何度も声を発しようとしては留まり、発しようとしては留まった。
しかしようやくその呼吸を整えると、一つ大きな深呼吸の後、ついに一世一大の想いを告げてみせる。
「一緒に……いて欲しいんです……っ。ボタンさんが嫌じゃなければ、これからも……今まで通り……ぼ、僕の部屋に……っ」
「な、なん……だと……っ!?」
「ぐぐ……っ!?」
それは、まさにティオの記憶にある限り、史上最も発するのに時間のかかった言葉だった。
ティオは目の前に置かれたカップの中の水をぐいっと一息に飲み干すと、言ってしまったことで少し楽になったのか、未だに潤む瞳にほんの少しの決意を宿し、目の前に立つボタンゼルドを見つめた。
「ラエル艦長からボタンさんと部屋を別々にするかって言われたとき……自分でもびっくりするくらい嫌だって思って……それで、気付いたんです…………」
「あ、ああ……!? ティオ……それ以上は……っ!」
真剣な表情のままテーブルの上に仁王立つボタンゼルドに、ティオはゆっくりと、しかしもう途切れることなく言葉を紡いでいく。
「好きなんです……! 寝る前にボタンさんとお話しするのも、起きたときにすぐ横でボタンさんが大きな声で笑ってくれるのも……っ! ボタンさんと一緒にいると、とっても楽しくてっ!」
「そ、そうだったのか……!? そんなに俺との日々を楽しいと思ってくれていたのか!?」
「はいっ……僕、もうボタンさんのいない生活なんて……考えただけで……胸が苦しくて……っ」
「ティオ……!」
「ボタンさん……!」
「え、ちょ……!? なんなのですかこの流れは……!? まさか、ティオはこの期に及んでまだ自分の気持ちに気付いていないと……!?」
微妙に合っていそうで実は全く解決していない盛り上がりを見せ、ひっしと抱き合うティオとボタンゼルド。
一時は自身の恋が破れることを覚悟したクラリカも、そのティオの物言いの的外れさに驚愕の表情を浮かべ、しかしやはりこのままでは時間の問題とばかりに焦りの色を浮かべた。
「わかった――――ティオがそこまで言うのなら、俺は君の願い通りにこれからも君の部屋にいよう。しかしもし少しでも嫌だったり、俺の振る舞いが気になるようなことがあればすぐに言ってくれ。俺は女性になったことはないのでわからないが、きっと今までとは生活の勝手も違ってくるだろうからな!」
「よ、よかったぁ…………僕、もしボタンさんに断られたらどうしようって……とっても不安で……! ふつつか者ですが、どうかこれからもよろしくお願いします――――」
「ああ! これからも俺たちはずっと一緒だ! ティオ!」
そう言ってがっしとその手を握り合う二人。
そしてそれをうむむと眉間に皺を寄せて見つめるクラリカ。
まさに混沌極まるカオスすぎるその空間。
しかしその時である。
何度かのノックの音と共に、豪奢な分厚い木材で隔てられた両開きの扉が開かれ、そこからラエルノアともう一人――――大がかりな機械式のカプセルに溜められた溶液の中に浸かりながら移動する一頭のイルカがやってくる。
「やあ、待たせたね。こちらの話はひとまず終わったよ」
『こんにちは皆さん! クラリカは久しぶり! そちらの二人とは初めましてだね。私はカビーヤ・ルイーナ。皆から太陽系連合総長を任されてるイルカ類だよ!』
「イルカ……!? イルカさんが喋っているっ! しかも太陽系連合の総長だと!?」
「す、すごく偉い人じゃないですかっ!?」
「あら……これはわざわざですねカビーヤ様。貴方がここにいらしたということは、どうやら本題は私たちにも大いに関係がある――――そういうことですね?」
『そういうこと! でもまずはお礼を言わせて! 私たち太陽系に住むみんなを守ってくれてありがとう! これからよろしくね!』
三人の前にやってきたイルカ――――太陽系連合総長のカビーヤは電子的に合成されたかわいらしい声でけらけらと笑うと、人間の目から見ても楽しげな笑みをそのイルカ顔に浮かべ、にっこりと頷いた。
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