『TW隊全機、亜空間潜行開始しました!』
『よーし、いいだろう! ボール隊、一斉突撃! 空間偏向阻害ビット散布! 侵略者共を丸裸にしてやれっ!』
土星公転軌道上に設定された太陽系絶対防衛圏。
太陽系統合軍旗艦――USS.インドラのブリッジから、総指揮官である大提督ルシャナの勇ましい声が轟く。
ついにその姿を現したグノーシス本隊の猛攻により、太陽系最外縁のヘリオボーズから後退を余儀なくされた太陽系統合軍は、土星圏を中心として戦力を再編。
平時には五つの植民恒星系を守っている各星系の防衛軍ともこのエリアで合流すると、ラエルノアから送られたグノーシスの機動兵器への対抗策を元に軍備を再建。
対グノーシスに完全に特化された、一点突破の特攻軍として再集結を果たしていた。
『いいか! 敵の火力はその全てが恒星破壊可能級であると考えられる。艦隊は可能な限り散開陣形! 及び半亜空間潜行状態で待機! 各艦ごとの連携、救援はあてにするな! 当艦が沈んだ場合、手筈通り二番、三番と指揮を引き継ぎ戦闘を継続せよッ!』
『ブクブクブク……こちらイルカボール隊。まずは僕らが敵の空間湾曲シールドを無力化するよ。みんなは空間湾曲係数の減少を確認したら、集中砲火で一気に敵を沈めてね……ブクブクブク』
ラエルノアから太陽系統合軍に送られたグノーシスの情報は多岐に及んだ。
グノーシスは本隊とは別に、支配下の知的生命体を乗せて戦わせる先遣隊が存在する。ラースタチカも当初交戦した、漆黒の正体不明艦隊がそれだ。
ラースタチカが戦った漆黒の艦隊には、その惑星に元々住んでいた水の民が無理矢理に押し込められ、戦わされていた。
しかしこの先遣隊の技術レベルは然程でもない。
太陽系連合は愚か、数だけが取り柄のオーク艦隊ですら撃退することが出来る。
問題は、その後に控えるグノーシスの本隊だ。
ラースタチカが交戦した灰褐色の人型機動兵器一機ですら、星をも砕くルミナス人であるユーリーの攻撃をたやすく防ぎきり、太陽系連合ではミナトしか扱えないクルースニクの近距離無制限ワープを事も無げに再現してみせた。
近接戦闘用に振るった両腕のエネルギーソードは目の前だけでなく遙か後方の星ごと切り裂き、胸部の結晶体から放つ正体不明のエネルギー砲は、ラースタチカが観測しただけでも三光年先までその痕跡が届いていた。
まともに何の対策もなく正面から挑めば、おそらく太陽系統合軍はこのグノーシスの人型機動兵器一機にすら勝つことは出来ない。
故に、ラエルノアはすでにグノーシスと戦う策と術を太陽系に送っている。
『ブクブクブク……こちらイルカボール隊。空間偏向阻害ビット散布完了――このまま離脱するです……ブクブクブク』
すでに土星の目と鼻の先まで迫るグノーシスの本隊。
全長数万キロメートル。背後に控える土星の半分ほどの巨大さを誇るグノーシスの超巨大戦艦と、その周囲を飛ぶ数百機にも及ぶ灰褐色の人型機動兵器。
果敢にもその目と鼻の先まで突撃した数千にも及ぶボール隊から、グノーシスを守るシールドである空間湾曲を阻害するための装置が次々と投下される。
それに対するグノーシス側の動きはなし。
それは、矮小なボール隊など取るに足らない存在とでも思っているかのようだった。しかし――――!
『良くやった! 続けて全艦、反物質荷電粒子砲、一斉射撃! 目くら撃ちでかまわんっ! 第一射完了後、TW全機は通常空間へ浮上! 畳みかけるッ!』
広大な宇宙空間に点々と離れて布陣した太陽系統合軍の戦艦から、一斉に膨大なエネルギーの渦が撃ち放たれる。
まさしく360度、全方位から放たれた太陽系艦隊の無数の艦砲射撃。
それは狙い通り次々とグノーシスの機体へと着弾。撃破までは至らぬまでも、大きく陣形を乱すことに成功する。そして!
『TW全機浮上! 各機、最大火力をぶちかませ!』
戦艦からの砲撃が止むと同時。
豪炎の渦に飲まれるグノーシス艦隊の周辺の空間から、様々な形状と装備を備えた巨大な人型――――数千機にも及ぶTWが同時に出現する。
未だ態勢の整わぬグノーシスの機体めがけ、巨大な剣や斧で斬りかかる機体が。
徒手空拳でその拳を燃え上がらせ、気合いと共に殴りかかる機体が。
はたまたその手に持った多数の重火器を連射する機体が。
同じ攻撃を行う機体は一機としていない。
その全てが搭乗するパイロット専用に設計された専用機体。
人類がはるか銀河の果てまで到達する上で手に入れた武力の結晶――――巨人の武器が、次々と太陽系に迫る脅威めがけて襲いかかる。
しかしグノーシス側も黙っていたのはここまで。
グノーシスが誇る灰褐色の悪魔たちはその眼光を赤く光らせると、背中に伸びる八条の翼を次々と展開。赤黒いエネルギーの粒子を解き放つと、愚かにも刃向かう羽虫へとその猛威を振るった。
乱戦が始まる。
下手に集まれば、グノーシスの凄まじい火力によって一網打尽にされかねない。
ボール隊も、TW隊も、インドラのような戦闘母艦も、その全てが単機特攻。
隊列も陣形も何もない。ただ目の前の敵を滅ぼすために全ての武器を撃ち尽くす絶対防衛圏の攻防が、土星を背にした広大な宇宙で幕を開けた――――。
――――――
――――
――
『キア――――ヴェロボーグを傷つけたりはしてない? 大丈夫かな?』
「はい……我らが神よ。ご意向通り、ヴェロボーグの肉体には傷一つつけぬよう、全ての我々に下知しています――――」
紫色と赤と黒。
三つの色が混ざり合う異様な影の中で、二つの声が響いていた。
一方の声は、人に良く似た青い肌を持つ、素肌のラインが浮き出る漆黒のスーツを身につけた女性から発せられていた。
キアと呼ばれたその女性は、目の前で揺らめくぼんやりとした紫色の影に向かって恭しく頭を下げ、もう一つの声の主に臣従の意を示している。
『良かったぁ――――ずっと行方がわからなかったから心配していたんだよ。早く会って、またお話したいなぁ――――』
「はい……我々は全て、我らが神のお言葉のままに従います。囚われたヴェロボーグを救い出し、我らが神の元にお連れします――――」
『うん、お願いね――――キア。きっと彼はとても疲れているだろうから、もし見つけたら、おいしい物をいっぱい食べさせてあげてね』
「はい……我らが神の仰せのままに……」
その言葉を最後に、紫色の声の気配がその場から消える。
キアは表情一つ変えずにゆっくりと立ち上がると、きびすを返して自身の背後へと目を向ける。
「我らが神の願い――――必ず叶えて見せます」
キアの目線の先。
大きく開けたその先には、薄いベージュ色に輝く土星と、今も果敢に立ち向かい続ける小さな――――とても小さな太陽系艦隊の姿が映っているのであった――――。
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