「ふむ……この宙域の空間湾曲率は30%以下。どうやら統合軍は私の指示通りとても頑張ったようだね。これなら仕事は随分と楽そうだ。頼んだよ、みんな」
ラースタチカを中心として、数万を超える光の粒が次々とその場に現れる。
その戦列の中心を担うのは、純白と金の輝きを灯した大小様々な壮麗な宮殿の群れ。
その宮殿は大気のない過酷な宇宙空間にも関わらず美しい樹木が生い茂り、力強い大樹と太く逞しい木の根によって形作られていた。
『畏まりました、星辰の姫――――ですが、我らエルフとオーク共を同じ戦列に並ばせるとは、相変わらず酷な事をされる』
その大樹の宮殿の主こそ、ミアス・リューンのエルフ。
天の川銀河の守護者にして、命と共に宇宙を渡る光の軍団。
『ヘッヘッヘ……心配することはない! 久方ぶりに人類のために戦えるのだ。他の皆も張り切っている!』
『もう俺たちが守ってやる必要もないかと思っていたが、まさか次の相手がグノーシスとはな。つくづく、人類とは厄介な者共に目をつけられるものだ』
そしてその宮殿の隙間を縫うようにして飛翔する、光り輝く巨人の影。
その銀色を基調とした滑らかな体に、青や赤、緑といった様々な色柄のラインを宿した光の巨人。
かつて――――エルフが太陽系にやってくるよりも遙か以前から、地球を襲う様々な脅威を人類と共に撃退し続けた旧き友。ルミナス・エンパイアの宇宙警備隊である。
『ギャギャギャ! いいかテメェら! 姐さんに助けてもらった恩は死んでも返せぇ! 安心しろぉ! テメェらが死んでも幾らでも代わりはいるんだよぉ!』
そしてさらにその周辺領域に隊列も何もあったものではなく、次々と無秩序に現れるデコボコとした緑色の装甲を持つ大艦隊。
グノーシスの機動兵器に追われ、ラースタチカによって助けられたマージオークの艦隊――――ゲッシュB911。
彼らもまた急造ではあるがラエルノアからグノーシスに対抗する装備を与えられ、義理堅くこの決戦の地に従軍していた。
『ひ、姫様ぁっ!? ラースタチカの太陽圏帰還までは、まだ一日あるのでは!?』
『やあルシャナ、久しぶりだね。少し老けたかい? 私がまだまだ帰ってこないと思い込んでいれば、君たちはなりふり構わずに頑張るだろう? だから敢えて遅めに伝えておいたのさ』
『なん……っ!? あ……悪魔……っ! やはり、悪魔……!』
『アーハハハハッ! ちゃんと私の想定通り、死ぬ気で頑張ったようじゃないか? だからここからは君たちにもご褒美をあげるよ。死を間際にした絶望から救済される、安堵の喜びをね……!』
ラースタチカのブリッジ。白衣をたなびかせて高笑いするラエルノアが周囲の軍勢に一斉攻撃の指示を出す。
ラエルノアの指示を受けた三文明混合の大艦隊は一気に加速すると、次々と眼下のグノーシス艦隊めがけて無数の破壊エネルギーを撃ち放つ。
太陽系統合軍との戦いで空間湾曲シールドを失ていたグノーシス艦隊は、それらの攻撃を豪雨のように浴びせかけられ、次々と閃光の渦に飲まれていく。
しかしグノーシスもその攻撃にただやられているだけではない。
超巨大戦艦の周囲から次々と人型のグノーシス機が現れ、上方に現れたエルフ艦隊めがけ一斉に飛翔する。
『いいか! グノーシスのあの人型の機体――――我らルミナスはあれをアルコーンと呼んでいる。アルコーンの装甲は自己再生する! 一機一機、集中砲火で確実に沈めろ!』
『はい! 大隊長!』
燃えるような赤い髪に、巨大な二つの角を生やしたルミナス警備隊の指揮官が一斉に指示を出す。
グノーシスの悪魔型機体――――アルコーンはその背に生える八条の翼を大きく展開させ、急接近する光の巨人やエルフの艦隊めがけて赤黒いエネルギー弾――――ここまでの戦いで太陽系連合に致命的な損害を与えた、マイクロブラックホールの弾丸を浴びせかける。しかし――――!
『魔女の大釜、起動しますっ! 空間湾曲蒐集フィールド、フルロード!』
それらアルコーンの放った超重力の弾丸は、その全てが蜘蛛の巣に絡め取られたようにその動きを阻害され、ある一点めがけてあらぬ方向へと軌道をねじ曲げられる。
その先で待ち構えているのは、禍々しい継ぎ接ぎだらけの装甲板を大きく開き、機体中央の水晶体を輝かせる機械仕掛けの魔女――――バーバヤーガ。
『はっはっは! 今回は俺たちも――――!』
『――――最初から二人で一つですっ! 行きましょう、ボタンさんっ!』
バーバヤーガのコックピット内部。すでにボタンゼルドとその精神を一体化させ、深く繋がりあったティオが見違えるような動作で左右のレバーを巧みに操作。
そしてそれと同時に、前方にずらりと並んだトグルスイッチを違えることなく次々とオンに切り替えると、バーバヤーガが吸収したアルコーンのマイクロブラックホールを、そのままグノーシス艦隊めがけて跳ね返して見せたのだ。
『お見事ですよティオっ! 少し見ない間に本当に立派になって……! これは私も負けていられませんねぇ!』
『よっしゃああああ! この前はやられちまったけど、今回はそうはいかねぇぞ!』
『にゃははは! なんかこうしてみんなが揃うのも久しぶりかもー! ねえねえ、誰が一番多くグノーシスを血祭りに上げるか競争しないー?』
バーバヤーガによって反射されたブラックホールの弾丸を受け、さらに大きな損害を出すグノーシス艦隊。
それらの光景をみやりながら、バーバヤーガの周囲に現れる純白のマントを纏った二刀の騎士――――ミナトの乗るクルースニク。
そして三つの頭部を持ち、今回は巨大な大砲ではなくまるで育ちすぎたキノコのような傘を背負って現れたクラリカのトリグラフ。
更には、まるで大層愉快な遊び相手を見つけたとばかりににっこりと微笑むユーリーもまた、その戦場に姿を現したのだ。
『いいかいみんな、グノーシスの戦力は私にもまだ全貌を掴めていない。たとえ優勢であるように見えても、一発の戦略兵器で全てが無に帰すこともある』
先ほどまでの冷徹な声とは違う、信頼する仲間を気遣うような声色のラエルノアの通信がティオたちの元に届く。
『おそらく、この戦いの鍵はティオ――――君の乗るバーバヤーガにかかっている。君はできる限りリソースを温存し、万が一の事態に備えるように』
「はい――――! 了解です、ラエル艦長!」
「任せてくれラエル! ティオも皆も――――そして君も! 俺たちが必ず守り抜いてみせるっ!」
『フフ……期待しているよ、二人とも』
無数の閃光が華開く戦場。
通信の向こうで微笑むラエルノアの言葉を聞いたティオとボタンゼルドは、互いにその心の中で力強く頷き合うと、戦場に立つ仲間たちと共に、破滅の輝きの中にバーバヤーガを飛翔させた――――。
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