太陽系連合総本部。
それは現在かつてのエジプトの首都であったカイロに置かれている。
エルフのテクノロジーを元にした神秘自然科学技術によってかつてのサハラ砂漠は緑化が進み、その生態系はボタンゼルドのいた世界のアフリカとは大きく異なっている。
そして、異なっているのは自然環境だけではない。
この地球に住む人々の人口構成。それもまた、ボタンゼルドの世界とは全く異なる形になっていた。
現在の太陽系連合出身の人類は、そのほぼ全ての人類が多かれ少なかれ遺伝子操作を受けて生まれてくる。
だがそれら人類の遺伝子操作とは別に、人類はエルフと遭遇する遙か以前から人類以外の動物の遺伝子操作に積極的に取り組んでいた。
そしてその結果こそ、ラースタチカに乗り込むミケを初めとしたボール隊の面々であり、たった今ボタンゼルドの前に現れた太陽系連合総長を務めるイルカ類――――カビーヤ・ルイーナだった。
『君がティオ・アルバートルスだね? お父様のことは聞いてるよ。あまりにも膨大な情報量で理解が追いついていないんだけど、とても辛い時期に色々聞いてしまってごめんね』
「は、はいっ! 初めまして、ティオと言います。お心遣いありがとうございます」
『君やお父様の話は私だけじゃなくて、エルフやルミナスの皆もとっても驚いてた。あははっ、あのすまし顔のアーレンダルもガタガタ震えててね――――ああ、アーレンダルっていうのはミアス・リューンのエルフで、一緒に戦ってくれた艦隊の将軍だよ』
「今回の一件で、彼らの考えていたヴェロボーグに対しての推論は全て否定された形になったからね。まさか自分たちエルフが全く見当外れな研究をしていたなんて、認められることじゃないのだろうさ」
別室の椅子に腰掛けた面々の前、なみなみと注がれた溶液の中でケラケラと笑うカビーヤ。
カビーヤは太陽系連合初の人類以外の知的生物による連合総長であり、今年で十二年もの長きにわたり総長を勤め上げてきた歴戦のイルカ類である。
「それを言うなら、私たちからも色々と聞きたいことは山ほどあります。ですがまずは今後の太陽系連合はどのように動くのか。そこを教えて頂きたいですね」
『うんうん。そこはまだ確定はしてないんだけど、今の感じだと半年くらいで艦隊を再建した後、ヴェロボーグが示した宇宙の始まりの場所にラースタチカを旗艦にした艦隊で調査に向かって貰うことになると思う!』
「おおおお! それは良かった……! 俺のいた世界であれば、このような事態となればここぞとばかりに大戦争が勃発しそうなものだが……」
「起きるさ。ヴェロボーグの力を巡る思惑はエルフどころかルミナスですら一枚岩じゃない。創造主の残した最後の遺産とも言えるティオやボタン君の存在が完全に明るみに出れば、いつかは必ず争いが起きる」
「でしょうね……ですがその物言いからすると、今のところは上手くやったのですね?」
「まあね。当然だけどヴェロボーグにティオという子供が存在することも、ボタン君の存在もどっちも伏せて説明している。この二つを知っているのは信頼できる極一部の要人だけさ」
ラエルノアは真剣な表情で頷くと、そのまま会談で開示した情報について順を追って説明した。
一つ、この宇宙の外側にはより大きな世界があり、この宇宙はその世界の文明が生み出したシミュレーション宇宙であること。
一つ、外側の宇宙はすでに滅びに瀕しており、この宇宙とは時間の流れが違うものの、もはや滅亡まで一刻の猶予もないこと。
一つ、ヴェロボーグを初めとした創造主はその滅びを回避する方法を模索するために、数多くの宇宙文明を創造していたこと。
一つ、その滅びを回避する方法こそがボタンゼルドであり、ボタンゼルドを宇宙の始まりの地に存在するシステムと接続して使用することで、この宇宙も、外側の宇宙も、迫り来る滅亡を回避することが可能であること。
「どれもこれもあまりにも唐突で突拍子もない話だけど、会談に参加してくれたもう一人のおかげで、予想以上にすんなり話が纏まったよ」
「むむ!? もう一人とは?」
『――――私だ、到達者』
ラエルノアの話の最後。会談に参加したもう一人の存在を尋ねたボタンゼルドの耳に、聞き覚えのある機会音声が届く。
何もない空間にぼんやりとした人影が浮かび上がり、やがてそれははっきりとした機械的な体を持つ存在を映し出した。
「ストリボグ殿っ!?」
『そうだ、到達者よ。私が今は亡きヴェロボーグに代わり、各世代の代表に対してヴェロボーグの意思と我々の活動の目的を伝えたのだ』
「これはこれは、初めましてストリボグさん。私はクラリカ・アルターノヴァ。以後お見知りおきを……」
「ストリボグには主にヴェロボーグたちの活動目的や、外の宇宙がどうなっているかを説明して貰った。エルフやルミナスにとってはストリボグも生ける創造主だからね、異論なんて挟めるはずがない」
『しかし私は最も早くにヴェロボーグの元を離れてしまった。全ての力を注いで生み出した第三世代が停滞し、文明創造という行為に熱意を見いだせなくなってしまったのだ』
現れたストリボグは、その当時の判断を悔やむようにランプの灯った目を明滅させる。
『ストリボグさんはとってもいろんな事を教えてくれたんだ。けどね、実はストリボグさんも知らないとーーっても重要なことを、私たちに教えてくれた人がもう一人いるんだ!』
『私は過去の我々の行動を教えることはできるが、現状の世界についての知識は希薄だ。そこで、彼女に力を借りた――――どうだ、動けるか?』
『はい――――我らが神の、そのご友人様――――』
ホログラフ画像の向こう側。ストリボグは自身の空間を映し出す範囲を拡張すると、その画面の中に青い肌を持つ一人の少女を招き入れる。
「むむ、君は……どこかで……?」
「彼女の名前はキア――――ボタン君も覚えているだろう? スヴァローグが生み出していた、ただ一人のグノーシス人だよ」
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