青空が広がっていた。
どこまでも広がる青空と、緑色の草木に覆われた大地。
澄み渡る大気の中を、涼やかな風が地平線の彼方まで駆け抜けていく。
「うん、とても良い星だ。きっとここなら、皆も立派に生きていくことができる。もちろん、僕たちもね」
「パパ……僕たち、この星で暮らすの?」
手を握っていた。
温かく大きな父の手を。
見上げた視線の先。
長く伸ばした亜麻色の髪から覗く父の瞳は、どこまでも優しかった。
「そうだよ、ティオ。僕たちの長い長い旅も、ようやくここで一段落さ。きっともう、僕たちも自由になって良い頃だろうから」
「わぁ……じゃあ、これからはずっとパパと一緒に遊べるの?」
「はは。そうだね、時間ならいくらでもある。ここに最後の種を蒔いたら、後は二人で楽しく暮らそう」
その父の言葉に、ティオと呼ばれた幼い子供は満面の笑みを浮かべると、しっかりと繋がれた父の手を優しく握り返した――――。
(これは――――ティオの記憶か?)
ボタンゼルドは、その視界の向こうに自分の物では無い記憶を見ていた。
間違いない、それは先ほどボタンゼルドとその心を通わせた少年の記憶。
ティオがボタンゼルドの血塗られた闇と、人の器を超えた時空すら超越する認知を見たように。ボタンゼルドもまた、ティオの心の奥底に眠る記憶を垣間見ていた。
そして――――
「この子を頼むよ、到達者――――どうか、守ってやって欲しい」
最後の瞬間。その光景を見つめるボタンゼルドと父親の視線が交わる。
宇宙の深淵を思わせるその瞳に吸い込まれるようにして、ボタンゼルドの意識は再び遠く離れた場所へと帰還した――――。
――――――
――――
――
「ティオっ!? 戻ってきたんですねっ!」
「はわっ…………クラリカ、さん…………?」
「む……? ここは……ラースタチカの……どこだ!?」
不思議な浮遊感に包まれて閃光を抜けた先。
純白の壁面が並ぶラースタチカ艦内のどこかへと帰還したティオとボタンゼルドに、切羽詰まった様子の銀髪の少女が駆け寄ってくる。
「良かった……! ラエルから貴方はあの状況からでも脱出できると聞いていたのですが……正直半信半疑だったのです……っ」
「そ、そうだったんですね……心配させてすみませんでした。実は、こちらのボタンさんのおかげで……」
「おお……! 君は初めましてだな! 俺の名はボタンゼルド・ラティスレーダー! 現在は脱出ボタンをやっている!」
「なるほど……? 貴方がティオを助けてくれたというのなら、私も御礼を言わないわけにはいきませんね。私はクラリカ・アルターノヴァ。太陽系連合を構成する首長国の一つ、木星帝国の第三皇女です」
腰まである長い銀髪と同色の薄い瞳に、蒼いフレームの眼鏡をかけた特殊なドレス姿の少女――――クラリカはそう言って、ティオの手の中に座るボタンゼルドに感謝を伝える。
「私が不在の間、ティオを助けて下さったことに心からの感謝を――――」
「そう畏まらないでくれ! 失念していたが、君は先ほどの戦いで最後に現れたロボットのパイロットだろう? こちらこそ、あの化け物を倒してくれてありがとうっ!」
「クラリカさんはあのTW――――トリグラフのパイロットで、ボタンさんともまた違う感じの広い視野と亜空間認識能力を持っているそうなんです。どんなに遠くにいる目標も、ぴったりに当てちゃうんですよっ」
「まーまーまーその通りですねぇ! お二人がここへ跳んでくるのも私には見えていましたのでっ! その私がラースタチカに帰還したからには、もう何人にもティオを傷つけさせたりはしませんよっ!」
久しぶりに再会したクラリカに、純粋すぎる尊敬の眼差しを向けるティオ。
そんなティオに見つめられたクラリカもまんざらでは無いどころか大はしゃぎで両腕を振り回すと、最後にはふんす鼻息も荒く胸を張り、その場でドヤ仁王立ちのコンボを決めてみせる。
「ああ、いたいた。こうして脱出した後にいちいち探さないといけないのは結構手間だね。まだまだ改良の余地がありそうだ」
「ラエル艦長っ! あの……ミナトさんとユーリーさんは!?」
「心配ないよ。ミナトはあのまま勝手に異世界に転移したし、ユーリーもラースタチカで手当を受けてる」
「そうでしたか……良かったぁ……」
そしてそんな三人の元に、ツカツカと金属質の床を踏みならしてラエルノアが現れる。ラースタチカ内部は先ほどの戦闘状態から未だにざわついていたが、すでに彼女の仕事は終わったらしい。
「お疲れ様だったなラエル! こちらもバッチリだったぞ! ちゃんと俺もティオと一緒に脱出できた!」
「お疲れ様ボタン君。正直、君の脱出に関しては上手く行く確信はなかったんだけど、無事で良かったよ」
「俺が脱出出来るかはギャンブルだったのか!? な、なんと恐ろしい……!」
「ますますもって興味深いね……それにこうして二人で戻ってきた以上、より戦略的な脱出の利用方法も考えられそうだ。ククク……ッ!」
ラエルノアはボタンゼルドを抱きしめて座るティオの前にかがみ込むと、ふーむふむと興味深そうにその滑らかなボタンゼルドの頭部を人差し指でさすり、平然とそう言ってのけた。
「またそんな暢気なことを仰って……貴方はこれからオーク共やあの不明艦隊と交渉の席につくのでしょう? たった今潰したグノーシスとやらについても、確認しなくてはいけないのでは?」
「もちろんそうだね。でも交渉ごとはともかく、実はグノーシスについては大体の当たりはついてるんだ。まあ、暫くしたら君たちにも召集をかけるから、それまではゆっくり休んでいてくれたまえよ――――」
相変わらずマッドな様子のラエルノアに、クラリカは呆れるように首を傾げる。
言われたラエルノアも肩をすくめて立ち上がると、なにか考えがあるかのように不敵な笑みを浮かべた――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!