眩い光の中、スヴァローグの影がふわりと浮かび上がる。
ヴェロボーグとボタンゼルドは、共に携えた手を天へと掲げた。
『待って……! どういうことなのヴェロボーグ!? 最後って……君も後から出てくるんだよね!?』
『後のことは頼んだよスヴァローグ。本当の君は、僕ら四人の中でも一番賢くて優しい心を持っている。どうか、僕の子供であるティオと、全ての世界を導いてやってくれ』
『そんな……! ボクは駄目だった……独りぼっちになってから、ずっとボクは間違ってたんだっ! 一人じゃ……ボクは……っ!』
光の粒をその瞳から零し、ヴェロボーグに向かって手を伸ばすスヴァローグ。
ヴェロボーグは彼を安心させるように微笑み、最後にその伸ばされた手に少しだけ触れた。
『大丈夫、僕はいつだって君の傍にいる。全てが終わったら、また会おう』
『ヴェロボーグ……っ! ヴェロボー……』
『スキルリリース――――絶対脱出』
瞬間、スヴァローグの声は光の中に消えた。
どこへともしれぬ天の果てに一筋の光芒が昇り、後にはボタンゼルドとティオ。そして徐々にその体の輪郭をおぼろにするヴェロボーグだけが残された。
「お、お父さん……っ! 今の話……それに……お父さんの体が透けて……っ!」
『今言ったとおりだよ、ティオ。僕は肉体を失った到達者――――ボタンゼルド・ラティスレーダーの情報を保存し、遠く離れたこの宇宙で僕の作り出した脱出ボタンに融合させた――――僕に残された全ての力を使ってね』
「やはり、死んだはずの俺を救ってくれたのは君だったのだな……しかし、なぜそこまでして俺を……? 教えてくれ、俺はこれから一体何をすれば良い?」
薄れていく自身の肉体をやれやれとため息交じりに見つめたヴェロボーグは、自身に詰め寄るティオの肩をそっと抱き、目の前に立つボタンゼルドの瞳をまっすぐに見つめた。
『僕が導き出した破滅から逃れる方法――――それは、超強力な脱出ボタンを使ってこの世界の全ての皆を連れて新しい世界に脱出すること。でもそのためには、ただの脱出ボタンじゃ出力も認知も、影響範囲も全然足りない――――だから、君の力が必要だったんだ』
「つまり……君の言う超強力な脱出ボタンこそが……俺だと……!?」
『その通りだよ、到達者。君はシミュレーション宇宙の制限を破壊し、どんな高性能なシステムでも出現を予測できなかったシステムの特異点だ。しかも恐るべき事に、君の持つ時空すら越える認知は今も増大を続けている』
「ボタンさんが、世界を救う脱出ボタンだったなんて……」
ヴェロボーグは言いながら、再び虚空に手を伸ばす。
そこには無数の球状世界が浮かび上がり、ヴェロボーグが見た様々な光景が流れるように目の前に映し出されていく。
『僕が沢山の宇宙を旅して回っていたのも……君のようなシミュレーションの中に生まれるバグを見つけるためだった――――僕は最初、今も君たちと一緒にいるミナト・スメラギこそがそうかと思い、この宇宙に彼を呼んだ。だけど、彼ほどの存在でもまだ脱出するには足りなかった――――本当に、大変だったよ』
「そうだったのか…………ならば、すぐに世界を救う方法を俺に教えてくれ! もとより俺はあの戦場で死んでいたはずの男だ。俺の力が人々のために役立つのならば、どんなことでもさせてもらうっ!」
『ありがとう……ここまで何も話せなくてごめんよ。見ての通り……大分くたびれてしまっていて――――』
「お、お父さん……体が……っ。なにか……何かお父さんを治す方法はないんですか……っ!?」
ティオの肩を優しく抱き留めていたヴェロボーグの体勢がふらりと崩れる。
ティオは必死にそんな父を支えようとしたが、すでにおぼろとなったヴェロボーグの体からは、殆ど重みを感じることができなかった――――。
『っ――――いいかい、到達者。宇宙の始まりの場所に向かうんだ。そこには、僕たちが元の世界に帰るために用意された脱出ボタンを填めるソケットがある。今の君がそこで脱出の力を使えば――――外の世界もこの世界も、他の宇宙も――――全てを救うことが出来る』
「始まりの場所……わかった、やってみよう」
『その……場所は、ストリボグが知っている。後は彼に――――外の事はスヴァローグがきっと――――っ』
「お父さん……っ! しっかりして下さいっ! お父さん……っ!」
もはやその身を維持することもかなわず、急速に力を失っていくヴェロボーグ。
ティオはまだ自分の記憶を完全に思い出した訳ではなかったが、それでもようやく再会した父の命が尽き果てようとしていることは、手に取るように分かった。
『心配、することはないよ……ティオ。さっきもスヴァローグに言った通り……僕は消えても、僕の残した情報はずっとこの宇宙に残り続ける。ティオ……君のことだよ……』
「お父、さん……っ」
『ボタンゼルド君……お願いばかりで申し訳ないのだけど、最後に父親として――――ティオのことを君に任せたい。どうか、引き受けてくれないだろうか……』
「ああ……! 言われなくてもそのつもりだ。ティオのことは俺が必ず守り抜く!」
もはやほとんどその姿も見えぬまで希薄化したヴェロボーグに、ボタンゼルドは確かな想いを込めて頷いた。
『ここで伝えきれなかった、ことは……データを残してある。後はストリボグに……』
「お父さんっ!」
「ヴェロボーグっ!」
二人の叫びが響く中、ヴェロボーグの姿はついに完全に消え去り、僅かな風の流れと共に、光の粒がまるて綿毛のようにあたりに弱々しく霧散する。
『ティオ…………どうか、ここからは君の心の思うままに…………君はもう、自由だ…………』
「お父さん……っ! お父、さん…………っ。う、うぅ……ううう…………っ!」
まるで蛍の光のように儚く消えていく光。
そしてそれと同時。あたりの眩い光も薄れ、いつしか周囲の光景は薄暗いバーバヤーガのコックピットへと戻っていた。
ようやく再会できたはずのただ一人の家族を失い、悲しみの涙を流すティオ。
いつの間にか普段通りの小さなボタンの姿に戻っていたボタンゼルドは、その伸び縮みする腕をティオの背に回し、いつまでも寄り添っていたのであった――――。
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