火星近傍での戦いは激化の一途を辿っていた。
しかし三文明混合艦隊の介入を受けたグノーシスにそれまでの勢いはない。
『動けるTWは被弾した友軍の援護に回れ! ボール隊は変わらず空間湾曲阻害ビット散布! 下手に首を突っ込んでつまらない死に方をするんじゃないぞッ!』
戦場全体を俯瞰できる後方から統合軍の残存戦力に指示を飛ばすルシャナ。
三百年前にエルフからの技術供与を受け、飛躍的にその技術力を伸ばした太陽系連合。しかしそれでも、オークはともかくエルフやルミナスと比べた際の軍事力には大人と子供以上の開きがある。
(そりゃ口惜しいがね――――けどこんなところで下手な見栄張ったって死ぬだけさ。決して滅びないこと。今はそれが最優先だよ!)
ルシャナは内心にわき上がる不甲斐なさを噛み殺しながら、これ以上自軍の被害を拡大させないよう、可能な範囲での三文明混合艦隊の支援を指揮する。
だがしかし、同じ太陽系所属の機体でありながら、他を圧倒する動きを見せる者もいる。それは――――
『反物質爆縮放射砲、斉射三連! 主砲の射撃完了後、ミサイル一斉射!』
『十時方向に急接近するアルコーン確認! 対空回せ! 近づかれるぞ!』
『左翼RCSに被弾! 重力相殺フィールド稼働! 損傷は軽微です!』
戦場の中央を切り裂くようにして飛翔するラースタチカ。
ラエルノアの前方。半円状に用意された各座席から、ダランドを初めとしたクルーの声が連続して響く。
ラースタチカに搭載された、星すら貫通する32門の主砲から次々と青白い破壊エネルギーが撃ち放たれ、船体に備えられた2800基もの対空砲が弾幕を展開する。
『まだまだまだッ! 私の怒りは――――この程度で終わりはしませんよっ!』
そこにラースタチカに随伴するトリグラフの火力が重なる。
トリグラフが持つ全てを睥睨する三顔の眼光が緑色に輝き、クラリカの的確な操縦によって指揮者のように四本の腕が振るわれるたび、強烈な破壊の渦が周囲に巻き起こる。
『旧世代が――――頭に乗るなッ!』
しかしその弾幕の雨を、半ば強引に一体のアルコーンが突破してくる。
ラースタチカの対空砲で傷ついたアルコーンの装甲がみるみる内に再生され、その背中の翼から赤黒い粒子を放ってトリグラフに迫る。
『クラリカさんには――――っ!』
『――――指一本触れさせんッ!』
だが、アルコーンの持つエネルギーブレードがトリグラフに到達することはなかった。トリグラフを押しのけるようにして突入したバーバヤーガが、その両手のかぎ爪から光刃を伸ばし、アルコーンの攻撃を防いでいたのだ。
『っ! ティオっ!?』
『碌な武器も持たぬ案山子が、我らグノーシスの邪魔をするか――――!』
見るからに脆弱なバーバヤーガのかぎ爪。
しかしそのような貧弱な武装に自身の攻撃を受け止められたアルコーンは、激昂の叫びを上げてバーバヤーガを切り裂きにかかる。しかし――――!
『やります! ボタンさんッ!」
『うむっ! 合わせるぞ!』
バーバヤーガ内部、コックピットでボタンゼルドとリンクしたティオが、一切の迷いなくレバーを引き絞ると同時にフットペダル踏み込む。バーバヤーガの持つ強力な推進力がアルコーンの巨体を押し返し、加速するラースタチカの船上にぐるりと半回転して押し倒す。
『ぐっ! 旧世代ごときが――――!』
『遅いッ!』
自身の無様に怒りを見せるアルコーン。
だがその時にはすでにバーバヤーガは動いていた。
バーバヤーガは両手のかぎ爪をアルコーンの両肩に貫通させると、そのまま全身のスラスターを全開にして急上昇。
ラースタチカから僅かに距離をとった上でかぎ爪の光刃を引き抜き、ぐるりとその場で一回転して自身が装備する巨大な脚部パーツをそのままアルコーンに叩き付けたのだ。
『がああああっ!? おのれぇ! この程度の攻撃で我らが神の肉体が傷を受けるわけが――――っ!』
それが――――そのアルコーンに乗るグノーシス人の最後の言葉だった。
瞬間、バーバヤーガの回し蹴りによって弾かれたアルコーンを、ラースタチカから放たれた反物質爆縮放射砲の光が跡形もなく消し飛ばした。
『はぁ……っ! はぁ……っ! や、やりました……っ!』
『見事だティオ! 以前よりも俺の視界を上手く扱えているな!』
『あ、ああ……っ!? ティオ! 私が留守にしていた僅かな間、貴方に一体何があったのですか!? 以前から貴方はとても素敵な殿方でしたけれど……今の貴方はまるで別人……! 激しく……熱くっ! まるで夜空に輝くアンタレスのよう……! やはり……私は貴方のことを……っ!』
『うわわ……っ! く、クラリカさん!? トリグラフで抱きついてこないでっ! バーバヤーガが折れ……っ! 折れちゃいますよぉっ!?』
かつてのティオとは全く違う、まさに人知を越えた圧倒的機動と操縦技術でアルコーンを撃破したバーバヤーガに、感極まったトリグラフがその巨体と四本の腕でがっしとしがみつく。
みしみしと金属同士がこすれ、ひしゃげる嫌な音がコックピット内部に響き、ティオは慌ててクラリカを制止した。
『はっはっは! ティオは元々俺の指示にも即座に対応できるほどの腕前だったからな! 俺とのリンクの力もあるだろうが、やはりティオが持つ本来の力が優れているのだ!』
『そんな……! 僕はただボタンさんの思ったことに必死でついていってるだけで……!』
『そう謙遜しなくてもいいぞっ! だが、確かにこの様子ならこちらの戦場はまもなく決着がつきそうだ。問題は――――』
『あのデカブツに突入したミナトとユーリーがどうなったかですねぇ……正直、あの二人は揃いも揃って脳細胞まで筋肉なので心配ですよ……』
『そう、ですね……お二人とも、ご無事だといいんですけど……』
ラースタチカ近傍で再び戦闘態勢に移行するバーバヤーガとトリグラフ。
二機のTWはそれぞれの眼孔を目の前に鎮座する星のような巨大さの戦艦へと向けると、その中に突入した二人の仲間の身を案じた――――。
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