脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

一番の友達

公開日時: 2021年10月20日(水) 20:35
文字数:1,816


 閃光。


 崩壊していくビッグ・チェルノボグのコックピット内部。

 そこに座る傷だらけのチェルノボグは、消えゆく自分の命を見つめていた。



『――――あなたの願いを知ったから! あなたの欲があったから! 僕は自分の願いを知ることが出来たんです――――っ!』


 

 チェルノボグの脳裏に浮かぶティオの言葉。


 彼女の言葉を思い出しながら、チェルノボグは笑っていた。

 彼のその笑みは普段の他人を馬鹿にしたような、道化じみた笑みではない。


 本来の彼が持つ、心の底からの笑みだった。


「まったく……この私としたことが……まんまとやられました…………まさか、この宇宙の人々の完成を早め、彼らの願いを結集するために、私の欲をカウンターとして利用するなんてね……さすが、ヴェロボーグさん……」


 閃光の中に飲まれていくチェルノボグの肉体。

 

 既に、彼にはわかっていた。

 このビッグ・チェルノボグの自爆も、ティオならば受けきるだろうと。


 たわいもない――――何気ない日々を愛し、守りたいという少女の願い

 自分が拠り所としていた自慢の欲望は、その少女の願いに阻まれるだろうと。


「もしや貴方は、最初からこうなると読んでいて、それで私にあんなことを言ったんじゃないでしょうね……? そうだとしたら……私は本当にただの道化だったというわけだ…………!」


 自嘲気味に呟かれたチェルノボグの声。

 しかしその言葉とは裏腹に、チェルノボグの表情はどこまでも穏やかだった。



 なぜなら――――



『――――そう思うかい? チェルノボグ――――』


 閃光に飲まれ、もはや周囲すら見ることが出来ないチェルノボグの意識。

 しかしその最後の刻。チェルノボグは確かに彼の声を聞いた。


まさか…………そんなこと、これっぽっちも思いませんよ。ヴェロボーグさん。随分と、遅かったじゃないですか…………」


 最早何も見えず、痛みも、消滅による喪失感も感じない。


 ただシミュレーション宇宙のデータの中へと霧散し、溶けていくチェルノボグの前に、穏やかな笑みを浮かべたヴェロボーグが立っていた。


『ごめんごめん。でもちゃんと見ていたよ――――君のことを』


そうだと思いました――――だから私も、貴方に不甲斐ないところを見せないよう、全力で頑張ったんです…………結果はまあ、ご覧の通りですが」


『とても楽しそうに見えたよ? でも、いくら何でも途中で僕にウィルスを仕込むのは酷いと思うんだよ。おかげで僕も死んでしまったし……』


「フッフッフ! 勝負の世界は非情なのですっ! それにね……結果として私もこうして死んじゃったわけですし、もう良いじゃないですか! お互い過去のことは水に流して! ねぇ?」


『ははは! そうだね。君の言う通りだ』


 それはまるで、久しぶりの再会を喜ぶ親友同士のよう。


 二人は目を見合わせて肩をすくめ、軽口を言い合い、失われたデータの世界で互いの健闘を称え合った。


「しかしやられましたよ。まさか貴方の残したお子さんが、あそこまでお強くなるとは……あれも計算通りだったのですか?」


『全然そんなことないよ。君も知っている通り、最後の方の僕は放任主義だったからね。ティオはとても強くて優しい子だから、僕が何もしなくたってきっとこうなっていたさ』


「おやおや、貴方程の方でも親バカになるものなんですねぇ……? でもまぁ、確かに強かったですよ。ティオ君も、他の皆さんもね――――」


『なんといっても、みんな僕の自慢の子供たちだからね』


 傷つき、座り込んだままのチェルノボグに手を差し伸べるヴェロボーグ。

 チェルノボグはその手を取り、服についたほこりを払って立ち上がる。


『それで、何度も聞かせてくれた、君の本当の願いは叶ったのかい?』


「フフ――――ええ、叶いましたよ」


 ヴェロボーグとチェルノボグ。


 かつてと同じ、傷一つない姿となったチェルノボグと肩を並べ、遙か上空から無数の光り輝く星々の世界――――彼らが生み出した宇宙の輝きを見つめる二人の神。


『それは良かった。たしか、一度で良いからゲームのラスボスをやってみたかったんだっけ?』


『ノンノン! それはジョークだと何度も言ったじゃないですか。いいですか? 今度こそ覚えて下さいよ。私の本当の願いは、貴方と――――』


 二人は慈しむようにその世界を見つめると、やがて自らが創造した世界に背を向けて何処かへと歩いて行く。


 既に過ぎ去った、データの残滓が集う世界へと遠ざかっていく二人の青年。

 楽しそうに言葉を交す二人の声は、いつまでも止むことはなかった――――。




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