「そこのお前! 暇ならちょっと手伝って欲しいのにゃ!」
「むむっ!? これは驚いた!? 君は猫なのに喋れるのだな!?」
「お前こそボタンのくせに話せてるにゃ! そっちの方が驚きにゃ!」
白い壁面が長く続くラースタチカの艦内。
珍しくティオから離れ、一人で艦内を冒険していたボタンゼルドは、突然自分を呼び止めたロシアンブルーの猫――――ミケの姿に驚きの声を上げていた。
「私はミケにゃ。お前が噂のボタンゼルドだにゃ? ラエルから話は聞いてるにゃ!」
「いかにもその通りだ! 俺の名はボタンゼルド・ラティスレーダー! よろしく頼む、ミケ殿!」
「よろしいにゃ。威勢の良い奴は好きにゃ。実は今、さっきの戦闘で出撃したボールの整備をやってるにゃ。暇ならお前も手伝うにゃ!」
「いいだろう! 望むところだ!」
自身の目の前に佇む、どこからどう見てもただの猫であるミケにボタンゼルドは力強く頷くと、ミケと連れ立ってラースタチカ両翼の格納庫へと向かった――――。
――――――
――――
――
「うむ……! ふむふむ……なるほど……ここを、こうして……」
「へけっ! このボタン男なかなかやるのだ! ちょっと教えただけなのに、もう一人で修理できるようになったのだっ!」
「フン……ただの小型ロボットの一種かと思ったが、どうやら違うようだワン」
「にゃにゃにゃ! お前は見込みがあるにゃ! 後でボールの操縦方法も教えてやるにゃ!」
大きく開けたラースタチカ格納庫内部。
ずらりと並んだ数百機にも及ぶ全長15mの丸い機体――――ボールのコックピットの奥。
ボタンゼルドは早速要領を掴んだのか、次々とミケから指示された整備箇所の修理を完了していった。
ボタンゼルドの体は25cmほどと小さく、さらにその厚みは3cmほどしかない。その上彼の両手足はびよんびよんと伸び縮みが可能になっていて、閉所での作業にはうってつけのコンパクトボディだったのだ。
ボタンゼルドが乗り込んだボールの周囲には、彼の様子を伺うように天才ジャンガリアンハムスターのハム次郎と、自身をあらゆる犬の頂点だと豪語するチワワの王、ルドルフもその場へとやってきていた。
「よし……! これでどうだろうか?」
「お疲れ様にゃ。今から起動してみるから出てくるのにゃ!」
ミケに促され、ぴょんぴょんと軽快な動作でコックピットから飛び出すボタンゼルド。ボタンゼルドが離れたのを確認したミケは慣れた肉球さばきでボールに接続された機器のボタンを押すと、見事ボールはうなりを上げてふわりと浮き上がった。
「おおおっ! やったぞ! 説明を受けてみてわかったが、俺のいた宇宙と機械の仕組みそのものはかけ離れていないようだ!」
「お見事にゃ! あのラエルが認めただけのことはあるにゃ!」
「ラエルが俺を? 先ほどもそう言っていたが、ミケ殿はラエルとは良く話すのか?」
ふわふわと浮かぶボールを再び地面に下ろしたミケの横、その伸び縮みする手を腕組みするボタンゼルドがミケに尋ねる。
「そうにゃ。私とラエルは幼なじみで親友で戦友なのにゃ。歳もほとんど変わないにゃ。ラエルがお子様だった頃からの付き合いにゃ!」
「なんと……!? ラエルはかなりの長命だと聞いたが、まさかミケ殿も!?」
「もうすぐ250歳になるにゃ! どうにゃ、参ったにゃ?」
「250歳っ!? もはや百万回生きたとかそういうレベルではないではないか!?」
ミケはその透き通った青い瞳をボタンゼルドに向けると、さすさすと自身の顔をさすりながら事も無げにそう言い放つ。
「ラエルが会ったばかりの相手をベタ褒めするのは珍しいにゃ。私と話してる時にもお前の話題が良く出るにゃ。相当気に入られてるにゃ!」
「そうなのか……! 確かに暇があれば呼び出され、謎の機械や冷たい金属の上に寝かされたりしているが……!」
「へけけっ! 思いっきり実験対象にされてるのだ! そのうち切り刻まれて分解されるに違いないのだっ!」
「艦長の好き嫌いとは、彼女の好奇心の対象になるかどうかだけだワン。艦長に気に入られたということは、それだけ貴様の寿命が縮んでいるということだワン……恐ろしいワン!」
「にゃにゃー! そうかもしれないにゃ!」
横から見ると、ロシアンブルーとジャンガリアンハムスターとチワワと脱出ボタンが輪になって雑談しているというあまりにもカオスなこの状況。
しかしボタンゼルドは自分と目線が合う相手と話せて楽しいのか、朗らかな笑みを浮かべてうんうんと頷き、ボール隊の面々との話に華を咲かせた。
「まあ、ラエルがどんなつもりかはわからないにゃ。しかしラエルがボタンともっと話したいと思ってそうなのは感じたにゃ。だからお前もラエルの友達になってやって欲しいにゃ」
「ラエルが俺と? もしそうならありがたいな! 俺も彼女には何度も助けられたし世話にもなった。逆に彼女の判断で死にかけたこともあったが……まあ些細なことだっ!」
「にゃにゃ! ありがとうなのにゃ! ラエルは昔っから誤解されやすいのにゃ! 本当はとても優しい奴なのにゃ!」
「へけっ! さすがにラエルを優しいって言うのは無理があると思うのだ! 食堂で食べるひまわりの種にも、たまによくわからないウネウネした種がしれっと混ざってるのだ! きっとボクに寄生させて経過観察するつもりなのだ!」
「死にかけたにも関わらず些細なことと言い切るその神経――――なるほど、確かに艦長とはお似合いなのかもしれんワン」
ミケが口にした『ラエルノアの友達になってあげて欲しい』というその願い。
それを何の迷いも見せずに快諾したボタンゼルドに、ミケは嬉しそうに一声鳴いた。
「ラエルもあれで相当に苦労してるにゃ。ラエルはこの宇宙でたった一人のハーフエルフにゃ。だから太陽系に戻ったら、きっとまたラエルにとって色々と嫌なものを見ることになるにゃ――――」
「たった一人だと……!? なるほど……そういうことか」
「それでも、ボタンみたいな奴がラエルの友達になってくれれば少しは安心なのにゃ! ラエルのこと、よろしく頼むのにゃ!」
ミケはそう言ってボタンゼルドに猫らしい笑みを浮かべると、そのつるりとしたボタンゼルドの頬をぺろりと舐めあげたのだった――――。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!