脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

第九話 脱出を望む者

炎の神

公開日時: 2021年9月9日(木) 10:11
文字数:2,954


『うーん……? ちょっと光が多すぎてよくわからないや。でも確かに脱出ボタンの反応をこのあたりに感じるね! なら――――少し掃除してからゆっくり探そうか』


 スヴァローグの意識を乗せた邪神、アイオーンの眼孔が不気味に明滅する。

 未だ周囲の重力崩壊は続いている。


 崩れ去ったアルコーンの残骸や、大破した太陽系艦隊の艦艇が、渦を巻いて崩れゆくグノーシスの巨大戦艦に飲み込まれていく。


『どうせ脱出ボタンはボクが何をやっても壊れないだろうし――――』


 アイオーンの背に広がる禍々しい八本の爪が解放され、紫色の粒子を放出して周囲の空間を大きく湾曲させる。


『用無しになったヴェロボーグと一緒に、このあたりの宇宙も綺麗にしちゃおう!』


『――――そんなことはっ!』


『宇宙の守護者である我々ルミナスが許さんっ!』


 アイオーンの周囲で増大を続けるエネルギー。

 その危険性に真っ先に気づいたルミナスの戦士たちは、果敢にもその邪神めがけて戦いを挑む。


『んー……? 誰だっけ、君たち? ごめんね、出来損ないのことはすぐに忘れちゃうんだ』


『デヤアアアア! サジディウム光線!』


『ハアアアアア! ポジトロン・ノヴァ!』


『くたばれ! ルミナスエッジ!』


 四方から同時に放たれた多数の熱線。

 ルミナス人は皆、各々が鍛錬する中で最も自分に合った技を習得し、磨いていく。


 故に、それぞれの放つ熱線は波長も構成粒子も原理も異なり、それらを全て同時に無効化することは非常に困難なのだ。しかし――――!


 アイオーンの姿がその場から幽鬼のようにかき消え、背後にあった巨大戦艦の壁面がルミナス人の放った熱線によって大爆発を起こす。


『ボクは君たちに宇宙を守れなんてお願いした記憶はないけど――――それなのに勝手に盛り上がっちゃって。間抜けだよねぇ!』


『なっ!? ぐわあああ!?』


 一度は視界から消えたアイオーンは一瞬でルミナス人の背後へと転移。

 その背に広げた八本の手足それぞれでルミナス人の肉体を切り裂き、貫き、引き裂いて容易く破砕する。


 アイオーンに打ち砕かれたルミナス人はその姿を維持できず、光の粒となって霧散、宇宙の中に溶けていく。


『て、て、て、テメェら気合い入れろおおおおお! ここが俺たちゲッシュ艦隊一世一大の見せ所だあああ! 雄叫びを上げろヒャッハー!』


『ひゃ、ヒャッハー!』


 宇宙最強の個の力を誇るルミナス人を事も無げに粉砕したアイオーン。

 そのアイオーンめがけ、濁流のような艦隊と機動兵器の渦が挑みかかる。

 

 最も異常な速度で繁殖し、増殖する知的生命体であるマージオーク。

 個の力を打ち砕いた邪神に、次は多数の力が襲いかかる。

 

『ヒーーハーー! ――――って……な、なんじゃこりゃあ!?』


『汚いなぁ……そんな汚い手でボクに触れると思ってるの? 一カ所に集まったゴミは、きれい好きなボクが纏めて焼却してあげるよッ!』


 だがしかし、まるで全てを飲み込む津波のような勢いでアイオーンへと突撃したオーク艦隊は、その機体も、ミサイルも、レーザーも。何もかもがアイオーンに触れることはなかった。


 透過している。


 オークの攻撃が、オークの操る物質的存在全てがアイオーンの巨大な体をすり抜けていた。


『ぎゃ、ぎゃあああああああ!? こいつはやべえ! 野郎共逃げろ! 逃げろおおおおお!』


『もう遅いよッ! 消えろ――――ブタ共!』


 瞬間、アイオーンを中心として放たれた極大の熱が指数関数的に上昇。一瞬にして億を超え、一兆度、数十兆度、数千兆度へと達したビッグバンにも匹敵する火球がオーク艦隊だけでなく、太陽系そのものを飲み込もうとする。だが――――!


『さすがは星辰せいしんの姫――――邪神の降臨を見越し、我らミアス・リューンのエルフに時間と猶予を与えてくださった』


『ギ……ギギッ!? エルフ共!?』


『へぇ……?』


 しかしその膨大な炎の熱は、グノーシスの巨大戦艦近傍を越えて膨れあがることはなかった。


 いつの間に現れたのか、地球の衛星である月に匹敵する巨大さの大樹が宇宙空間に太い根と枝葉を巡らせ、アイオーンが放った極大の破滅の拡散を見事に防ぎきっていた。


逃げよ――――オーク共。しかし覚えておけ、我らエルフが下賤げせんなオークを救うなど、今後数億の星巡の果てにも訪れぬであろう稀事まれごとであるとな』


 しかもそれだけではない、アイオーンの至近で焼き尽くされたかに見えた無数のオーク艦隊もまた、清浄な輝きを灯す無数の蝶の鱗粉に包まれ、守護されていたのだ。


君たちのことは覚えてるよ……? あの頃はボクたちもみんな揃っていて、与えられた役目を果たそうって一生懸命で……みんなで色々考えて、最高の観測者を作ったって思ってたんだ――――っ!』


『聖樹の加護が間に合ったとはいえ、邪気の力は計り知れない。星辰の姫に従い、我らは無闇に貴血を流さず、この地の守護に祈りを捧げん』


『そうだ――――ッ! 今思えば、君たちがそうなったのが失敗の始まりだった! 完璧に作った! 君たちは完璧に作ったんだ! それなのに、君たちはそこから前に進もうとしなかった――――! 出来損ないだ! お前たちも失敗作だ!』


 アイオーンの直上、一瞬にして生み出された巨大な大樹を背にして輝く無数の宮殿。邪神を前にしても一歩もその心を乱さず、ただ淡々と己の役目に徹するミアス・リューンのエルフ艦隊。


 そんなエルフの姿に、アイオーンと意識を一つにしたスヴァローグは怒りの感情を露わにする。


 そして自身から離れていくオーク艦隊には目もくれず、エルフめがけて一直線に飛翔――――秒とかからずに光速を越えると、エルフの展開した障壁をするりと透過してその先へと突き進む。


『確かに、エルフに対する君のその意見には私も同意せざるを得ないね。もし私が創造主なら、やはり君と同じ感情を抱いたのかもしれない――――』


『あれっ……?』


 だがしかし、全てを透過するはずのアイオーンの飛翔は不可視の断層によって遮られた。


 スヴァローグが不思議そうに周囲を見回すと、エルフ艦隊とアイオーンのちょうど中間部分に、幾重にも重なる幾何学模様を描いた正円と、それによって亜空間ごと隔離された長大な時空間断層が構築されていたのだ。


 そしてその長大な時空間断層の始点。


 そこには羽ばたく鳥のような姿から、一振りの長剣型の形状へとその姿を変えた白い船――――ラースタチカが、その刃の切っ先をアイオーンに向けていた。


『追い詰められたグノーシスが最終的には超兵器を解放することも、超兵器を使用する際に最も邪魔になるエルフ艦隊を真っ先に狙うことも全て読んでいた。さて――――ここからは、原始極まる殴り合いといこうか』


『なに――――? 君のその態度、まるで君がボクよりも上にいるみたいだ――――アハハ、馬鹿だね――――そんな存在、この宇宙にいるわけないのにッ!』


『おや……それは奇遇だね? 実は私も君と同じで、自分より上の存在と未だかつてこの宇宙で遭遇したことがないんだ』


 すでにそのエネルギーの充填を完全に終えたラースタチカのブリッジ。

 時空間断層に囚われたアイオーンを見やりながら、頬杖をついたままのラエルノアが不敵に微笑む。


 ラエルノアはそのまま実に楽しそうな笑みを浮かべると、まるで新しいオモチャがどの程度の力を加えれば壊れるのかを試す子供のように、その言葉を告げた。


真空崩壊砲ヴィス・カタストロフィ――――発射』




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