「これでよし……後はこのまま流れに任せておけば、この星にもやがて新しい文明と文化が芽吹くだろう」
「へぇぇ……そうなんだぁ…………」
どこまでも広がる青い空の下。
生い茂る木々の間から覗く白い砂浜。
打ち寄せる波にぬれるのも構わず、海の中になにやら種のような物を蒔いて回るヴェロボーグの後を、小さなティオはにこにこと笑みを浮かべ、ペンギンのようによちよちと歩いて行く。
「でも、お父さんはどうしていつもそんなことをしているの?」
「それが僕の役目だからさ。でも前も言った通り、それもこの星で最後――――僕はようやくわかったんだ。僕たちが一生懸命目指していた命の形――――そのあるべき姿が」
「……?」
「あはは――――大丈夫だよ、ティオ。君にもいつかそれが分かる時がきっとくる」
不思議そうに首を傾げる小さなティオを、ヴェロボーグは微笑みながら抱き上げると、彼方まで広がる空の青と海の青。二つの青の世界を見つめた。
「僕たちが生み出してきた沢山の命――――そのどれか一つだって、失敗なんてなかったんだ。たとえどんなに広くても、この世界は必ずどこかで繋がっているんだから――――」
満足げな笑みを浮かべてそう言う父の横顔。
父の腕に抱かれた小さなティオは何も言わず、ただその姿をじっと見つめていたのだった――――。
――――――
――――
――
「――――オ、ティオ? そろそろラースタチカにつくようだ!」
「あ――――」
穏やかな夢の世界。
そこからティオを引き戻したのは、優しさの中にティオを気遣う思いの込められたボタンゼルドの声だった。
「フッ――――随分と疲れていたのだな。とてもよく寝ていた」
「ボタンさん……僕、って――――!?」
「どうしたのだ?」
だが目覚めたティオはその目を見開いて完全に硬直する。
なぜなら開けた視界の目の前一杯にボタンゼルドの力強い眼差しが広がり、少し意識を集中させれば、ボタンゼルドの吐息までもが自身の頬にかかっていたからだ。
「はわ……っ!? はわーーーーっ!?」
「ぬわーーーーっ!?」
開口一番、ティオは悲鳴を上げてソファから飛び退くと、その顔を真っ赤にして腰を抜かし、自身の纏うゆったりとしたダークベージュの民族衣装を顔に当て、うずくまるようにして何度も謝罪した。
「すみませんすみませんすみません……っ! な、なんで!? どうして!? ぼ、ボタンさんの顔が……ち、近くて……っ!」
「だ、大丈夫かティオ? 俺を膝に乗せたまま君がうとうとし始めたので、起こしては悪いと横にしたのだ。だが、寝ぼけた君は俺をそのまま抱き枕にしてしまってな……!」
「あわわわわわ!? そうだったんですか……!? それなのにいきなり放り投げたりして……っ!」
「気にすることはない! 俺の方こそ、ずっと密着する形になってすまなかった! 何度か抜け出そうと努力はしたのだが……」
「い、いえ……うぅ……本当にすみませんでした……」
ティオはつい一瞬前に見た間近のボタンゼルドの顔と、今も自身の肌に残る彼のぬくもりに胸を高鳴らせると、それをなんとか落ち着けるように深呼吸を繰り返し、自身の胸にそっと手を当てる。
(お、おかしいです…………ボタンさんとはこれからも同じお部屋で一緒にいられることになったのに…………胸の苦しさが収まるどころか……もっと……はうぅ……)
「ラエルやクラリカは別室でラースタチカと通信中だ。君を起こしてしまわないようにと配慮してくれたのだろう」
「そうなんですね……皆にも気を遣わせちゃって……うう~~……は、恥ずかしいです……」
ボタンゼルドだけでなく、クラリカやラエルノアにまで気を遣わせてしまったことを知ってさらにしょげかえるティオ。
見れば、シャトルの窓から見える景色は暗く、すでに大気圏を抜けて宇宙空間へと入っていたようだ。
太陽系連合総本部から出発した一行は、そのまま一直線にラースタチカへと向かったわけではない。途中で欧州上空に待機していたエルフ艦隊と合流し、短い打ち合わせを挟んでいる。
エルフ艦隊との件についてはティオもボタンゼルドも全く関わりが無い――――というよりもむしろ秘匿すべき存在であるため、こうしてシャトル内部に居残りとなり、いつしか暇になったティオはそのまま眠りについていたのだ。
「先ほどラエルから間もなくラースタチカに着くと連絡があった。今日はお互いお疲れ様だったな!」
「はい……連合総長のカビーヤさんや、他にもとても偉い方とお話ししたので僕も緊張しちゃって――――」
「ジー…………」
「えっ!?」
だがその時。
ティオは今まで全く気付かなかった、自分をじっと見つめるもう一つの視線に気付いて再びその場から、今度はボタンゼルドのいる方へと飛び退くことになる。
なんとそこには腰を抜かしたティオをまっすぐに見つめるキアが、何も言わずにただ立っていたのだ。
「き、キアさん!? もしかして……ずっといらっしゃったんですか!?」
「いました」
「じゃ、じゃあ…………僕がボタンさんと一緒に寝てたのも…………?」
「見ていました。ティオの活動レベルが休眠状態になっていた時間は127分54秒。その間、合計十八回ボタンルドの肉体に自身の頬を寄せ、とても弛緩した表情で笑っていました」
「はわわーーーーっ!? えっ!? な、なんで!? どうしてそこまで!? あわわわわわ……っ!」
「う、うむ……確かにティオが寝ている間、キアはずっと俺たちのことを見ていた。せめて座ってはどうかと、俺からも何度か言ったのだが……」
キアの全く容赦の無いその物言いに、一度は収まった動悸を再び抑えきれなくなって悶えるティオ。
そんなティオをなだめるように、ボタンゼルドはよしよしとティオの背をなでながら、今も二人をじっと見つめるキアへと声をかける。
「しかしキア、君はグノーシスのあの巨大な船の中でどのような生活を送っていたのだ? たった一人というのは聞いているが――――やはり、今の俺とティオのやりとりのようなものを目にしたこともないのだろうか?」
「ありません」
ボタンゼルドの問いに、キアは微動だにせず答えた。
「そして、私は一人ではありませんでした。我らが神がいつも私と共にありました。それだけで良いと、我らが神は仰っていました――――」
しかしキアはその視線をまっすぐに二人へと向けたまま、その金色の瞳に一瞬の心のざわつきを覗かせる。
そして自身の青い色の手を広げ、何かを思い出すようにしてその手のひらをじっと見つめる。
「でも……私は、もう一度あの方に――――」
この僅かな間にも、キアが正しく使える語彙はみるみるうちに増えていた。
キアはそれらの言葉を駆使し、自身の思いを懸命に口に出そうとしていた。しかし――――
『ボタン君、ティオ。二人とも起きてくれ。ラースタチカ近傍でTW同士の交戦を確認した。君たちも念のため宇宙服の準備を』
突如として鳴り響くラエルノアの緊急音声。
一度は形を成そうとしたキアの思いはそれによって遮られ、再び静寂の胸の中へと消えた――――。
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