脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

もう一つの鍵

公開日時: 2021年9月16日(木) 18:14
文字数:2,888


「では、チェルノボグもこの俺と同じ仕組みで生み出されたスイッチを――――自爆スイッチを手に入れているというのか!?」


『その通りだ、到達者アーテナー。本来、自爆スイッチは我らが生み出した文明が悪しき方向の進化を果たし、外側の世界にも悪影響を及ぼしかねないと判断した際に、全てを無に帰すために用意されていた』


 静まりかえる別室に、ボタンゼルドとストリボグの声だけが響いていた。


 ストリボグは一同に向かって宇宙に迫る危機――――何もかもを消し去る自爆スイッチの存在を明かし、その詳細について説明した。


『恐らく、チェルノボグはヴェロボーグが脱出ボタンに君の情報を融合させたのと同じ方法で、自爆スイッチに何者かの意思を込めたのだろう。太陽系に残されていたヴェロボーグのデータベースに、その兆候を示す僅かな次元振動が観測されていた』


「お父さんの、データベース……? あ、すみませんっ! お話の途中に……」


『大丈夫だよティオ君っ! これはエルフやルミナスにも秘密の情報なんだけど――――実は私たち太陽系連合は、百年ほど前に地球のコア付近に特異な亜空間領域を発見していたんだ!』


「まさか――――それこそがヴェロボーグの仮住まいだったとはね。しかも私にもそれを教えていなかったなんて、随分いい度胸をしていたものだよ」


 ヴェロボーグのデータベースのという言葉に反応したティオに答えるカビーヤと、それを鋭く横目で睨み付けるラエルノア。


 カビーヤは水槽の中で引きつったイルカ笑いを見せつつも、自分たち太陽系連合はヴェロボーグの物とは知らずにそのデータベースの解析を長年にわたって進め、エルフの技術一辺倒だった太陽系連合に、新しい技術体系を根付かせようとしていたことを話した。


「妙だとは思っていたんだ。特に亜空間への潜行技術に関しては、私は太陽系連合に技術供与をしていない。にも関わらず、四十年前に一度地球に戻ってきたときには、統合軍の艦艇やTWタイタンズ・ウェポンには殆ど全て亜空間潜行能力が備わっていたからね」


『うう~~……ごめんよラエルノア。私はともかく、当時の首脳部は君のことをあまり良く思っていなかったみたいなんだ……しかも、これでようやくエルフの庇護下からの独立が出来るって随分浮かれてたようでね……』


「ほんっっっっとうに下らない話ですねぇ? ラエルの技術も、エルフの技術も手に入れて、それどころかティオのお父様の技術もあった。にも関わらず、派閥争いからそれらをまとめる事すらできなかったなんて。そんな体たらくだから、グノーシスごときにフルボッコにされるのですよっ!」


『反省してます……キューン……』


『スヴァローグは太陽系にヴェロボーグがいることを突き止め、さらに君たちが使う兵器を観察したことで、ヴェロボーグの力を君たちが利用していることにも感づいたのだろう。スヴァローグは我らの中で最も感応性に優れた存在だったからな』


 すでに発見されていたヴェロボーグのデータベース。


 それらを解析しながら、満足に活用できなかった太陽系連合の咎を鋭くクラリカに責められたカビーヤは、イルカ特有のキュンキュンとした鳴き声を発して俯く。


「しかし、そういうことならば俺たちには地球艦隊の再建を待っている時間は無いのではないか? 今すぐにでも宇宙の始まりの地へと向かい、チェルノボグが自爆スイッチを使う前に、俺が全てを脱出させなくてはっ!」


『いや、事はそう簡単ではないのだ、到達者よ。宇宙の始まりの地――――その先に待つ外の世界へと繋がる門を越えるには、完成された種の同行が必要となる』


 ストリボグは言いながら、一同の前に巨大な一つの門の姿を映し出す。


 それはどこか古めかしい、数多の宇宙をシミュレーションするまでに発達した文明の物とは思えないような、中世的な造りの巨大な門が描かれていた


『この門の前に完成された種を連れて立つこと。それこそが、この先の中枢ターミナル――――脱出ボタンを填めるソケットの場所へ行くための条件だ』


「なるほど――――脱出ボタンを持つヴェロボーグだけは自由に外へ出ることが出来たけど、四人全員が安全に外の世界に出るためには、与えられた任務を完遂する必要があるというわけだ。それにティオの話では、そのヴェロボーグも相当のリスクを背負って宇宙を行き来していたようだしね」


『その通りだ。本来、我々は与えられた使命を完遂するまで外に戻ることはできない。脱出ボタンを持つリーダーが一人で逃げ帰ったとしても、その者は大きなエネルギー損失と傷を負うことになる』


「で、でも……! 完成された種って……そんな人たちが、今のこの宇宙にいるんですか? スヴァローグさんは、キアさんこそがそうだって言ってましたけど……」


 ストリボグの提示したその条件に、ティオは不安な表情でおずおずと尋ねる。


いない。いない……はずだ。少なくとも、私には居ないように見える


「い、いないのか!? ならばどうするのだ!? それではそもそも門の向こうにいけないではないか!?」


『いや、そうではない。ヴェロボーグは消える前、確かにそこに行けと言った。ヴェロボーグは優れた存在だ。彼がそう言ったということは、ヴェロボーグから見て完成された種はすでに存在しているということだ――――』


「そうです……っ! 確かにお父さんは僕にこう言ってました……『ここで旅は終わり』って……! 僕がボタンさんに教えて貰った。僕の記憶の中にある美しい星っていうのは…………もしかして、地球のことなんじゃ!? だったら――――!」


 ストリボグの言葉に、ティオは珍しく興奮した様子で立ち上がると、自分の中に浮かんだある一つの答えを口に出そうとする。


 だがしかし。


 ティオがその答えを言うよりも早く、横で聞いていたラエルノアはやれやれと首を横に振ると、おもむろに彼女の言葉を遮った。


「まさか、地球人類こそがヴェロボーグの見いだした完成された種だ――――なんて言うつもりじゃないだろうね? いいかいティオ、冗談でもそんな馬鹿げたことは口にしちゃいけないよ」


「っ!? で、でも――――!?」


『あぅ~~……私も太陽系連合の総長として人類を擁護してあげたいところなんだけど……どう控えめに見ても、人類が他の種族に勝ってるところって、ひとっつもないんだよ~~……困っちゃうよねっ! キューン! キューン!』


「ま、そういうことですねぇ……」


「そんな……クラリカさんまで……っ」


 一瞬にして脳裏に浮かんだその答えを否定されたティオは、なんとも可哀想な表情でがっくりと肩を落とすと、再びソファに腰を沈める。


 ボタンゼルドはそんなティオを慰めるように、よしよしとその伸び縮みする腕をティオの肩に手を添えつつも、どこか釈然としない表情で眉間に皺を寄せる。


『――――すまないが、これについては私に暫く時間をくれ。この問題を解決できないのはチェルノボグも同じだ。ヴェロボーグのデータベースを解析し、なんとしてもその答えを見つけてみせる』


 静まりかえる一同。


 その中でストリボグは一人淡々とそう言うと、頭部の赤いランプを明滅させて、周囲に広がる巨大な本棚をじっと見つめた――――。





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