土星公転軌道上での交戦開始から三日が経過。
ラースタチカの太陽系帰還まで残り42時間。
ホウライ、ザナドゥ、シャングリラ、ジパング、エルドラド。
人類がこの300年で植民とテラフォーミングを完了した、五つの恒星系からの援軍も続々と太陽系圏内へと到達し、当初は土星近傍のみだった戦場は次第に拡散。
その戦線をじりじりと太陽系内側に縮小しながらも、未だ太陽系統合軍は良く持ちこたえていた。しかし――――
『はぁ……っ! はぁ……っ! 一機……だけでもっ!』
激しい爆発と閃光が巻き起こる戦場。
超高速で飛翔するグノーシス機めがけ、生物的な八つの腕をバックパックから伸ばした赤いTWが近接攻撃をしかける。
すでにグノーシスを守るシールドは剥がれている。
赤いTWは多数の腕をグノーシス機に絡みつかせると、機体の肩口に備えられた反物質拡散砲を至近距離で撃ち放つ。
『か、堅い……っ!』
『旧世代の生み出した玩具ごときが……神から与えられた我らの肉体を滅ぼせると思うな』
しかしグノーシス機は確かにダメージを受けはしたものの大破には至らず。
自身に絡みつく腕を全身から放出した赤黒のエネルギーで散り散りに破壊。
そのまま流れるような回し蹴りを眼前のTW本体に叩き込み、爆散させる。
『――――前部、第三主砲塔に直撃弾! 周辺領域、超高重力に飲まれます!』
『メイン次元融合炉の出力低下! 加速度上限、47%!』
『第一ブロックを切り離す! 亜空間潜行開始! 本艦は一時戦場を離脱するっ!』
『了解! 第一ブロックパージ! 亜空間潜行、開始します!』
飛び交うグノーシス機が放つ漆黒の弾丸が太陽系統合軍の旗艦――USS.インドラの艦首部分に着弾する。
全長5000mを誇るインドラにとって、その攻撃は小さなダメージに見えた。
しかしインドラの巨体に着弾したグノーシスの小型の弾丸は、たった数発でインドラの巨大な船体を大きく傾かせ、前方部分2000メートルに渡る前方部分を一瞬で吹き飛ばして見せたのだ。
「やれやれ、予想通りキツいねぇ――――奴らの空間湾曲シールドを剥がしても、そもそもそっからの地力が違いすぎる。こっちの反物質弾だって奴らの装甲用に調整してるんだ。それなのに効果が薄いんだからさぁ」
その流線型の船体の前方部分をほぼ完全にへし折られながらも、方々の体で通常空間とは異なる別空間へと逃げ込むインドラ。
常にその位置をランダムで偏向するこの亜空間までは、さすがのグノーシスも追跡できない。というよりも、追跡するためには多少の時間を要する。
取るに足らない太陽系の戦艦を一隻沈めるためだけに、グノーシスはそこまでの労力を費やさなかった。
「グノーシス側は戦略級の兵器こそ使用してきませんが、小型の火器でもこちらにとっては致命傷です。マイクロブラックホールの大量散布を完全に遮断する防御装置は、現在の我が軍にはありません――――」
「そうだねぇ…………敵味方入り乱れる乱戦に持ち込めば、地球ごと消し飛ばされたりはしないと思ったんだけどねぇ。なかなか上手くはいかないもんだねぇ……」
ひっきりなしに警告アラートの鳴り響くインドラのブリッジで、その額を汗でびっしょりと濡らしたルシャナがふうとため息をついて首を左右に振る。
しかしそこで何かに気づいたのか、ルシャナはあっと声を上げてすぐ隣に座る副官の年若い男に声をかけた。
「確か姫様が作ったラエルノアナンバーの中に、ブラックホールもどうにかできるヤバい機体があっただろ? バヤーガ? バーガヤーヤ?」
「バーバヤーガです、提督。バーバヤーガが装備する空間湾曲型素粒子蒐集窯――――ヴェージマ・ペチカですね」
「あーっ! そう、それそれ。っていうか君、良くそんなわけのわからない装備の名前覚えてるね? 後で二階級特進させてあげようか?」
「名誉の戦死を遂げそうなのでお断りしておきます――――しかし提督。提督もご存じの通り、ラエルノア様はもはやご自身の開発した技術を我々に快く供与しては下さいません。ヴェージマ・ペチカもそうですし、クルースニクの近距離無制限ワープ技術もそうです」
「だよねぇ……本当に昔の太陽系人は一体何を考えて姫様を追い出したのやら。適当に拝んでありがたがっとけば、今頃太陽系の技術はエルフにだって並んでただろうにねぇ……」
青白く輝く周囲の異次元空間に目をやりつつ、ルシャナはそう言って呆れるようなため息をついた。
「ラエルノア様を女神として崇める人々は今も大勢存在します――――過去、ラエルノア様の判断によって太陽系で大規模な内乱が発生したのも事実です。好意的に捉えるのならば、ラエルノア様はもはやそのような状況を好ましく思わないのでしょう」
「ほんと、長生きってのも大変だよ――――あれだけ世のため人のために頑張ってたお優しい天才少女が、俗世に嫌気がさして世捨て人になっちまうんだから。このまま姫様帰還まで私らが耐えて助かったとしてだね、姫様にとっちゃまた面倒な事になるだけだろうねぇ――――」
未だ激戦が続く戦場に背を向け、後方に用意された修理用の亜空間ドックへと急ぐインドラ。
土星絶対防衛圏での戦闘が開始されてから三日。
太陽系統合軍はその全戦力の30%を喪失。
グノーシス側の損害は、数機の人型機動兵器が大破したのみに留まっていた――――。
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