「クククッ……これは実に興味深い現象だね。さすがはヴェロボーグに連なる存在――といったところかな」
「先ほど二人で目を覚ましたらこうなっていたのだっ! 俺にも何がなんだかさっぱりわからん!」
「あの……その…………昨日の業務を終えて、寝る前までは確かに僕は男だったと思うんです……でも……朝起きたら、その……はわわ……っ」
「女性の身体的特徴を持つ体になっていた――――というわけだね」
あのとんでもない事件発覚からすぐ後。
錯乱したティオとボタンゼルドは、全てを放り出して一目散にラエルノアの私室へと駆け込んだ。
ティオの検査を終えて心底ご満悦と言った笑みを浮かべる白衣姿のラエルノア。
彼女の前には今もだらだらと冷や汗を流すボタンゼルドと、元から細かった体に女性的な丸みを帯びた、未だにパジャマ姿のティオが座っている。
ラエルノアとて今は相当に多忙の身であったが、二人の話を聞いた彼女は全ての予定をキャンセルし、その目をキラキラと輝かせて意気揚々とティオの身に起こった出来事の検査を行ってくれたのだ。
「確かに、今まで私が見てきた様々な知的種族の中には男女の性別が曖昧だったり、そもそも性別そのものが存在しない種もあったよ。けれど、ティオのこれはそれとは似て非なる物だと私は考えている」
ラエルノアはそう言うと、二人の目の前の空間に手をかざして光り輝く板状のホログラムを表示して見せる。
そこにはティオが初めてラースタチカに助けられた際に取られたティオの身体データと、たった今女の子になってしまったティオの身体データが並べて比較できるようになっていた。
「私が以前ティオの体を調べた際、結局私にはティオの出自が分からなかったという話はしただろう? その理由がこれさ――――」
「どれだっ!? 俺にはロボ以外のことはさっぱりわからんのだ!」
「まあまあ、落ち着きなよボタン君。これを見れば分かる通り、ティオの体は外も内もどこをどう調べても一般的な地球人類そのもの。それなのに天の川銀河とアンドロメダ銀河の中間地点――――まともな星も存在しないヴォイドの空間を一人で漂っていた。しかもこうして元気に生きてね」
「はい……僕もお父さんとお話しした後から少しずつ記憶が戻ってきてるんですけど、まだ全部は思い出せてなくて……なんであんな所にいたのかも、全然……」
「そう、つまりティオはどう考えても絶対にそこに存在しないはずの存在――――アンノウンだったのさ。私はそのような存在を確証もなしにこうだと決めつけるのは嫌いでね。だからティオの検査結果そのものは地球人類だったけど、正体不明とカテゴライズしていたんだ」
「だがティオの肉体が本当に地球人類だったのなら、突然男から女になったりはしないぞ! しかもこの画像では……!」
「はわわわ…………! こ、こんな骨しか映ってないようなデータなのに……な、なんだか、ボタンさんに見られるのが凄く恥ずかしいです…………っ! うぅ…………っ」
「うっ!? うむ……その、なんだ。この検査結果を見ると、完全に女性になっているようにしか…………」
ティオがラースタチカに拾われた際の経緯から順を追って説明するラエルノア。
ボタンゼルドは目の前のホログラムに映るティオの全身を透過した生体図から気まずそうに目をそらすと、ラエルノアの説明に尚も疑問を呈した。
「だからだよボタン君。ここまでなんの問題もなく、一瞬で地球人類の体が持つ性別すら簡単に入れ替えてしまうような人知の及ばぬ力――――それこそがティオが受け継いでいる、ヴェロボーグの持つ創造主としての力なのさ」
「ティオの受け継いだ力……?」
「つまりこういうことさ。ティオ……というよりもヴェロボーグの力を持つ者は、自分の意識次第であらゆる存在を自由自在に構築できる。あのアイオーンとの戦いで一度完全に消滅したはずのバーバヤーガが再構築されたのもその力が作用した結果だと私は考えている」
「僕の力が……」
ラエルノアの説明に、自身の手のひらを広げてじっと見つめるティオ。
ティオ自身もあの戦いの後、バーバヤーガがアイオーンを撃破する映像はその目で確認した。
しかしあの時のティオは気を失っており、自分でそのような力を使った自覚はなかったのだ。
「では……ティオが女性になったのは、ティオ自身の力による結果だということか?」
「そういうことだね。ティオからお父さんの最後の話は聞いている。少なくとも、今この場でそんな芸当が出来るのはティオだけのはずだよ」
「僕が、自分で……? そう、なんですね…………」
ラエルノアの語る推論にティオは僅かに頬を染めると、両手を自身の膝上できゅっと握りしめて俯いた。
「――――さて、ではボタン君。悪いが少し席を外してくれるかな? これから艦内でティオを女性として扱うに当たって、色々とセンシティブな部分も含めて話を纏めておいた方がいいだろうからね」
「確かにそれはその通りだな。ならば俺はこれで失礼する。ティオ――――?」
「は、はいっ?」
「ティオ……君は今まで自分の過去が分からず、とても不安だったはずだ。ようやく再会できた父上とのことも、まだ心の整理はついていないだろう。だから、もし何か俺が力になれることがあるのならばいつでも言ってくれ――――俺は、どんな時でも君の味方だ」
「あ…………」
ラエルノアから退席を促されたボタンゼルドは素直に頷いて椅子から跳ね降りると、その強すぎる目力を宿した瞳をティオに向けて頷く。
ティオは去って行くボタンゼルドの背に思わず手を伸ばしかけたが、何か思うところがあるように下唇を引き絞り、部屋から去って行く小さな円盤生物を見送った。
「クククッ……さて、これで邪魔者はいなくなったよ。もし差し支えなければ話してくれないかな。どうやら、君は自分の身に起こった変化の原因に関して心当たりがあるようだからね?」
「うぅ……その……実は、自分でもよくわからないんですけど…………」
ボタンゼルドが退室し、二人きりになったラエルノアの広大な私室。
さらさらと水路を水が流れる音と、小鳥のさえずりがどこからか聞こえるその空間に、俯いたティオのか細い声が響いていた。
「ただ、最近ずっと……ボタンさんのことを考えると胸が苦しいんです……でも反対にとても落ち着いて、温かい気持ちになることもあって……気がついたら、いつもボタンさんのことばかり考えてて…………っ! 教えて下さいラエル艦長、もしかして僕ってなにかの病気なんでしょうか……!?」
「ほ、ほほう……? なるほど? これは……確かに重病のようだね……うん」
その両目を潤ませ、思い詰めた表情でラエルノアにその心中を打ち明けるティオ。
あまりにも純粋すぎる彼女の姿に、流石のラエルノアも余裕の笑みを浮かべることも忘れ、ただ真顔で頷くことしかできなかった――――。
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