脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

第十四話 ハーフエルフの意味

天上からの招き

公開日時: 2021年9月19日(日) 11:54
文字数:2,106


 グノーシスによる太陽系襲撃から一月が経過した。


 太陽系連合独立派によるラースタチカ襲撃という予期せぬ戦闘はあったものの、それ以降は大きな事件もなく、ラースタチカのクルーも数年ぶりとなる太陽系での生活を満喫していた。

 

 ストリボグとラエルノア、そしてミアス・リューンのエルフやルミナスエンパイアの科学者たちによる完成された種の特定は依然急ピッチで進んでいる。


 だがそのどれもが決定打に欠け、こちらに関しては大きな進展はないまま、残された時間は少しずつだが確実に減り続けていた。そして――――


「エルフからの招待――――?」


「ああ……いつもなら当然断るんだけどね。今回はそういうわけにもいかないんだ」


 その日。いつものようにラエルノアの私室で木々の間をリスやウサギたちと共に駆け抜けて修行していたボタンゼルドは、いつにも増して憂鬱な様子のラエルノアからそう告げられた。


「実は三日後は私の地球での誕生日なんだ。私は地球で生まれたから、エルフもそれを尊重して地球での日付を私の誕生日として記録している。ちょうど彼らの艦隊も太陽系に滞在しているし、どうしてもと言われてね――――」


「なるほど! それはありがたい申し出――――というわけでもないのだな? 俺はまだエルフの方々と直接話したことはないが、君の口から出る彼らへの言葉はいつも辛辣しんらつだ!」


「そうだね……私は以前話したとおり、欲望や願いというものはそれがたとえどのような物でも、知的生物にとっては重要な感情だと思っているんだ。彼らエルフはその欲望が希薄で、それどころか、生存欲求や自己顕示欲、性的な愛情のような全ての欲求を汚れとして嫌っている――――」


「ハッハッハ! 確かに、それは実に君と相性が悪そうだ――――なっと!」


 その両腕を軽快に伸び縮みさせつつ、くるくると空中を回転しながら颯爽とラエルノアの前に着地してみせるボタンゼルド。

 彼を追って何匹かの小動物もその場へと現れ、うんざりした表情のラエルノアを心配するように見上げていた。


「大丈夫か――――? 君は今回は断れないと言っていたが、太陽系の危機ですら一顧いっこだにしない君が断れないとは、相当な理由ではないのか?」


 その小動物の群れの先頭に立ち、案じるような、しかし途轍もなく力強い瞳でラエルノアを見上げるボタンゼルド。


 しかしラエルノアは何も言わずに足下のボタンゼルドを掴み上げると、慣れた手つきで泥まみれのボタンゼルドを丁寧にタオルで拭いた。


「むむっ……いつもすまない! しかし何度でも言うが、俺は自分で洗えるぞ!」


「確かに――――なんでだろうね? でもこれは私が好きでやってることだから、ボタン君は気にしなくて良いよ」


 ボタンゼルドを綺麗にしたラエルノアは、いつからかテーブルの上に用意されるようになったボタンゼルドサイズの椅子に彼の体を置くと、白いカップに紅茶を注ぎ、ふうと一つため息をつく。


父がね――――私の父が、ここまで来るそうなんだよ」


「ラエルのお父上が……? つまり、君はお父上がエルフだったのだな?」


「そう。太陽系人類の母とミアス・リューンの父――――元々縁もゆかりもなかった二人は、エルフが地球にやってきてすぐに出会い、周囲も驚くほどの大恋愛の末に結ばれた――――そして私が生まれた」


「大恋愛……? それはとても喜ばしいことだが――――先ほど君はエルフにとってそのような欲求は汚れだと言っていなかったか?」


「父は例外さ。あのエルフはどちらかと言えば私や地球人類の思考に近い――――私もいくらエルフ嫌いとは言え、父のことまで嫌ってはいないよ」


 紅茶に口をつけ、僅かな間を置いて語られたラエルノアの出生。

 ボタンゼルドは真剣な眼差しをラエルノアに向けたまま、興味深そうにその話に耳を傾ける。


「そうか――――だから今回は断れないと。優しいのだな、ラエルは」


「優しい――――私がかい?」


「――――恥ずかしい話だが、俺は両親とまともな関係を築けなかった。家族というのは得てして複雑な物だ。今もこうしてお父上を思いやれる君の心――――俺はとても良いと思う!」


「ふふっ……それはそうかもしれない。ありがとう、ボタン君」


 それはまさに自信満々。


 その円盤状の胸を反らせてそう言い切るボタンゼルドの姿に、ラエルノアは思わず笑みを浮かべると、そのまま悪戯っぽい表情で自身の指先をボタンゼルドの頭部に当てる。


「いいことを考えたよ。そこまで言ってくれた君が私と一緒に来てくれれば、憂鬱なパーティーも少しは楽しい一時になるかもしれない。この機会に君を父に紹介もしたいしね」


「ほう? いいだろう――――望むところだっ!」


「それと私の父――――エーテリアス・フェラル・ハル・エレンディアス・ローミオンはエルフの王なんだ。父はあまりそういうのを気にする性格ではないけど、父の周囲はそうではないから気をつけるんだよ?」


「な、なんだってーーーーっ!? 俺は服も持ってないのだが!?」


 突然のラエルノアからの依頼にも余裕を崩さず、腕を組んで不敵な笑みを浮かべていたボタンゼルド。

 しかしそのすぐ後に続いたラエルノアの父の正体を聞くと、その目をむいて驚愕の声を上げたのであった――――。




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