「いやはや……これは困りましたねぇ。完成された種なんて一体どこにいるのでしょう?」
「――――そうだね。私も今までに発見した複数の種族のデータを洗い直してみよう。もしかしたら、ヴェロボーグが見いだした完成の尺度が、私たちの思うような物とは違う可能性があるからね」
別室でのストリボグとの話を終え、会場となっていた太陽系連合総本部の廊下を進む一行。
幾重にも重なった階層構造の総本部は、可能な限り日の光が内部に差し込むように工夫され、適度に管理された樹木に覆われている。
その上層階に位置する通路を進むラエルノアやクラリカ。ティオとボタンゼルドの四人は、皆それぞれに思うところがあるように顔をしかめ、先の話で最後の鍵として提示された完成された種という存在に思いを巡らせていた。すると――――
「――――あれっ? あなたは……」
「――――ごきげんよう」
四人の歩く緩やかなカーブを描く通路の先。
穏やかな日差しが差し込むガラス張りの白い床の上に、一人の少女が立っていた。
それは青い肌に紫色の髪を持つ、金色の瞳の少女。
先ほどまでストリボグの元にいたはずのたった一人のグノーシス、キアだった。
「君は先ほどの! 俺はボタンゼルドだ! よろしく頼む!」
「…………」
「…………? あ、あの……キアさん?」
ボタンゼルドは真っ先にその伸び縮みする両腕を大きく振ってキアに挨拶したが、キアはそんなボタンゼルドを金色の瞳でじっと見つめたまま動かない。
「はい。我らが神のご友人の、ご友人の、ご友人――――ごきげんよう」
沈黙はたっぷり十数秒はあっただろうか。
それを不思議に思ったティオがおずおずと口を開くと、そのティオの言葉に被せるように、キアは不思議な物言いでボタンゼルドに挨拶した。
「ふむふむ……? 実は先ほどもそうではないかと思っていたのですが、キアさんは自分を生み出した創造主――――スヴァローグを全ての物事の中心に据える思考認知を行っているのですね?」
「…………」
「フフ……それなら自己紹介はこのような形がよいでしょうか? 私はクラリカ・アルターノヴァ。ここにいるボタンゼルドと同じく、あなた方の神の友人の友人の友人です」
「はい。クラリカ・アルターノヴァ。ごきげんよう」
「うわぁ……! さすがクラリカさんですっ! あの、僕はティオ・アルバートルスです。スヴァローグさんと僕のお父さんは友達で……」
「はい。ティオ・アルバートルス。我らが神のご友人の、ご家族。ごきげんよう」
「おおおお……そういうことだったのか。つまり、キア殿と話す時にはスヴァローグを基点とすれば、スムーズに意思疎通ができると……! なるほど!」
「さすがだねクラリカ。君の推察通り、キアはスヴァローグを思考の中心として自我を構築している。私としては彼女のその思考や自我を否定するつもりはないし、可能ならそれを念頭にうまくやってほしい」
当初の沈黙はどこへやら。
クラリカの言葉をきっかけにキアとのコミュニケーションのコツを掴んだ面々は、そのままキアを連れだって総本部の外へと続く通路を歩いて行く。
「でも意外だね。まさかクラリカがグノーシス人であるキアに対してなんのわだかまりもなく接するなんて。祖国を蹂躙した者は許さないんじゃなかったのかい?」
「まったく……当のキアさんがいらっしゃるこの場でそのようなことをお聞きになるなんて、やはりあなたは骨の髄まで真っ黒なマッドハーフエルフですねぇ?」
その道すがら。以前面と向かってボロクソに言われた意趣返しなのか、ラエルノアは笑みを浮かべたままクラリカにそう声をかけた。
クラリカは僅かに鼻を鳴らしてみせると、自身の長い銀色の髪を手の甲で払い、眼鏡の奥の大きな瞳をキラリと不敵に光らせる。
「――――ただ命じられただけのお人形さんに罪はありません。もし私が今後彼女に罪を問う時が来るとすれば、それは彼女が自分自身の考えで私の祖国への攻撃を肯定した時になるでしょう。ですがご覧の通り――――今はまだその時ではありません」
「…………」
「ふふ……どうやら愚問だったね、謝罪するよ」
クラリカのその淀みない返答に、ラエルノアは満足そうに頷き、横で聞いていただけのティオとボタンゼルドは心底関心したとばかりに興奮の面持ちで二人のやりとりを見つめていた。
「でも、キアさんはどうしてここにいらっしゃったんですか? たしか、危ないからストリボグさんの所にいるって聞いたような……って、えーっと……こういうの、キアさんにはなんて尋ねれば…………」
「…………」
「キア、君はスヴァローグの友人であるストリボグに命じられてここに来たのかい?」
「――――違います」
そうして間もなく出口という所、ティオが発した疑問を、ラエルノアがすぐさま補足して尋ねる。するとキアは即座にそう答え、突然ピタリとその歩みを止めた。
「キアさん?」
「誰にも命じられてない……? ではまさか、ここにはキア殿自身の意思で……?」
突如として歩みを止めたキアに、四人は揃って視線を向ける。
そしてその視線の先――――直立したままのキアは、ここに来て初めてその能面のような顔に感情の色の浮かべていた。
「あ――――」
「……?」
その口をぽかんと開いては閉じ、開いては閉じるキア。
それは相当に不可思議な姿だったが、四人はキアがなんらかの思いを形にしようとしているのではと察し、何も言わずに次の言葉を待った。そして――――
「あの方――――あの時、消えるはずだった私の手を握った――――でも、そのせいでとても傷ついていたあの方は――――どこに、いますか――――?」
一音一音。その言葉を発し終えるまでに相当の労力をかけたであろうキア。
抑揚のないその声とは裏腹に、彼女の表情にははっきりと憂いの色が浮かんでいた――――。
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