「グノーシス母艦、重力均衡喪失! 崩壊します!」
「船首180度回頭! ラースタチカは重力圏から離脱する!」
突如としてその巨体を震わせ、崩壊を始めたグノーシスの超巨大戦艦。
未だ多数のアルコーンが戦闘を継続する中、安定していた周辺の重力バランスが大きく崩れ、宙域に浮かんでいた無数の残骸が巨大戦艦中心部へと吸い込まれていく。
「ダランド! クルースニクとユーリーの反応は探せるかい?」
「今やっている! しかしこう残骸が多くてはな――」
「しかもグノーシス側は母艦がいきなり沈み始めたのに平気で戦い続けてますぅー! 亜空間レーダーも色々映しちゃっててわけわかりませーん!」
「ふむ……これはいよいよだね。ダランド、ラースタチカは安全圏に退避後、半亜空間潜行状態で待機。それと、ミアス・リューンのエルフと回線を繋いでくれ。グノーシスの反撃に備える」
混乱する戦場の中。ラースタチカのブリッジに座るラエルノアは静かに頷くと、頬杖をついてブリッジから見える漆黒の闇を見つめた――――。
「はわわ……っ! これ……なにがどうなって!? ミナトさんとユーリーさんはっ!?」
ラースタチカ直上、迫り来る無数のアルコーンからラースタチカとトリグラフを守り続けるバーバヤーガ。
凄まじい引力の渦に巻かれるバーバヤーガのコックピットで、ティオはぐるぐると視界を周囲に巡らせながら状況を把握しようと慌てふためく。
「気を抜くなティオ! こっちだ!」
「っ!?」
瞬間、ボタンゼルドの神速の認知がティオの脳内に煌めく。
真上から敵意――――!
ティオは即座に操縦桿を左右逆に操作してバーバヤーガの身をよじる。
そしてそれとほぼ同時。たった今バーバヤーガが存在していた位置にアルコーンの赤黒いエネルギーブレードが奔り、バーバヤーガの装甲板を紙一重で掠める。
「こっ――――のおおおおおおおっ!」
危機一髪アルコーンの攻撃を躱したティオは即座に操縦桿とフットペダルを全開。
バーバヤーガの全質量と推力をもって眼前のアルコーンに体当たりすると、加速の勢いそのままに左手のレーザークローでアルコーンの胴体部分を貫通。
そのまま超至近距離で全身の反物質ミサイル撃ち放つと、青白い炎の尾を引きながら爆発四散するアルコーンから離れ飛翔する。
「はぁ――――! はぁ――――ッ! す、すみませんボタンさん……!」
「落ち着くんだ――――ティオ。君がみんなを守りたいと願うのなら、戦場全てが混乱するこのような時こそ冷静になれ。大丈夫だ――――君には俺がついている!」
なんとかアルコーンを単独で撃破したものの、至近からの反物質ミサイル一斉射によって自身の左腕を丸ごと喪失したバーバヤーガ。
しかしボタンゼルドはティオを責めることなく励まし、ミナトやユーリーの身を案じるティオの心に力強く寄り添った。そして――――。
『ティオ! トリグラフの目がミナトとユーリーを捉えましたよっ! 大丈夫――――二人とも無事――――……でも、これは――――な、なんですかこれはっ!?』
「これは――――っ!?」
その時だった。
もとより全太陽系人類の頂点に位置するクラリカの空間認識能力と、ボタンゼルドの拡大された認知が同時にその存在を捉えた。
崩壊する巨大戦艦の中央からいびつに歪んだ閃光が溢れ出し、溢れ出した光は即座に強大な重力によって赤方偏移を起こして赤く染まった。
邪神の生誕。
鮮血の赤に染まった光を押しのけるようにして、禍々しい異形の影を背負った巨大な人型が、グノーシスの巨大戦艦という母体から産声を上げたのだ。
『アハハハハハハハハ! こうして外に出るのはいつぶりかなぁ? やっぱりいつ見ても薄汚い世界だよ――――!』
「ぼ、ぼぼぼ、ボタンさん……っ。な、なんですかこれ!? ボタンさんの感覚が、僕にも流れ込んでて――――! これって――――あの機体の、邪気っていうんですか――――!? 人の命を省みない、みんなの願いを……踏みにじろうとする気持ち……っ?」
「――――そうだ、ティオ。かつての俺は、無数の戦場であの邪気を放つ存在を倒し続けてきた。しかし……なんと凄まじい――――あれほどのプレッシャーは、この俺も感じたことがないっ!」
突如として戦場に降臨した異形の邪神。
そう、邪神である。
その戦場で戦うグノーシス以外の全ての者たち――――知性で劣るオークですら、その生命が持つ本能でその存在の闇に震え上がった。
それはアルコーンに似たシルエットながら、灰褐色だったアルコーンと違い、その悪魔は全身が濃い紫色と明滅する赤いラインで縁取られていた。
背中から生える八条の翼は鋭く広がり、もはや翼と言うよりも巨大なクモの手足を思わせる。
そして巨大な一本角が前方へと突き出した頭部。
人間の頭蓋骨に似た空虚な口腔部からは、渦巻く赤い粒子が呼吸するかのように放出され、同じく闇に塗り込められた眼孔には紫色の単眼が不気味に灯っていた。
両手両足はアルコーンの物よりも太く、鋭い。
周囲を見渡すようにその悪魔が手を振ると、それだけでその空間が脆いガラス板のように砕け散って湾曲した。
『フフ……せっかく作ったんだからこの子にも名前をつけてあげないと。うーん……ボクたちが好きだったヒーローの名前――――アイオーンなんてどうかな? うん――――そうしよう。君の名前はアイオーンだ!』
降臨した邪神――――アイオーンの中から無邪気な声が辺り一帯に響いた。
しかし混乱の極みに達した戦場の中で、ティオやボタンゼルド、そしてラースタチカに待ち望んだ声が同時に届く。
『っ――――! こちら――――リー! 聞こえるかな!? 戻ってきたよ!』
『ユーリーさん!?』
崩壊し、圧縮されていく巨大戦艦の下方。
緑赤の光芒となって飛翔する人影。
それは大破したクルースニクを抱えて飛ぶユーリーだった。
「待ってたよユーリー。ミナトは無事かい?」
『なんとか生きてるよっ! でも大ケガしてるの! 今からそっちの医務室に二人を運ぶから! ヒーリングポットの準備をお願い!』
『二人……? どういうことだいユーリー? そっちにはミナトともう一人……まさか、ストリボグがそこに来たのかな?』
ユーリーの姿をブリッジから確認したラエルノアが、即座にユーリーの声に応える。しかし返ってきたユーリの答えに、さすがのラエルノアも怪訝な表情を浮かべた。
『違うよっ! ミナトってば、敵のボスに見捨てられた女の子を助けに行って! いくら自分が勇者だからって、いっっっっつも無茶するんだからっ!』
「なるほど――――ミナトらしいね。わかった、こちらの第三カーゴを開ける。まずはそこに備え付けのポットを使ってくれ。すぐに医療班を向かわせる」
『りょーかいっ!』
ユーリーから事の顛末を確認したラエルノアは、ミナトの成したその行為に僅かに笑みを浮かべて瞳を閉じる。
そしてそのままユーリーに的確な指示を与えると、自身は再びその場に出現した邪神、アイオーンへと意識を集中させる。
『アハハハハハ! さーって、ボクの脱出ボタンはどこかなー? えーっと、確か脱出ボタンの波長は……っと……』
「やれやれ……随分と気持ち良さそうに笑うじゃないか。どうやら、私たちのことなど眼中にはないらしいね」
不鮮明ながらも邪神の姿を捉えたモニターの映像をみやりながら、ラエルノアはどうしたものかと首を傾げる。しかし――――
「でも――――まだまだ笑い方がなってないね。いいだろう、この場で君を完膚なきまでに叩き潰した後、私が本当の笑い方を教えてあげるよ。クククク……ッ!」
ラエルノアはそう言うと、アイオーンの禍々しい姿に匹敵するほどの邪悪な笑みをその美しい横顔に浮かべるのだった――――。
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