「んぅ……あれ……?」
眩いばかりの閃光が照らすバーバヤーガのコックピットの中。
目を覚ましたティオは、薄らと開けた視界の向こうに自分を優しく見つめる一人の青年の姿を見た。
「大丈夫か? ティオ……」
「ボタン、さん…………」
ティオには、その青年がボタンゼルドであるとすぐに理解することが出来た。
重ね合わせた意識の中で見た、彼の過去の戦い。
その中で、この目の前の青年は数え切れないほどの悔恨の涙を流していた。
守りたい者を守れず、失ってはいけない命を失ってきた。
ティオには、それを直視するこはできなかった。
ボタンゼルドの慟哭の叫びを。
操縦桿を握る彼の手が血にまみれていくのを。
常人であれば、数日で心が壊れているであろう程の日々。
今のティオには、そんな地獄のような日常をボタンゼルドが送らざるを得なかったことがたまらなく辛く、そして悲しかった。
しかし――――
「もう大丈夫だ。お疲れ様だったな……ティオ」
(それなのに……どうして、あなたは……)
今もティオをまっすぐに見つめるボタンゼルドの瞳は、どこまでも優しかった。
あれほどの地獄を生きたにも関わらず、ボタンゼルドは一つたりとも人としての心を捨ててはいなかったのだ。
全てが終わった後の平和な世界を見ることもなく、最後には自分の行いによって膨れ上がった憎悪によってその命を奪われた。
にも関わらず、ボタンゼルドの心は未だにこうしてティオや大勢の仲間たちのことを思い、生きることを諦めていないのだ。
(きっと……二度と戦いたくなんてなかったはずなのに……)
ボタンゼルドの膝上に抱かれていたティオは、自分がボタンゼルドのぬくもりに包まれていることを感じ、同時にそのぬくもりに深い安堵と暖かさを感じていることもはっきりと自覚した。
ティオはその大きな瞳に涙をためると、ボタンゼルドの服の裾をきゅっと握り、自分の身を僅かに寄せた。
「ごめんなさい……」
「何がだ?」
「思い出してきたんです……僕が夢の中でボタンさんに助けてって叫んで……そしたら、ボタンさんが僕の手を握ってくれて……」
ティオはボタンゼルドの胸元にその身を寄せたまま、ボタンゼルドと視線を合わせずにそう呟いた。
「僕がお願いしたから……ボタンさんはまた戦って……!」
「…………気にするな。こんな酷い力だが、今回はその力のおかげでこうして君やラースタチカを守ることが出来たのだ。俺にとっては戦うことよりも、大切な仲間を守れない方が遙かに辛い…………それは君だってそうだろう? ティオ――――」
「う……うぅ……ボタン、さん……っ」
そのボタンゼルドの言葉に、ティオはついにその溢れる想いを抑えきれずに肩を震わせて嗚咽を漏らした。
そんなティオの肩を優しく支えながら、しかしボタンゼルドは同時にある存在の接近をはっきりと感じ取っていた。その存在とは――――
『ありがとう、到達者――――君は最後まで、僕との約束を守り抜いてくれたんだね』
「君は……」
「え……?」
瞬間。
二人の耳に何者かの声が届くと同時。密閉された空間であるはずのバーバヤーガのコックピットが穏やかな光の中に溶けて消失し、ティオとボタンゼルドはそのままどこともわからぬ中空へと浮遊する。
『そしてティオ……よく一人で頑張ったね。君が立派に成長した姿を見れて、僕も嬉しいよ――――』
「あなたは……お父、さん……? 僕の、お父さん……!」
『君をずっと一人にしてしまったことを許して欲しい。この世界を守るために、どうしても必要なことだったんだ』
その光の中。浮遊するティオとボタンゼルドの前に、ティオと似た面影を宿した亜麻色の長い髪をなびかせた青年が現れる。
『もう薄々わかっていたかもしれないけど、ヴェロボーグというのは僕だ。僕はこの太陽系で最後の種を蒔いた後、ここではない別の場所に行かなければならなかった』
「やはりそうだったのか……あのスヴァローグという存在の意識を垣間見たとき、もしやと思っていたのだ」
「お父さんが、ヴェロボーグ……っ? じゃあ、僕は……!?」
『大丈夫だよティオ、君の記憶はもうすぐ戻る。君は僕よりもずっとこの世界に住むみんなに近いから、一度壊れても、そう簡単に消えたりはしない――――』
ついにその正体を明かした目の前の青年――――ヴェロボーグはそう言って笑みを浮かべると、静かに二人の前に歩み寄ってその手を取る
「教えてくれヴェロボーグ。ストリボグは俺が君の脱出ボタンだと言っていた。俺は君を脱出させれば良いのか? 君は今どこにいる?」
『それについてはもう大丈夫だよ。僕はもう、やるべき事は全てやった。そして――――』
ヴェロボーグは言いながら、ティオとボタンゼルドを促すようにして自らの視線を巡らせる。そうして三人が向けた視線の先――――そこには、おぼろげな輪郭のみとなった、人の形をした光がふわふわと浮かんでいた。
『あ……ああ……うう……っ。誰か、助けてよ……帰りたいよぉ…………ヴェロボーグ…………みんな…………どこに行っちゃったの…………?』
『ごめんよ、スヴァローグ……君を一人にしてしまって……どうか、許して欲しい……』
その光――――傷ついたスヴァローグに沈痛な表情でそう語りかけると、ヴェロボーグは再びボタンゼルドの方へと向き直り、その目をまっすぐに見据える。
『彼を――――スヴァローグを君の力で脱出させて欲しい』
ヴェロボーグはそう言うと、ボタンゼルドに向かって深々と頭を下げた――――。
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