脱出ボタン転生

異世界転生したら脱出ボタンだった件
ここのえ九護
ここのえ九護

創造主を追って

公開日時: 2021年9月2日(木) 18:54
更新日時: 2021年9月2日(木) 22:09
文字数:2,514


「地球人類がヴェロボーグの残した最後の文明だと!? なぜ……どうしてラエルにはそれがわかるのだっ!?」


 赤と青の大気を持つ巨大な岩石惑星の軌道上空。


 急ピッチで進むオーク艦隊の再建を眼下に臨む深宇宙調査船、ラースタチカの会議室で、ボタンゼルドの驚きの声が上がった。


「なに……簡単な事さ。私にも半分その血が流れているミアス・リューンのエルフ。あのカビ臭い隠者たちが太陽系の人類に接触した理由として、その話を聞いていたんだよ」


「それはまた興味深いことですねぇ……? なら、エルフが私たち人類に叡智を授けたのは、人類がヴェロボーグの最後の世代だと知っていたからなのですか? アカデミーでは、エルフの皆さんの動機は地球文明の保護だったと習いましたけど?」


「それは彼らの表向きの方便さ。エルフがヴェロボーグを追っていたのは、私が幼少期を過ごしたミアス・リューンの本星では公然の秘密だった」


 ティオとクラリカ、そしてボタンゼルドを前に淡々と話すラエルノア。

 クラリカは困惑の表情を浮かべながらも、一度は立ち上がった身をすとんと椅子の上へ戻した。


「あ、あの……っ! ストリボグさんも仰ってましたが、どうしてエルフの皆さんはヴェロボーグさんを追っていたのでしょう? それにラエル艦長もそれをご存じだったのなら、わざわざ地球から遠く離れたこんな場所を調べなくても、太陽系を調べた方がいいんじゃ……?」


「いい質問だねティオ。それについては順を追って話そう」


 おずおずと片手を上げて窺うようにラエルノアに質問を投げかけるティオ。


 ラエルノアはそんなティオの質問に何度か頷くと、目の前のテーブルに置かれたティーカップを優雅な所作で口にあて、ふうと一つ息をついてみせる。


「私の知る限りでは、ヴェロボーグは太陽系が存在する天の川銀河も含む、おとめ座超銀河団を中心として活発に活動していた痕跡が残っていてね。君たちも知っている通り、マージオークもエルフも、ルミナスの光の巨人も、グノーシスの奴隷になっていた水の民と言われる未開の文明も。全ての知的文明はヴェロボーグが起源だと言われている」


「改めて聞くととんでもない話だ……もしや、俺が生まれ育った宇宙の人類も、そのようにして生み出されたのだろうか……」


「どうだろうね。忌々しいことに私はまだボタン君やミナトが知る別宇宙の組成を見たことがないから、そこは断言できない。ただ、この宇宙ではそうなっていると考えてくれればいいよ」


 ティオの膝の上で戦慄の声を上げるボタンゼルドに、ラエルノアは『難しく考えなくて良い』と補足しつつ話を続けた。


「ヴェロボーグは行く先々で様々な文明を生み出した。でもヴェロボーグという存在はどうも単独――――もしくはとても数が少なかったようでね。私たちが出会ったストリボグも一人だっただろう? だから一度に沢山の文明を生みだしたのではなく、色々と試行錯誤をしながら、まるで何かの実験をするかのように、テーマを決めた文明を順番に生みだしたと考えられている」


 ラエルノアはそう言って目の前の空中にホログラフの画像を指先で描き出すと、そこにいくつかの人型と、それぞれの特徴を羅列して見せた。


 エルフは洗練された精神。

 ルミナスは個の力。

 マージオークは多数。


「ヴェロボーグの旅路を追っていくと、その文明を生みだした時にヴェロボーグが何を考えているのかがよくわかるんだ。恐らくだけど、エルフなんかはヴェロボーグにとっても相当に自信作だったんだと思うよ。まさか心が落ち着きすぎて、滅多に外出しない引きこもりニート文明になるとは予想外だっただろうけどね」


「なるほど……つまりストリボグ殿やグノーシスが言っていた世代だの、ふるいだのというのは、ヴェロボーグがその文明を生みだした順番のことだったのだな!?」


「フフ……初めて話した時から思っていたんだけど、ボタン君はとても適応力があるね? 知識量が乏しい筈のこの世界の話にも即座に順応する君のその思考回路――――とても私好みだよ。クククッ……!」


「ほ、ほう……っ!? それほどでもないぞっ!?」


「謙遜しなくてもいいよ。知識はいくら量だけを抱えても、柔軟に利用できなければ意味がないからね」


 ラエルノアの微笑みを受け、その黄色い顔を僅かに赤面させるボタンゼルド。

 その初心な姿にラエルノアは笑みを深めつつも、また別のホログラフを空中に描き出す。


「つまり、ヴェロボーグを探そうと思ったら、この銀河にある文明を追っていけばいつかはヴェロボーグがいる場所に着く筈なんだ。そうすれば、ヴェロボーグが持っていた夢のような力――――永遠の命や別宇宙との行き来、際限なく時空間を跳躍する技術や未発見の理論と――――まあ、常人が思い付く大抵のことは思いのままだろうと言われている」


「しかし解せませんねぇ……? そこまで分かっていながら、なぜエルフは人類を保護するばかりでヴェロボーグを探さなかったんです? 間もなく太陽系連合とミアス・リューンの国交成立三百年記念式典もあるのです。三百年もあれば、エルフの皆さんならヴェロボーグを見つけることなど簡単だったのでは?」


 淡々と続くラエルノアの話に、クラリカは首を傾げながら納得いかないとばかりに口を挟んだ。眼鏡の奥で輝く銀色の瞳が、ラエルノアの青い瞳をまっすぐに見据える。


「その通りだよクラリカ。今話したとおり、エルフの本当の目的もヴェロボーグだった。地球文明を保護する名目で太陽系に平和裏に入り込み、事を荒立てずにヴェロボーグを探す。いつものエルフのやり口さ」


「ええっ!? じゃあ、もうエルフさんたちは地球でヴェロボーグを見つけた……って、そんなわけないですよね……!? それならラエル艦長がこうして探してるわけないし……」


「そういうこと。ヴェロボーグの足跡は太陽系で終わっている。にも関わらず、偉大なるエルフ文明の力でも太陽系でヴェロボーグを見つけることはできなかったのさ」


 ラエルノアは言うと、どこかエルフを小馬鹿にするような歪な笑みを浮かべた。

 そして正面から彼女のその笑みを見たボタンゼルドは、ラエルノアの内にくすぶるエルフへの複雑な感情を敏感に感じ取るのであった――――。




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