『ギエエエエエエッ! マジですンませんでしたアアア! もう二度とアンタらには手を出さねぇと約束するうううう!』
「ああ、そうしてくれると助かるね。ただ、グノーシスが本当に実在した以上私たちだけでは手が足りない。詳細は後で送るけど、君たちマージオークにも手を貸して貰いたい。どうかな?」
『も、もちろんだぁ! 俺たちマージオーク、ゲッシュB911艦隊は恩人のアンタらに従うううううう!』
「いいだろう。なら、君たちは自分たちの艦隊の再建を急いでくれ。時間的な余裕はそれほどないからね」
ラースタチカのブリッジ中央。
周囲から三段ほど高くなった指揮官席に座るラエルノアが、目の前に映し出される緑色の体表を持つ上半身裸の男に小さく頷く。
彼の名はゲッシュB911。先ほどグノーシスの襲撃を受け、ラースタチカに救援を求めたオーク艦隊を指揮する将軍である。
彼らはグノーシスに襲われる数ヶ月前からずっとラースタチカを執拗に追撃していた。なんでもラースタチカからお宝の臭いがしたとのことだが、どうやら本当にそれ以上の理由はなかったらしい。
ラースタチカを追ってあの青と赤に輝く星に近づいた彼らは、ラースタチカと同様に正体不明艦隊の攻撃を受けた。
数で圧倒的に勝るオーク艦隊は正体不明艦隊を退けつつあったらしいが、そこにあのグノーシスが現れ、コテンパンにやられてしまったというわけだ。そして――――
「――――そして君たちだ。君たちは一体なぜ私たちやオークを襲ったんだい? 先ほどの通信では、逆らえないと言っていたが――――」
『ゲコゲコッ……我々は水の民。お前たちも訪れたあの星に住んでいた』
全宇宙共通の謝罪ポーズ『DOGEZA』の姿勢を取るゲッシュB911の横。
地球の生物に例えるならば、カエルやサンショウウオに良く似た、両生類的な容姿を持つ生命体がラエルノアの問いに重い口を開いた。
『数年前まで、我らは機械の使い方も、戦い方も知らなかった。しかしある日突然空から天使が降って来て我らに戦えと命じた。お前たちが消した、あの灰色の――――』
「なるほどね……君たちの星にはヴェロボーグの使っていた施設が残っていた。グノーシスはそれを探り当て、そこに住んでいた君たちをそのまま外敵排除用の要員として使役していたというわけか……」
『天使の力は強い。逆らった者達は皆殺された。船も武器もいらない。我々は水の中に帰りたい』
「わかったよ。我々太陽系連合も君たちをこれ以上どうこうするつもりはない。ダランド、この星の座標とグノーシスの出現についてルミナスの宇宙警備隊に連絡を。下っ端の恒星観測員一人くらいなら寄こしてくれるだろう」
「フッ……わかった。相変わらず面倒見の良い女だ」
その艶やかな口元に手を添えて頷くと、ラエルノアは前方の操舵席に座るダランドにそう指示を出す。
それを聞いたダランドは粛々とラエルノアの指示に従いつつも、その厳つい顔に笑みを浮かべ、茶化すように言って返した。
「私はいつだって叡智と文明の守護者だよダランド。ここまでの知的進化を遂げた存在が放つエントロピーにはそれだけで価値がある。正しいとか新しいとか、そんなことはどうでもいいのさ」
ラエルノアはダランドの言葉に肩をすくめ――――しかしどこかダランドの言葉による物ではない怒りをその蒼い瞳に宿しながら、目の前に広がる闇を射貫くように見つめた――――。
――――――
――――
――
「太陽系連合の救援要請に応じることにした。幸い、私たちが助けたオーク艦隊も共に戦ってくれるそうだよ」
「太陽系連合の救援――――? もしや、俺がここにやってきてすぐにラエルが斬り捨てていたあの要請か!?」
「あ、あんなに興味ないって、勝手に滅びれば良いって言ってたのに……!?」
「ラエルがそのようなことを言い出すなんて――――明日は未観測のブラックホールにでも直撃してしまうのではないでしょうか?」
グノーシスに隷属させられていた水の民とオーク艦隊。両者との会談を終えたラエルノアは、ティオやボタンゼルドの元に戻ると開口一番そう言った。
「おや……? これは心外だね。先ほどダランドにも似たようなことを言われたんだけど、君たちは普段この私のことをなんだと思っているのかな?」
「ボタン使いの荒い恐怖の指揮官だっ! このままでは脱出ボタンがいくつあっても足りんぞッ!」
「あ、あはは~……ちょ、ちょっとだけご自身の欲望に素直な感じの怖い……じゃなくてっ! た、頼れる艦長さん! です……!」
「血も涙もないマッドネスサイエンティストハーフエルフです。むしろ、それ以外になにかあるとでも?」
「ほう……? 君たちの貴重な意見は今後の戦術立案の参考にさせて貰うよ。特にクラリカ、君とはじっくりと誤解を解く必要がありそうだね?」
「受けて立ちましょう」
「はわわわ……っ!?」
「な……なんという殺気だ!」
ラエルノアの発した『太陽系連合からの救援を受ける』という話に反応した面々の言葉を受けただけにも関わらず、互いにその表情をぴくりとも動かさずに周囲の空間をぐにゃりと湾曲させるラエルノアとクラリカ。
哀れ、二頭の猛獣の檻に放り込まれた小動物状態となったティオとボタンゼルドは、互いの身をがっしと抱き合ってガタガタと震えることしかできなかった。
「まあ冗談はこの程度にしておこうか――――勿論私もなんの利益もなく太陽系に戻るつもりはない。ティオとボタン君は覚えているだろう? あの惑星で見たストリボグと名乗った存在の言葉を」
「(今のが冗談だったのか……)う、うむ……勿論覚えているぞ! ヴェロボーグが残した最後の世代を探せ――――だったか?」
「そう。そして私には、すでにその最後の世代とやらの予測がついている」
「なんですって……? ならもしかして太陽系に戻るというのは……っ!?」
先ほどまでの異常な力場もどこへやら。
一瞬で平時へとその表情を戻したラエルノアが語るその言葉に、ラエルノアと向かい合って座るクラリカが思わず身を乗り出した。
「その通り――――ヴェロボーグが残した最後の世代。それは恐らく、太陽系に住む人類のことだ」
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