「――――それで、何故このようなことになっているのだっ!?」
「いや、これは参ったね。さすがの私もこのような状況になるとは読めなかったよ」
広大な漆黒の宇宙空間。
困惑の声を上げるボタンゼルドとラエルノアの背後には、今も青い地球が美しく輝いている。そして彼らの周囲には、十隻に及ぶエルフの宮殿艦隊がぐるりと円を描くように浮遊していた。
そしてボタンゼルドとラエルノア、そしてティオやクラリカが立つ円形の台座の正面には、威風堂々とした全長300mほどの西洋甲冑然としたエルフの操る機動兵器――――光神甲冑と呼ばれる搭乗型ロボットが悠々と漆黒の闇を背景に鎮座していた。
「いやはや……まさかあそこまで致命的で致命傷な振られ方をしたにも関わらず、めげずに追いすがってくるとは……我が祖国にぜひ欲しいほどの根性ですよ。全く」
「きっと、それくらいラエル艦長のことを想ってらっしゃるんでしょうね……」
「許してくださいラエル。私も本心では貴方の意思を尊重したいのです。ですが、魂の願いをかけたアーレンダルの想いを無下にすることは出来ないのです」
「わかっているよパパ。魂の願いを行使してまでその欲を表したアーレンダルを冷遇すれば、せっかくエルフに起き始めた小さなうねりの始まりを潰してしまうことになりかねないからね」
『ありがとうございますエーテリアス様。我が想い――――こうして示す場を与えてくれたことを心から感謝します。我が魂と剣、そして命の輝きにかけて、必ずやラエルノアに私の想いを――――!』
はるか前方、仁王立つ光神甲冑からアーレンダルの堂々とした声が響き渡る。
そう、一度はシャトルに乗って帰還の途についたラエルノアたちはエーテリアスによって呼び戻され、魂の願いをかけたアーレンダルの想いを確かめる場に一度は登壇することを求められのだ。
そして、そのアーレンダルの想いを確かめる方法。それは――――
「機動兵器に乗った私とアーレンダルとで決闘を行い、その中で血を流さずに想いを確かめ合う。僅かでもどちらかが血を流せば二人の縁は汚れ、結ばれることはない――――」
「そうです。魂の願いによる求愛を確かめる試練は他にもいくつかありますが、アーレンダルの指定したこの決闘による試練は、過去数十億年にわたって行われた試しがありません。ラエルも知っての通り、アーレンダルの剣の腕はミアス・リューン随一。よほど自信があるのでしょう」
「だろうね。ま、それでも私に及ぶとは思えない。問題は――――」
ラエルノアは心配そうに自分を見つめる父に笑みを浮かべると、たった今自分たちが立つ円形の待機場の後方へと視線を巡らせる。
そこには禍々しい継ぎ接ぎだらけの装甲板を身に纏い、眠るようにそのフードを下ろした機械仕掛けの魔女――――バーバヤーガが、その全長300mにも及ぶ巨体を静かに滞空させていた。
「最後にもう一度確認するけど、別に私自身が戦わなくても良いんだね?」
「はい。決闘の当事者はそれぞれ代理人を立てることが可能です。アーレンダルは自ら甲冑に乗り込んでいますが、ラエルは自分の代わりに他の皆さんに依頼しても構いません」
「ふむ……そうだね?」
エーテリアスに念押しして確認したラエルノアは、なにやら深く考え込むような素振りを見せた。
腕を組み、片手を自らの滑らかな口元にあて、その瞳を閉じるラエルノア。
彼女にしては珍しく、沈思黙考の時間をたっぷり数分は取った後、ちらと片眼を開け、緊張の面持ちで自分を見つめるティオと視線を合わせる。そして――――
「フフ……まあ、たまには私もこんなことをしても良いだろう。ティオ、もし良かったら、私ではなく君がバーバヤーガに乗ってアーレンダルと戦ってくれないかな?」
「ティオに!?」
「え……? えええええっ!? ぼ、僕がですかっ!?」
「た、たしかにバーバヤーガにはずっとティオが乗っていますけど……仮にも貴方の未来を大きく左右するかもしれないこの決闘を、ティオに任せるというのですか!?」
まるで気まぐれのように発せられたラエルノアのその提案に、ティオだけでなくその場にいる全員が驚きの声を上げた。
しかしその張本人であるラエルノアはどこ吹く風。おやと首を傾げると、心外とばかりにもう一度尋ねる。
「駄目かな? 私はティオならきっと私よりもうまくバーバヤーガを扱えると思ったんだけど。それにこの決闘は今言ったように血を流してはいけないから、怪我をしたりする心配も無用だよ」
「そ、そういうことじゃないですよぅ……っ。ラエル艦長の未来を決めるような重要な戦いに、僕みたいな……」
そこまで言ったティオの脳裏に、さきほどボタンゼルドと互角の死闘を繰り広げたラエルノアの神域の機動が蘇る。
自分ではとても踏み込めない、二人だけの世界。
楽しそうな笑みを浮かべ、まるで互いの全てを理解しているかのような二人の姿。
一度は忘れていた胸の痛みが再びティオを襲い、彼女は自らの小さな胸を押さえて俯く。
「僕みたいな……パイロットより……」
それらを抜きにしても、ゲームとはいえ同じTWの操縦方法であそこまでボタンゼルドと戦えるラエルノアが、自分よりも劣るとはとてもではないがティオには思えなかった。
「僕……なんかより……ラエル艦長がご自分で戦った方が、絶対いいです……っ。ごめんなさい……艦長」
「おや……それは残念だね……」
俯いたままそう呟くティオに、ラエルノアは肩をすくめて落胆の意思表示をしてみせる。だが、なんとラエルノアはそのまま即座にこう続けたのだ。
「ならボタン君――――良かったら私と一緒にバーバヤーガに乗って戦ってもらってもいいかな? マインドリンクの調整は合わせてある。普段ティオとしているようにしてくれるだけでいいはずだよ」
「え――――っ!?」
「ら、ラエル!? 貴方、もしかして――――!?」
「俺がラエルと? うむ、それは構わないが――――」
ラエルノアが発したその提案に、ティオはふらりと景色が歪むのを感じた。
ライトイエローの清楚なドレスの下に隠れる細い両足ががくがくと震え、呼吸することも出来ない。それほどまでにとてつもない感情の発露が、ティオの中に突如として沸き立ったのだ。
(ボタンさんが――――ラエル艦長と?)
それはまるで、全ての時が止まったような感覚。色を失ったティオの視界の中、ラエルノアはボタンゼルドに向かって確かに頷き、彼の伸び縮みする手を取ろうとする。
(嫌――――そんなの嫌――――です――――とっても、嫌です――――っ)
瞬間。ティオの心の内に、強烈な拒絶と合わせたもう一つの感情が沸き上がる。
その感情はエルフが張り巡らせた思いを伝播させるシステムに乗り、周囲全ての者に伝わった。
「待って……待って下さいっ! バーバヤーガには僕が乗ります――――! 嫌なんです……ボタンさんが僕以外の誰かと一緒に戦うのが――――っ! ボタンさんとは……僕が一緒に戦いますっ!」
ティオは叫び、半ば割り込むようにしてラエルノアとボタンゼルドの間へと飛び込むと、伸ばされかけていたボタンゼルドの手を取り、その小さな体を自らの腕の中に抱いた――――。
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