「彼女の名前はキア。先の戦いで太陽系連合とも接触しているから、声だけなら皆も聞いているだろう?」
『あの戦いの後、ピクリとも動かなくなったアルコーンを調べたんだけど、中には誰も乗っていなかったんだ。正確には、有機体が乗ってなかったってことみたい』
「表向きには、グノーシスとは強大な中枢システムによって率いられた機械生命体群ということにしてある。もしここでキアという真のグノーシス人の存在が明るみに出れば、ここぞとばかりに戦後処理も紛糾するだろうからね」
ストリボグの構築したホログラムの向こう。
ストリボグの機械的な姿の隣に並び立つ青い肌の少女――――キア。
青い肌に紫色の長い髪。金色の瞳に十字型の瞳孔が目を引く。
均整の取れた、決して華奢ではない体はしかしどこか儚げで、まるで生まれたばかりの赤ん坊を見ているような弱々しさを感じさせた。
「この子が……ミナトさんが重傷になっても助けたって言う……」
「そう。グノーシスの超巨大戦艦の最深部に突入したミナトとユーリーは、そこでスヴァローグとキアに出会い、グノーシスの真実を知った。ミナトはスヴァローグに顧みられることのなかった彼女を重力崩壊の中から助け出したんだ」
「さすがはミナトだ……! 自ら勇者を名乗るだけのことはある!」
「ですが……そのミナトは昨日、まだろくに傷も癒えていないのに異世界に飛んで行ってしまいましたよ? 転移をコントロールできないとはいえ、無事でいると良いのですけれど……」
『彼女の存在を秘匿する意味でも、情勢が落ち着くまで私の存在する亜空間領域で匿うことになった。これから彼女がどうするかは、まだ先の話になるだろう』
現れたキアの姿に僅かにざわつく室内。
しかし今の彼女からは一切の敵意も感じず、まるで人形かロボットを見ているような錯覚に陥る。
ストリボグの言うとおり、これまで全ての意思をスヴァローグに委ねていた彼女が自分の意思を持つには相当な年月を要するのかもしれない。
「実際のところ、ミナトの行動は単なる人道上の問題を越えて、私たちの今後に大きな指針をもたらしてくれたよ。キア、すまないが、先ほどストリボグに話したことをもう一度聞かせて貰っても良いかい?」
『はい――――我らが神の、ご友人様の、友人様――――』
ラエルノアはボタンゼルドとティオの座るソファーに自身も悠々と腰掛けると、そのまま目の前のホログラムの中に立つキアに声をかける。
キアはその瞳だけをラエルノアに向けて小さく頷くと、淡々とその口を開いた。
『――――我らが神は仰っていました。この宇宙に脅威が迫っていると。かつて袂を分かった、旧いご友人が裏切ったと』
「裏切り……!? 君たちの神の友人とは、まさか……!?」
『我らが神はこうも仰いました――――『チェルノボグが帰ってくる。チェルノボグはアイツらのスパイだった。このままじゃ、お父さんもお母さんも死んじゃう』――――と』
キアの語った話。それはつまり、かつてのスヴァローグが彼女と語り合う中で口にした、スヴァローグ自身の行動理由だった。
この場にいる者の中でティオとボタンゼルドだけは知っていたが、確かにスヴァローグは何かにせき立てられるように、しきりに脱出ボタンを求めていた。
『――――ここまで聞けば、今の君たちならわかるだろう。チェルノボグとは私やヴェロボーグ、スヴァローグと共にこの宇宙を作った始まりの四人。その最後の一人だ』
「これはまた嫌な流れですねぇ……? つまり、グノーシスを作った創造主の一人は、その裏切り者を恐れてヴェロボーグを探しに太陽系までやってきたと?」
『彼女の話を聞く限り、そういうことになる』
その機械的な顔にどこか寂しさと後悔の色を滲ませるストリボグ。
念押しに発せられたクラリカの問いに、ストリボグは重々しく頷いた。
「ま、待って下さい! スヴァローグさんが太陽系を攻撃した動機がそれなら、この宇宙にとって一番大変な部分は何も解決してないってことなんじゃ……?」
「そうなるね。スヴァローグはただ太陽系に逃げてきただけだ。スヴァローグも恐れる真の脅威が、恐らくすでにこの宇宙のどこかに存在している」
『その詳細を話す前に、君たちには私やヴェロボーグが生まれた外側の世界の情勢を説明しなくてはならない。そうしなければ、チェルノボグという存在の目的を説明することができない』
ストリボグは言うと、自身とキアが映るホログラムとは別に、複数のホログラムを別室の内部に展開する。
そこには、ストリボグたちが生まれ育った世界がビッグクランチと呼ばれる宇宙の収縮によって押し潰される寸前であることや、逆に圧縮された宇宙中のエネルギーを使い、膨大な演算力を必要とするティオたちが住むシミュレーション宇宙を生み出したことなどが描かれていた。
『外側の世界の人類も決して一枚岩ではない。我らのように最後まで生きるために足掻こうとする勢力以外に、滅びを自然の摂理として受け入れ、滅びに抗うことを良しとしない勢力が存在する』
「あらあら……途方もないスケールの話であるはずなのに、偉大なる創造主の皆様も、未だにそのような下らないイデオロギーのしがらみから逃れられていないのですねぇ……?」
『我らは神ではない。君たちの使うテクノロジーの中にも人の持つ感情を動力とする物があるように、我々は最終的に生物としての感情を失うことを拒否した末に繁栄した、不完全な存在だ』
クラリカの皮肉も正面から受け止め、ストリボグは別のホログラムに一つの画像を浮かび上がらせる。
そこには見るからに好青年然とした、輝くような白い髪をなびかせた赤い瞳の男性の姿が映し出されていた。
『我ら始まりの四人の中で、最も早く姿を消したのがチェルノボグだ。スヴァローグの話を全面的に信じるのならば、チェルノボグは元からそれら滅びを受け入れる勢力の指示を受け、このプロジェクトに参加したスパイだったのだろう』
「なるほど……では、スヴァローグが恐れていたのは、そのチェルノボグという人物のこの宇宙への帰還だったのだな? その裏切り者がもはやスパイであることも隠さず、この宇宙を破壊するために戻ってきたと……」
『いや……それだけであればスヴァローグ一人でも対処出来たはずだ。この宇宙にいる限り、我ら始まりの四人の権能は同等。ただヴェロボーグ一人のみが脱出ボタンを使うことが出来たにすぎない』
「じゃ、じゃあ……スヴァローグさんはどうして、あんなに……」
ストリボグの言葉に、その場にいる全員が固唾を飲んで話を聞いていた。
青ざめた表情でストリボグに詰め寄るティオを見つめながら、ストリボグは言葉を続けた。
『恐らく――――チェルノボグも見つけたのだ。この世界を完全に、跡形もなく無に帰すための、滅びのスイッチを――――』
その言葉と同時、ストリボグは最後にもう一つのホログラフを虚空に展開する。
そこにはボタンゼルドの姿と瓜二つの、赤い円盤状の物体が静かに映し出されていた――――。
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