「すやすや…………むにゃむにゃ…………」
「うむ……うむ……うむ……」
穏やかな青いライトに照らされた室内。
かわいらしい寝息と共に、形容しがたい雄々しい寝息が重なる。
ここはラースタチカ船内。
人型機動兵器であるTW――――バーバヤーガのパイロットである、ティオ・アルバートルスに与えられている一室だ。
適度な堅さの白いマットレスの上、肌触りの良いタオルケットに身を包んで眠るティオ。
そしてそのすぐ横では、自分専用のオモチャサイズのベッドでキリリとした寝顔を浮かべる黄色い円盤状の生物――――ボタンゼルドが眠りについていた。
太陽系圏内、火星近傍でのグノーシスとの決戦から三日。
未だその被害の全貌は掴めぬほどに、太陽系連合の損害は大きかった。
ラースタチカもその船体の30%をアイオーンの攻撃によって喪失。
幸いなことに人的被害は出なかったが、クルースニクのパイロットであるミナトは重傷を負い、バーバヤーガも一度は完全な大破へと追い込まれた。
連日連夜続く様々な戦後処理。
その上、ティオとボタンゼルドは戦争の最終局面でグノーシスの首魁であるアイオーンを単機撃破したことで、多くの勢力から質問攻めを受けていた。
ようやくそれらから解放された二人は今、こうして一時の休息に身を委ねていたのだ。しかし――――。
ピピッ――――ピピッ――――ピピッ――――
「うむむ…………うむッ! ティオ、時間だ! 今日も素晴らしい一日が始まるぞ! ハッハッハッハ!」
「ふわっ……!? はわわ……お、おはようございますボタンさん……ま……まだ眠いです……すやすや……」
「確かに、ここ数日はまさに分刻みのスケジュールだったからな。しかし、それらの仕事も片付けなければいつまでも終わらないっ! 君の気持ちはわかるが、今こそ立ち上がるのだ! ティオ!」
突如として室内に鳴り響くアラーム。
しかし高度に船内の睡眠管理が施された船内では、アラームが鳴る前から徐々に室内の光が青から朝日と同じ波長の明るい色へと変化するようになっている。
おかげで一切の躊躇も見せずに跳ね起きたボタンゼルドは、すぐさま隣で眠るティオにアラームよりもうるさい声で挨拶すると、その白い歯を覗かせて満面の笑みを浮かべた。
「ううん……そ、そうでした……。ボタンさんの言うとおりです……頑張って起きます……」
「偉いぞティオ! さあ、起きたらまずは顔を洗ってくると良い! 俺はコーヒーを用意しておこう!」
ようやくといった有様で起き上がったティオを確認したボタンゼルドは、そのまま脱出ボタンとは思えないような驚異的な身体能力で寝室から飛び出す。
そしてその伸び縮みする腕をまるでアクション映画のフックロープのように壁面に貼り付け、バンジージャンプの要領でびよんびよんと跳ねていき、ついには一度も地面に足をつけぬまま、壁面に備え付けのドリンクメーカーへと飛び移って見せたのだ。
「うむ……! ようやくこの体の扱いにも慣れてきた! 自在に伸びる腕というのもなかなかに便利な物だな! ハッハッハ!」
つるりとした壁面に、なにか得体の知れない不気味な昆虫のように張り付いたボタンゼルド。しかし本人は大真面目である。
すでにドリンクメーカーの扱いにも慣れた物。
流れるような動作で二人分のコーヒー生成を入力し、さらにティオの分のコーヒーにはコーヒーミルクではなく通常のミルクを、砂糖はビートシュガーを選択する念の入れようだ。
「ティオはまだまだ育ち盛りだからな……! 牛乳を飲んでぐんぐん育つのだ! うむうむ!」
そう言って満足げな笑みを浮かべるボタンゼルド。
室内にかぐわしいコーヒーの香りが漂い初め、ボタンゼルドもますますその笑みを深くする。だが――――
「わ、わひゃあああああああああ!?」
「――――っ! ティオ!?」
だがその時、洗面室へと向かったティオの悲鳴とも絶叫ともつかぬなんとも微妙な声が響いた。
ボタンゼルドは再びその腕を颯爽と伸び縮みさせると、すぐさまティオの元へと向かう。
「どうした!? 一体何が……っ!」
「は、はわわ……はわわわ…………ボタン……さん……っ」
そこにはなんとも頼りない弱々しい表情のティオが、はだけたパジャマもそのままに内股気味にぺたんと床に座り込み、うるうると潤ませた瞳でやってきたボタンゼルドを見上げていた。
「一体何があったというのだ……もしや、また何か思い出したのか?」
「ち、違うんです……ぼ、僕……! その……今見たら…………っ!」
天井部分にその手を貼り付け、腕を伸ばしてぷらーんぷらーんと左右に揺れるボタンゼルド。ティオはそんなボタンゼルドに、その頬を真っ赤に染めてとんでもないことを告げた。
「ぼ、ぼぼぼ、僕……っ! 女の子になってました……っ! ど、どうしましょう!?」
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