日はまだ高いが、野宿の準備にはそれなりにかかる。特に慣れていない奴がいるなら尚更だ。
「ねぇリーパー! 火とか水でこう、ドドドドンって出来ない?」
枝拾いをしている魔法剣士が、宙に浮き本を読むリーパーへ声を張り上げる。枝と言ったが、足首ほどの高さの草がほとんどで、火をつけられそうな枝の一本すら中々見つけられない。
ちなみにだが、少女とロディアは、戦士と聖女と共に野営地の準備、という名のお留守番をしている。
「あのねぇ、キミは魔法をなんだと思ってるんだい」
「便利ななんか」
「……はぁ」
ため息ひとつ。リーパーは本をいつものように仕舞い、それから下へと降りてきた。同じように枝を拾う舞手が、小さく舌打ちするのを半ば無視して。
「いいかい? 魔法というのは」
「あ、それ長くなる? 長いなら三行でお願いします!」
「キミねぇ……」
頭に手をやり、リーパーは小さく息をひとつ吐いた。それでも話す気はあるのか、リーパーが「魔法というのは」と説明しかけた時だ。
「あれ。この花、なんだろ」
魔法剣士が手に取ったのは、白色の小さな花だ。確か、鈴蘭と言ったか。それは草むらの中でも一際目立ち、余りにも美しく見えた。
「いけない、それは……!」
「へ」
手を離すよりも早く、その花の葉は巨大化すると、その両の葉で魔法剣士を器用に捕えた。更に花も巨大化し、その根が地面をせり上げ地表へ出ると、周囲からも無数の根が湧き出てきたのだ。
「待って待って待って! 何これ怖い! やだ助けて!」
葉に巻き付かれたままの魔法剣士が、なんとか動く足をバタつかせるが、それだけで拘束が解かれるなら安いものだ。
いくつかついている白い花が、魔法剣士を呑み込もうと口のように開かれる。涎のようなものが見え、魔法剣士は一層甲高い悲鳴を上げた。
「もやし! あれはなんだ!」
「何って、キミたちが魔物と呼んでいるものだろう。初めて見たのかい?」
「そういうことじゃねぇ!」
根が舞手を捕えようと伸びるが、素早い動きでそれをかわしてみせる。リーパーは、まぁ言わなくてもわかるか。腰に差した扇を広げると、舞手はそれを下から上に振り上げ、
「風雅!」
と発する。が、またもや何も起こらず、リーパーが苛立ちを隠そうともせず、舞手を睨みつけた。
「いいかい? 魔法はただ言葉を発すればいいわけじゃない。詞を用いて、自然に語りかけるんだ」
「オレはそんなん聞いたことねぇ!」
根をかわし、再び「風雅!」と言うもやはり何も生じない。魔法剣士から「こんな時に魔法の勉強はやめろください!」と聞こえるが、二人は全くの無視だ。
「舞いだよ」
リーパーもまた、向かってくる根に「黒南風」と風の低級魔法を打ち込みつつ応戦する。こいつが火の魔法を使えば終わりそうな気もするが、どうやらそれをするつもりはないらしい。
「キミの舞い。それが詞と同等のものになる。その“風雅”と言ったか、それに呼応する舞いがあったはずだ」
「こんな時に舞えるか!」
リーパーが深い深いため息をついた。
「だからキミは駄目なんだよ。舞いはなんのためにするんだい? キミは彼女の何を見たんだい?」
「……っ」
踊り子のことを言われ頭にきたのか、舞手がリーパーを睨む。だが、それは本当に一瞬で、舞手が自身を落ち着かせる為に息を深く吸った時だ。
「ああああん! やだ食べられるぅ!」
花が口の中に向けて、魔法剣士を放り込んだ。リーパーが舌打ちし、一瞬で魔法剣士の元まで飛ぶとその身体を抱える。そのまま離脱しようとし――
「風雅」
「え!? まいちゃんちょっと待」
扇の先から発生した風は、鋭い刃のように真っ直ぐ花へと走り、そのうねる花と葉を細かく切り刻む。もちろん近くにいた魔法剣士とリーパーにもその刃は走り、魔法剣士が、
「これ絶対痛いやつ……って、痛くない?」
と傷が無いことに安堵する。しかしリーパーの「かはっ」と苦しげな声が聞こえ、慌てて自身を抱えるリーパーを見れば。
舞手の発した風から魔法剣士を守るように、リーパーの身体もまた切り刻まれていた。力無く地面へ降り魔法剣士を立たせると、リーパーは崩れるように膝をついた。すぐさま閃が走り再生されてはいくが、それとこれとは話が別だ。
「リーパー! まいちゃんなんで!?」
「わざとじゃねぇ! 初めてで加減が……」
そう、本当にわざとではない。魔法剣士もそうだったが、こいつらはまだ加減が出来ないだけだ。
それくらいでリーパーも怒りを表すような奴ではないが、ただ、この状況は至ってよろしくないのも確か。刃を逃れた根と花が、三人を再び取り囲んでいく。
「あああ! どうすればいい!? どうすれば……」
「……四季の、最後だ」
それは掠れ声だったが、確かに舞手の耳に届き、そして舞手は扇を上下に構え片足で立った。
「まい、ちゃん……?」
根が三人を襲う。舞手が扇で円を描くように舞い、足で軽く地面を蹴った。
「月牙」
晴れる大地に、それは唐突に舞い出した。
「これは……氷?」
小さな小さな氷の粒だ。太陽光を反射し、美しく輝くそれらは、しかし残酷なほどに冷たく、根へと張りつき一瞬にして根の先端から凍らせていく。
花まで凍り、樹氷のようになったそれを舞手は見、そして妖艶な笑みを讃え、優雅な動きで頭を下げた。途端に粉々になり地面へ落ちる花と葉。もう動くことはないだろう。
「まいちゃん凄い! これが舞い?」
魔法剣士は頭の上で手を叩きながら飛び跳ねる。そんな魔法剣士を放って、舞手は膝をついたままのリーパーへと歩み寄る。
が、リーパーは特に何も無かったように立ち上がると、ローブについた草を払い落とした。怪我は再生しきったようで、傷ひとつすら見えない。
「お前、三味線弾きやがったな」
「さぁ? なんのことかな。痛かったのは事実だよ。痛みを感じるなんてどれくらいぶりかな」
「減らねぇ口だな」
そんなリーパーの両手を握り、魔法剣士がぶんぶんと上下に振り始めた。
「ねぇねぇ。僕にも教えてよ、こう、どーんとするやつ」
朗らかに笑う魔法剣士は、悪意などないのだろう。だからこそリーパーはその手を振り払えず、戸惑いを隠せない。
「え、あ、その……、いやでも……」
珍しく口籠り、リーパーは気恥ずかしそうに視線を伏せた。奴にとって、こうやってズカズカと踏み込んでくる人間も、素直に歩み寄ってくる人間も、今までにいないタイプだったからな。
「おい、早く枝拾って戻ろうぜ。おっさんが待ってんじゃねぇか?」
「あぁ! そっか、そうだよね! よーし、じゃ早く集めて戻ろ!」
魔法剣士はリーパーの手を離し、舞手に「ごめんごめん」と苦笑いし、一緒に枝を探し始める。そんな二人を横目に、リーパーは魔法剣士が握った手を呆然と見つめ、そして――
悲しげに目を伏せたのだ。
※
それはこの世界のどこかにあり、どこでもない場所。例えるならば、白き妖精王の狭間の世界と同じと言えばわかるか。
その昏き世界に、白い帽子を被ったあの胡散臭い男、狂った勝負師が姿を現した。それに続くように、鮮血の歌姫と腐蝕の王も現れる。
そう、今はこの場所を奴らの根城とでも言おうか。
「あー、にしても白き妖精王はんが“お家”から出てきはるなんて、なかなか珍しいこともあるもんやなぁ。なんか弱みでも握られてるんやろか。あ、もしかしてこれやろか」
勝負師が親指と人差し指で丸を作り、隣で悔しげに爪を噛む腐蝕にニッと笑う。もちろん腐蝕はそんなことに構わず、何かぶつぶつと呟き続けている。
「あの雑魚、雑魚のくせに雑魚のくせに雑魚のくせに雑魚のくせに! 何が白き妖精王だ! 詞も使わずに魔法を使うなんてイカサマに決まってる。じゃなきゃ俺が、そうだよ俺は逃げたんじゃない、あいつを見逃してやっただけだ」
「わぁお、根に持っとるねぇ。腐蝕だけにってやつ?」
「……面白くないですの」
頬を膨らませる歌姫は、明らかにつまらなさそうに髪の先端を弄っている。と、もうひとつ影が現れたかと思うと、そこから銀髪に赤目、頭には二本の角を生やした男が、にこやかな笑みを携え優雅に佇んでいた。
「待たせたね」
低いその声に、歌姫は頭を深く下げ、腐蝕も爪を噛むのを一旦やめ浅く頭を下げた。勝負師だけが変わらぬ様子で「お久しゅう、魔王はん」と手を振った。
「相変わらずのようで何より。さて、優秀な君たちに集まってもらったわけだが、もう粗方予想はついているかな」
「……煉獄が消えたですの」
「そうか、それは悲しいね」
そう、この銀髪の男こそが魔族、魔物を統べる魔王であり、人間共と長らく戦争を行ってきた張本人というわけだ。
「どないしますか? わいは“三天王”でも構いまへんけど」
勝負師の言葉に、魔王はくすりと笑みを零し、
「相変わらず面白いことを言うようで安心したよ。でも残念だ。もう次の子は決まってるんだ」
と自身の隣を示す。が、特に変化は起こらず、魔王本人も首を傾げる。
「あ」
何かを思い出したように魔王が手を叩いた。
「有休申請されてたの、忘れてた。だから今日は来ないや、申し訳ない。はは」
「……」
四天王、いや三天王が思ったことは皆同じだ。それは――
“有休ってあったんだ”。
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